第二十九話
「ふんぎゃあああああぁぁぁ~~~~っっっ!!!」
綾香の悲鳴で、周りの人達が、何事かと二人を見遣る。
「綾香っ、落ち着けっ。アレは〝残滓〟だ。それが固形化した物だっ」
「いいぃぃやああああああぁぁぁ~~~~っっ!!」
その光景を見た、サラリーマンらしき人に呼び止められそうになる彰人。
「おいおい、君ぃ、何してる。女性に乱暴は――――」
「ああっ、面倒くせぇっ! ”界順時停”っ! 特大だっ!」
その、サラリーマンに触られそうになった瞬間、彰人は術を行使した。
その術の瞬間、時が止まった。
広範囲の”界順時停”。
あまり使いたくは無かったが、状況が状況である。
彰人は、思いっきりその術を行使した。
そして、綾香は、彰人を盾のように扱っていた。
「ちちちち、近寄らないでえええぇぇぇーーっ! 来ないでええええっっ! ひええぇぇぇーーっっ!」
「落ち着け、綾香っ。おいっ、綾香っ! 周り見てみろっ。そして押すなっ」
「ひぃいいい…………えっ?」
綾香が見ると、周りの物が、止まっていた。
いや、厳密には、少し違う。
あの、大量のGさん達は、ひどくゆっくりだが、動いている。
「ひぃいいい~~っ! まだ居るっ! 動いてるっ!」
「仕方無い。ありゃ、〝残滓〟と混じった異物だ。俺の”界順時停”じゃ完全に止められんっぽい。……んで、背中押すな……」
彰人に淡々と言われるが、綾香はそれでも駄目である。
あの黒いG達が、大量に居る。
それだけでおぞましい。
それだけで綾香はもう、駄目だった。
彰人を、相変わらず盾の様に押している。
「とととと、止めてっ! 彰人君っ! アレ全部消してぇっ!」
「うーむ。消せるかな……」
そして、彰人は近くに居た、その黒いアレを一つ掴む。
「……硬ってぇ。やっぱ無理か」
握り潰すつもりだった彰人だが、硬く、潰れない。
「ふふふふ、踏み潰してっ!」
「――って言われてもなぁ」
そう言いつつも、彰人は言われたように、それを落とし、踏みつける。
「あー、やっぱ無理。力技じゃ消えんぞ」
「じゅ、じゅじゅ、術でっ! けけけ、消してっ!」
「いや、無理だし。綾香。お前の”聖光弓一線”じゃないと、無理っぽい。多分」
そう言う彰人だが、厳密には本来は無理では無い。
”聖光法術”の、攻撃系の術か、或いはとある『彰人の所有物』を使えば、それは消せるだろう、と彰人は推察している。
だが、”聖光法術”の攻撃術は出力が安定せず、おそらく、この駅とその回りの人を道連れにしてしまう。
そして『彰人の所有物』は、今この世界には無い。
今、彰人にある選択肢は、この駅、そしてその周辺の物全て諸共、異物を消してしまうか、綾香がそれを消滅させるか。その二択であった。
場所を移動させる手段も考えられたが、そうすると今度は今かけた”界順時停”の効果も薄れてしまう。
その手段では、その間に逃げられてしまう可能性が高い。
「なぁ、綾香。頼むから、”聖光弓一線”で消してくれよ。出来るだけ、まとめるからさ」
「ででで、でもっ! ここ、この場所からだとっ! 他のっ、物にもっ、当たるっ! そそ、それにっ! あんな沢山っ! 無理っ! いいいいっ! ももも、持ってこないでぇーーっ!」
「……む? あ、すまん。にしても、綾香。コレに何でそんな怯える?」
大量の、大きな〝G〟達の群れ。わさわさと。
今、動きはゆっくりであっても、怖い物は怖い。嫌な物は嫌。
大抵の普通の人達も、コレばっかりは、同じ感覚であるはずだと思う綾香。
「あああ、彰人君がっ! あんな事言うからっ!!」
「俺のせいかよ? うーん、しっかし。何でこんな大量なんだ?」
異世界で、彰人は同じような大量な蟲を相手に戦った事もあった。
そこで怯えていては、その蟲を殲滅する事は無理であった経験を持つ。
――――その彰人が思う事。
それは、何故、この〝残滓〟はこのような生物に変化したのか、異物は何故このような生物を選んだのか。
そして、何故、このような大量であるのに、異物は『一つ』であるのか。
だが、それはともかく〝残滓〟に混じっている以上、彰人の術ではこの駅を、そして周りの人達を、道連れにしてしまう可能性をが高い。
そうしないとこの状態の異物は排除が出来ないようである事は分かる。
しかし綾香の術ならば、綾香と共にならば、或いはそのどちらでも無い、選択肢が出来る。
この駅を、周りの人達をそのままに、そして、この異物を消滅出来る可能性が出来るかもしれない。
――――のだが、綾香はあの状態。
「なぁ、綾香。アレの見た目が駄目なのか? それとも、数が駄目なのか?」
「どどどど、どっちもぉぉぉ~~っ!」
綾香は怯えている。
おそらくその見た目と、あの数に。
そして、彰人は少し考え、「それじゃあ」と答えた。
「一つ、良い案が浮かんだ。上手くいけばアレを一まとめで、綾香が見ずに消滅出来る」
彰人の後ろ影に隠れ、綾香が答える。
「ほほほ、ほんとっ?」
「かもしれん」
「かか、かもってっ! ど、どうするの?」
「見たくなけりゃ、あっち向いてろ。まとめてくっから」
そう言われ、綾香は、後ろを向いた。
その先は、すべてが止まっている。
一体、どれほどの広範囲で、時を止めたのか。
ふと綾香は気になった。
そして、彰人をちらりと見る。
綾香の目に飛び込んだもの。
それを見て、綾香は、すぐに目を逸らした。
彰人は、ひどくゆっくり動いていた、あのGの大群を、次々と空に投げていた。
そしてそれらを、空に浮かべた大きな”聖光法術式円陣”の上に積んでいたのだった。
その空に浮かべた大きな”聖光法術式円陣”には、先程散った、あの大群がぎっしり山積み。
見るのもおぞましい光景だった。
(ひぃぃ~~っ! アレ、撃てって言われてもっ! 無理っ! 絶対見れないっ!)
