第三十四話
「情けないっ!」
公園の、階段の少し上から声がした。
そこを見る二人。
そこに、長い黒髪をなびかせた、緑菜穂が居た。
彼女の手には、今投げたのであろう、針、いや針と言うには大きい、鉄製の杭らしき物を持っている。
「……え? 緑、先輩?」
「やっぱか」
『食わせろっ! がぁぁああっ!』
「うっせぇって」
黒い男はその杭に、地面に張り付けになっている。
菜穂は、いつものあの、澄ました顔つきのまま、こちらに来る。
制服では無く、違う服を着ている。
紺色の、長めのコートらしき服を着用していた。
「え……え? せ、先輩……?」
「綾香っ! 何してるのっ? あなたは、間渡家の直系の魔術師なのでしょうっ?」
『ぐわせろぉおお! があああ!』
黒い男は、凶暴に叫び続けている。どんどん知性を失っている様である。
「黒川君、貴方の事は後で聞かせてもらうわ」
「……そうだろうなぁ」
菜穂は淡々と答える彰人から、黒い男に目を移す。
「少し変わってるけれど、あの魔術の残りかすね。綾香。あなたが消すのよ」
「…………えっ…………せ、先輩…………」
「呆けてないで。それはあなたの家系しか消せないのよ」
「綾香、”聖光弓一線”頼む」
彰人はその黒い男の上に立ちつつ、再度綾香に頼む。
顔の辺りを踏みつけて、喋れないようにしているようである。
しかし、綾香は未だ動けない。
先程の恐怖と、そして今目の前に居る見知ったはずの人が魔術の事を知っている。
それどころか、『間渡家』が、と言っている。
「綾香」
菜穂は、徐に綾香に近づき、軽く平手打ちをした。
「あっ……緑、先輩……」
「…………しっかりなさい。まずは、この残りかすを消しなさい」
「あ、ざ、〝残滓〟……」
「それを消すのは、貴方の家系しか出来ない」
未だ、少し呆けていたが、そうだ、と感じ、綾香は行動し始めた。
「……あ。……わ、我が身に宿りし光よ、その闇夜を薙ぎ払え……」
菜穂は黙ってそれを見ている。
彰人は、綾香が詠唱を終わる頃合に、その男から飛びのいた。
その二人をちらりを見る綾香。
「さあ」
「一発じゃ消えんかもしれん。連射してくれ」
「う、うん。……”聖光弓一線”っ」
『ぐぅぅうううっ!』
「うっ! ”聖光弓一線”っ!」
『がああああっ!』
「もうちょいだ」
「”聖光弓一線”っ! ご、ごめんなさいっ! ”聖光弓一線”!」
『がああああっ! カ、ラ――――』
そして、その黒い男は、霧になり、飛散していった。
「消えたか」
「ええ」
「……ごめんなさい」
相手が、人型であり、知性があった。
それを消すのは、綾香は心が痛んだ。
「綾香。謝る必要は無いぞ。やつは、本来の世界に戻っただけだ。そして、魔術の残滓を消しただけだ」
「で、でも……」
「敵が人であり、知性が在る事もある。魔術師をやるなら、その覚悟はしておきなさい」
菜穂に叱られるように言われる。
だが、それならば、菜穂は、まさか――――
「あんた、おっと、緑さんは、やっぱ魔術師か」
綾香が思った事を、彰人が代弁のように質問した。
「ええ。貴方は、違うようね」
菜穂は、冷静にその質問に答えた。
「どんくらい気が付いてる?」
「全然ね。貴方が普通では無い、と言うことだけよ」
今度は、彰人と菜穂が話をしている。
いや、対峙している。
菜穂の口調には、どこか棘がある。
彰人を、信用していない。
部活の時とは違う、目つきと口調。
対する彰人は、いつも通りである。
だが、今のやりとりで、はっきりとした。
菜穂は、魔術師である、と。
「ま、そんな目で見られんのも、久しぶりだ」
「何か、慣れているみたいね」
「まぁな」
そして、少しの間があいた所で、綾香も口を開く。
「み、緑先輩、は、その、……魔術師……?」
「ええ。黙っていてごめんなさいね。でも、それは綾香もでしょう?」
そこに、彰人も言葉を入れてくる。
「でも、あんたは気が付いてた。綾香が魔術師だとな」
「ええ。学校でも、綾香があの残りかすを消す所、何度か見た事もあるわ」
「それだけじゃねぇ。夜も、だ」
彰人のその言葉を聞いて、菜穂はもう一度彰人と対峙する。
「どこから、気が付いてたの?」
「最初っから」
「どうやって?」
「気配だな。部活の時は抑えてたみたいだが、少し溢れてたぞ? 俺への殺気がな」
彰人は淡々と答えていたが、その言葉に綾香は反応する。
「……え? 殺気……?」
「ああ。俺がなんかしたら、消そうとでもしてたんだろ?」
「貴方は、得体が知れない。そんな人物が、この街の直系の魔術師に干渉する。当然、警戒するわ」
「ま、俺の事はいいさ。そんなの慣れてるし。でもさ、綾香にはちゃんと教えたほうが良いんじゃないか?」
彰人に対峙していた菜穂は、鋭い目つきのまま、それに同意した。
「綾香。私に聞きたい事は?」
「あっ、う……、そ、その。私、この諫見では、魔術師の家系は、私の家だけだって、お父さんから……」
