第三話
遂に、人にまで変化してしまったのか――。
綾香は、そう考えた。
そして、黒い霧が飛散していき、中から、黒い服を来た人が現れた。
「……な、何? 〝残滓〟が変化したの? あっ、もしかして、堕ちた魔術師っ!」
とうとう、復活してしまったのか。やはり魔術の〝残滓〟は最終的に、言い伝えられていた、魔術師を復活させる術だったのか。
そう思い、綾香は、残り少ない魔力で、聖光弓一線を相手に向ける。
そして周囲の〝残滓〟は完全に消え、月の光で相手が見えてきた。
(……若い。……男の人……私と、同じくらいかな? で、でもこれが、堕ちた魔術師――)
「へ? ……ん? ああ……もしかしてさっき、なんか光の矢を飛ばしてたのって、あんた?」
「あ、あなたが、お、堕ちた魔術師でもっ。もう大分、弱くなってるけれどっ。……これ、い、痛いですよ……? た、たぶん!」
お互い、その状態で、じっと対峙する。
そして綾香は、わざわざ、”聖光弓一線”が弱くなっている事を、言ってしまっている。
綾香の方を見止め、その男は両手を挙げた。
「ちょい、待って。それ、痛そうだし、なんの事だ? で、君こそ何?」
綾香は、これまで、言い伝えられていた割に、この魔術師は、簡単に投降するものだと思った。
そして聞いてみる。
「あのー、あなたは、堕ちた魔術師さん……ですよね……?」
「いや、それ、何の事だ? で、それ向けるの、止めて下さい」
どうも、変な魔術師である。
そもそも先刻には弾き返した”聖光弓一線”も恐れている様である。
そして、綾香は、もう魔力は尽きかけ状態であり、実際に撃てるかどうかも怪しい状態だった。
「〝残滓〟から、……現れましたよね……?」
「ざんし? ああ、さっきの、なんか黒いやつの事?」
「ち、違うんですか?」
「違うし。何の事かも分からんし。で、魔術師じゃないぞ? 俺」
「え? ……えーっと、あ、あれ? ……じゃあ一般の人?」
そして、魔力が尽きたのか、構えていた”聖光弓一線”も消えてしまった。
「あ、良かった。やっと止めてくれた」
「ち、違います! ま、魔力が尽きただけですっ!」
言わなくていい事を、言ってしまう綾香。
だが、魔力が尽き、体中からも力が抜けていく。
「……あ、う! ま、まだまだっ! はぅ……」
何がまだまだかは、定かでは無いが、綾香は体力も無くなってきている。
「お、おいおい、大丈夫か?」
「……へ、平気ですっ! ……でも無いかも……」
その男は、綾香に駆け寄ってきて、腕を取り、綾香を支える。
「……あっ。……へ、変な事する気ですか!?」
「は? いや、しないし。そもそも、あんた、倒れそうじゃないか」
空元気を出す綾香だが、どんどん体が辛くなっていく。
(ま、魔力、使いすぎちゃった……どうしよ……これ)
その男に腕を掴まれつつも、魔術を行使し過ぎて、体も動かせなくなってくる。
魔力を消費しすぎると、その後に、魔力の代わりにと言わんばかりに、体力を取られていくのである。
「……一つだけ聞きたいんだけどさ」
体を支えながら、その男性が聞いてくる。
「……なんですか? ……名前は……言いませんよ?」
「いや、それは別にいいけど。さっき、魔力が尽きたって言ったな?」
「…………あっ……そ、それは……」
この男性が、一般の人ならば、魔術の事を言ってはいけなかった事を、綾香は思い出す。
「そうみたいだな。んー、魔力か。……こんな感じだったけか?」
その男は、そんな事を言って、光の球のような物を、作り出す。
「……え? な、なに?」
訳が分からない綾香だが、その光の球を受けると、体の力が戻って来た。
「え……えっ? あ、あれ? 体が……あ、ま、魔力が……」
そして、綾香の体に、魔力も戻って来た。
「戻ったか?」
「え……な、何? ま、魔力戻っちゃった……」
支えられていた手も離れ、その男は、そんな綾香を確認してから言う。
「大丈夫そうだな」
「あ、あなた……一体……?」
綾香は、自分の手と、その男の顔を見ながら、どういうことなのか問う。
「知ってる魔力で良かったよ。なぁ、さっきの、あの黒い影みたいなのは、何なんだ?」
「有難うございます……じゃなくてっ、さ、先に答えてくださいっ! あなたは……魔術師なんですか?」
すると、その男は困った顔をして答える。
「えーっと、説明が難しいな……とりあえず、俺は魔術師じゃない」
「じゃ、じゃあ何で、魔力を……あ、それは有難うございます。あっ、答えてくださいっ」
この街で魔術師は、自分の家系だけであると、綾香は聞いていた。
しかし今、確かに、魔力を渡す等と言う、綾香の知ってる魔術の知識ではあり得ない事をされた。
魔力があるなら、魔術師のはず。しかし、違うと言う。
そして、〝残滓〟の事を知らないようである。
「そうだな、何て言えばいいのか。魔力は知ってるし、似た物を使えるけど、魔術師じゃない」
「よ、よく分かりませんっ」
「そう言われてもなぁ……で、教えてくれよ。さっきのはなんだ?」
その男は、あくまで、先程の〝残滓〟の事が気になっている様である。
「そ、それは、その、昔、堕ちた魔術師が居たそうで、その人が残した魔術の事だと聞いてますけど……」
「ふーん。昔からあったのか。ふーん」
男は、それだけで納得してしまった。
「ありがと。ま、少し分かったよ。んじゃな」
「え……、あっ!」
そして、その男は、展望公園の柵から、外に飛び出していった。
「な、何、あの人? こ、ここから飛び降りちゃった……。……あ、もう、居ないし……」
綾香は、訳も分からず立ち尽くした。
「あの人、魔術師じゃないって……じゃあ、何なの?」
そして、しばらくして、綾香はとりあえず家に帰る事にした。
「……うーっ……ここに居ても、し、仕方ないし……」
綾香は、その展望公園を少し見ながら、階段を降りていった。
そして、家に帰ると、遅くなってしまったのだろう、母親が心配そうに声をかけてきた。
「……遅かったわね。心配したわよ? 怪我とかしてない?」
「う、うん。大きな〝残滓〟があったの……」
「そう……」
母は魔術師ではない。だが父がそうなので、そういう物があるという事は知っている。
だが、それがどのような物か、詳しくは知らないようである。
「ねえ、お母さん。魔術師以外で、魔力使える人って、知ってる?」
「うーん、母さん、魔術師じゃないから。お父さんなら知ってるかもしれないけれど……それがどうかしたの?」
「う、ううん。……なんでもないの……」
「そう? それなら、良いけれど……」
母はそれ以上追及はしてこなかった。
綾香は部屋に戻り、先ほどの考えるが、分からない事ばかりであった。
父の部屋にならそんな文献もあるかもしれないが、綾香が父の部屋に入る事を母はあまり良い顔をしない。
体には先程のあの男性のおかげか、ずいぶんと魔力が戻っているようであった。
「今日、あれは……何だったんだろ……?」
その日、綾香はその事を延々と考え込んでしまっていたのだった。