しばらく後、後ろから、彰人の声が聞こえた。
「よーし。準備オッケーか。んじゃあ綾香」
「むむむ、無理っ! いくらまとめられたからってっ! アレ! 見れないっ!」
だが、彰人からは、違う言葉をかけられた。
「ああ。なんか、綾香、アレ見るの駄目っぽいよな? だからさ。『あっち』を撃ってくれ」
『あっち』、と言われた綾香の目の前に、彰人の”聖光法術式円陣”が投げられていた。
「その角度から撃てば、ちょうどあそこに飛ぶはずだ」
「え、えーっと?」
後ろから、彰人の声が飛ぶ。
「ほら、綾香の”聖光弓一線”。何故だか知らんが、俺の”聖光法術式円陣”を反射しただろ? 光りを反射する鏡みたいにさ。だから、そこから、こっち見ずにでも、その”聖光法術式円陣”に”聖光弓一線”で撃てば、反射してあいつらに当たる」
彰人が考えた作戦。
それは、綾香がこれらを見ずに、かつ、出来るだけ、一まとめに”聖光弓一線”を当てる事。
それには、何故だかそれを反射する、”聖光法術式円陣”を利用する。
その反射の先には、あのG達の群れ。
少し動いているが、多少ならこの位置は”界順時停”が持つ。
溢れ出ないよう、防壁のように、周りにも”聖光法術式円陣”を張り巡らせておいた。
そして、反射は二度。
綾香の先の”聖光法術式円陣”と、その先にもう一つ大きな”聖光法術式円陣”。
そして、その角度の先には、あの虫の群れ。
多少、角度が逸れても大丈夫なよう、広範囲の”聖光法術式円陣”を展開していた。
「えぇっとー……どゆこと?」
綾香はそちらを向けない。生理的に。
「ま、それを”聖光弓一線”で撃て。で、何度か頼む。消えたら言うからさ」
何となく、彰人の作戦を読み取った綾香。
確かにこれなら、アレらを見なくて済みそうである。
そして、それは彰人が確認してくれる。
「じ、じゃあ。あ、あれ、撃つね」
「ああ、頼む」
「……ううっ、こ、怖いぃぃ。……わ、我が身に宿りし光よ、……そ、その闇夜を薙ぎ払え」
綾香は、未だ、そのおぞましさがあるにはあるが、彰人の言う通り、魔術を行使し始めた。
「そっちの”聖光法術式円陣”には外すなよ」
「う、うん! んっ! ”聖光弓一線”っ!」
綾香が”聖光弓一線”を放つと、それは彰人の”聖光法術式円陣”に、二度反射をし、その大群に向かっていった。
「おーっ、角度ばっちり。良い感じじゃねぇか。その感じでどんどん行ってくれ」
後ろからの彰人の声で、それが標的に当たったことが分かる綾香。
「そ、そう? じゃあ。”聖光弓一線”!」
「当たっりー」
「”聖光弓一線”」
「良いぞ」
「”聖光弓一線”」
「もう少しだ」
「”聖光弓一線”」
彰人の掛け声で、綾香は次々と、”聖光弓一線”を”聖光法術式円陣”に当てる。
それは、確実に目標物に当たっているようであった。
少しして、彰人から、合図が飛ぶ。
「おっけー、もう、消えたぞ。もう、あいつらは、居ない」
「ほ、ほんと?」
「ああ。本当だ。……こっち、向いても良いぞ」
少し、肩に息を走らせながら、綾香は反対側を向く。
あの、大量のG達は、消えていた。
「うわぁーっ! 倒せたの? 消せたの!?」
「ああ。そっちは、問題無く、な」
「良かった~」
綾香は、安堵の声を上げる。
「んじゃ、こっちも回収と、解除しないと、な」
そう言って、彰人は”聖光法術式円陣”を回収する。
「……まじか……ちと、離れっか……」
「うんっ。彰人君、あれ? どうしたの?」
彰人の雰囲気が、少し違う。
「……ああ、少しばかり、還元に時間がかかりそうだ」
「え?」
「……まず、解除、だな」
そして、少しその駅を離れた場所で、彰人はパチっと指を鳴らす。
時が、動き始めた。
先程のサラリーマンは、突然消えたように見えたのだろう、彰人の事を探しているようであった。
「解除、終わりだ……」
「うんっ。あ、彰人君、どうしたの?」
綾香が見遣る、彰人は、これまで見てきた彰人と、少し違う。
いつも、飄々としていた、その感じでは無い。
少し、辛そうに見える。
「だ、大丈夫? 彰人君……」
「ああ、この世界。そうなんだな……」
「……えっ?」
「……すまん、綾香。ちっと、休みたい」
彰人はなんとなくそうでは無いかと思っていた。
だからわざわざ”聖光法術式円陣”を回収していたのだ。
だが、彰人も、今は、はっきりと分かった。
この感覚は、覚えがある。
一度、この経験をした事がある。
(……ここも、やはり、そうだったのか)
(――――この世界には――――”聖光力”が、存在しない――――)