「そうよ。それは間違い無いわ」
「じゃあ、先輩は……」
「魔術師よ。綾香には教えてなかったけれど、私がこの街に来たのは、二年前。高校に入学する時ね」
菜穂の口調は、いつも部活で聞いていた感じに戻っていた。
「ど、どうして、私の家の事を、その魔術師の家系だって、知ってるんですか?」
「貴方のお父さん、間渡則夫さん。彼が居ない時、誰がここの魔術のカスを留めていたと思う?」
「〝残滓〟と言った方が、俺、分かりやすい」
彰人の突込みを無視して菜穂は続ける。
「ほら、貴方のお父さん、たまに居なくなる時があるでしょう? 今も。そんな時、代わりをしていたのは、私の母よ。私は、母から魔術を受け継いだの」
「ほー。それ沙智子さん知ってんのか?」
「知っているわ。茶々を入れないでくれるかしら?」
菜穂は鋭い目つきで彰人を見る。
「すんません。睨まんといて」
「ま、貴方のお母さんは、魔術師じゃ無いから。詳しくは知らないと思うけれど。面識はあるはずよ。でもね。あの魔術の残りカス、あれは貴方の術でしか消せない。私達が出来るのは、肥大化しないよう、留めておく事だけ。消せるのは、間渡の直系の血筋のみ。即ち、貴方か、貴方のお父さんだけ。のはずなんだけれど……」
説明をした後、菜穂は彰人を見る。
「ほれ、綾香。聞きたい事は聞いちまえよ」
「あ、う、うん。その、先輩は魔術師で、でもじゃあ、何故今まで黙ってたんですか? 何故、今教えてくれるんですか?」
それを聞いて、菜穂は綾香のほうを向いて答える。
「ええ。黙っていたのは、まだ貴方がちゃんと受け継ぎをしていないから。間渡家の魔術師として、まだ未熟だからよ。今、その事を話すのは、状況が変わったからよ」
「状況が?」
「ええ。黒川君。貴方、先程の人型と、話をしていたわね」
質問が、彰人のほうへ飛んでいく。
「した。カラスがどうのとか言っていた。後は、食わせろばっかだった」
「……『鴉』。それは、この地で、堕ちた魔術師の通称。本名は分からない」
「先輩はっ、お父さんがいつ戻ってくるか知ってますか?」
「ごめんなさい。それは、私も分からない。むしろこちらが聞きたいわ。私の母も同行していると思うけれど。あと、綾香。今、その魔法陣に反応はあるかしら?」
菜穂は、綾香の羅針盤を見ながら聞く。
「え? えーっと。無い、です」
「困ったわね。それで無いと、感知が出来ないのだけれど。それに、こちらにも質問があるわ」
「俺の事と異物の事だろ」
彰人は、分かっていた、と言わんばかりに、言葉を返す。
そして、彰人は説明し始めた。
彰人は、異世界から来た事、そしてこの世界に入り込んだ、異世界の蟲を探している事。
その蟲が、その魔術の〝残滓〟と混じっている事。
「何故、魔術の残りかすに、混じるの?」
「居心地が良いんじゃねぇか? 無間の蟲は、同じような、黒い霧のような感じだしな。むしろ俺は、その魔術の〝残滓〟が、無間の蟲に似ている事のほうが気になる」
「あ、緑先輩は、〝残滓〟の事、どこまで知ってるんですか?」
「『鴉』、と呼ばれた魔術師がかつて居た。異質な魔術師だったと聞いているわ。そして、異質な魔術を扱った。そして、この諫見の地を使い、何かをしようとしたらしいわ。それを止めたのが、貴方の祖先。他の魔術師では、その異質な魔術に対抗出来なかったらしいの。けれど、『鴉』は最後に魔術を発動させた。それが今、貴方が消して回っている、〝残滓〟と呼ぶ物の元。それ以上は、貴方と同じくらいかしらね」
「なんだよ。じゃあ、あの〝残滓〟は発動後のカスって事か」
「多分ね」
「曖昧だな。そこらへん知ってるやつ居ないのか?」
「もう、百年以上も昔の事だから。それに、異質な魔術が故、不明な点も多々あるわ」
「結局は、分からんって事か。面倒なもんに混じったなぁ」
「それはこちらが言いたいわ。唯でさえ、異質な術の残りなのに、更に異質な物が混じるだなんてね。それにしても、人型になっても、知性は無かったはず。あれは異物のせいかしら?」
「多分そうだ。だが、俺にもまだよく分からんが、やつは利用されてる感じだった」
「利用?」
「さっきのあいつの話と、今の話を聞いた感じじゃ、その『鴉』ってやつ、多分居るぞ」
その彰人の言葉で、綾香と菜穂は緊迫する。
「えっ? お、堕ちた魔術師は、死んだはずじゃ……」
「まさか。生きてるなんて……」
「どうやったのか知らん。が、明らかに入れ知恵していやがる」
「やはり、異質な魔術師だけあるわね。一体何処にいるのかしら……」
「それは、俺も知りたい。さっきのやつはそこらへん、聞いても無理だったぽいしなぁ」
そこで、質疑応答は、一度終わった。
綾香は、感じていた。
その不穏な空気を。
堕ちた魔術師は、未だ存在し続けている。
そして、異世界からの異物を、利用している。
何をする為になのか。
それは、未だ分からない事であった。




