第二十七話
月曜日。
今週が始まる。
学校が始まる日の朝。
彰人は、またも沙智子に頼まれる。
「彰人くん、お願いね」
「はぁ」
もうそろそろ、準備をしないと学校に遅刻する。
朝食を取る時間も無くなる。
そしていつものように、綾香は起きてこない。
彰人は嘆息しつつ、綾香を起こしに行った。
そしてノックをしながら、部屋の外から綾香を呼ぶ。
「おーい。綾香ー。起きろー。朝だー。飯だー。学校だー」
返事は無い。
部屋の中で音はしない。
そして、彰人はドアノブを開ける。
鍵は閉まっていない。
ドアを開けると、やはりベッドで、すやすやと寝続ける綾香が見て取れた。
彰人はドアだけ開け、そこから呼ぶ。
「おいー。綾香。あやかー。間渡綾香ー。あーやちゃん。起きろ。朝だ」
「……ふーにゅ…………イチゴがいっぱい…………ふにゅー……」
やはり起きない。
「何の夢見てんだよ。んで、起きろって」
何度か呼ぶが、全く起きる気配が無い。
仕方なく彰人は部屋に入り、ベッドまで来て綾香を揺する。
「おーい、起きろ。朝だ。飯だ。学校だ」
ようやく綾香が目を覚ます。
「……んー。イチゴ、いっぱい……オヤスミ……」
そして、また寝た。
「訳分からんっ。で、お休み、じゃねぇっ。朝だってのっ! 起きんかいっ! 綾香っ!」
「ふあー。あさー。眠いよー。彰人君、オハヨウ……”聖光弓一線”……」
「いっでぇー! やっぱりかよっ!」
「起きた。着替えるから、出てって」
寝起きにと共に、”聖光弓一線”。
だから、少し身構えていた彰人。
「言えば出るわっ。毎度毎度、何故撃つっ! 消す気かっ、俺を」
「んー、なんとなく」
「なんとなくで撃つなっ!」
そうして、朝が始まった。
――――あの日から、既に、二週間が過ぎていた。
あれから、綾香を朝起こすのは、彰人に頼まれるようになった。
綾香が朝弱いのは、それは夜の探索のせいでは無いと、気が付き始めていた彰人。
あれは単純に、朝が弱い。
寝起きが悪い。
初めは、それに戸惑いつつ、彰人に”聖光弓一線”を放っていた綾香。
今では、何となくそれが朝の始まりの合図になっていた。
あの日の次の月曜は、綾香は実に大変だった。
何度、絵理に彰人との事を聞かれたか。
綾香は絵理に、
『彰人は、親が不在で一人暮らしなので、沙智子が預かった』
と説明した。
まぁ、嘘は無い。ついでに彰人には、家も無い。
そして嘘は無いが、本当の所も話せない。
絵理は、
「親御さんの公認ねぇ~、ぬふふ~」
などと言っていた。
確かに公認。
家に居候する事は。
そしてあの日から、ずっと夜の探索も続けていた。
しかし、魔術の〝残滓〟は発見できても、その中に、異物は発見出来ないでいた。
朝食を取り、準備をし、学校に向かう二人。
「おい、綾香。頼むから、撃つな。痛いんだぞ、あれ」
「んー、でもなんとなくー」
「だから、何となくで撃つな。そして、起きろ」
「だって、眠いんだもん」
切り替えの早い綾香は、もうその日常に慣れ始めていた。
彰人と綾香は、共に登校する。
その途中で上崎絵理と会う。
「お二人とも、おっはよ~ん」
「おはよう、えっちゃん」
「おう、お早う、上崎」
先週から、そうなるようになった。
絵理は、先週になってからはあまり、二人の事を言わなくなった。
まぁ、絵理はこっそりと、それを影で見守る事にしただけなのだが。
絵理が思う事、それは邪魔しないように、かつ、出来るだけ側でそれを見届けたいという事であった。
しかし、彰人は少し憂鬱である。
それは単純に勉強が面倒であり、そして覚えていない、分からない事が多すぎる為である。
初めは、”聖光心検視”と言う術を行使し、授業を受けていた彰人。
”聖光心検視”は、近くに居る、他人の視覚や思考などを、トレースする事が出来る術。
つまりは、術を使っての『カンニング』。
だがそれを、綾香に話してしまったが最後。
それは術の悪用だと、散々叱られ、今では使えない。
それを使わなくなってから、彰人は学校の勉強に悩まされていた。
「宿題できた? 多かったよね~」
「うん、もちろんだよ。でも本当に多かったね」
「俺は、自信無い」
「黒川君、最初は勉強出来てたように思えたけど、どったの?」
「彰人君、カンニングしてただけ。ほんとは勉強、あんまり出来ないよ」
綾香からの容赦無い言葉が、彰人へ飛ぶ。
これまで異世界に居た彰人。
この世界の学校の勉強は、苦手であった。
そして彰人は、特に覚える物が苦手。
それなのに、覚える事ばかりの勉強。
体の感覚で覚えるのは得意なのだが、残念ながら、学校の勉強ではそう言う物は少ない。
「彰人君、補習になったりして」
「綾ちゃん、教えたげれば良いのに~」
「なんなんだよ……あの、古今和歌集って。訳分からんぞ」
「それを分かるように訳すんだけどねぇ」
「見りゃ良いじゃねぇか」
「カンニング禁止」
そんな事を言う綾香から、多少は教えてもらってはいた彰人なのだが、あまり勉強は捗ってはいなかった。
この世界に来てから二週間弱。
彰人は、異世界での記憶と、かつての記憶とが入り雑じりった状態になっていた。
異世界の記憶と術を持つ、日本人。
この世界の常識の事も、ずいぶん思い出していたのだった。
多少ズレはあるのだが……。
彰人は、なればこそ、綾香の家に、他人であるのに居候している不自然さを感じつつも、他に手段も無い事で、そのまま厄介になっていた。
そうなり始めた頃、テニに何度か連絡を取ろうとしたのだが、一向に通信が来ない。
(あんにゃろう。まじで終わるまで連絡しないつもりかよ)
などと彰人は思ったのだが、実際、異物の排除も終わっていなかった。
こうして三人で登校する風景も、当たり前になってきていた。
朝、高校に登校し、授業を受け、放課後部活を行い、家に帰り、夜は魔術の〝残滓〟を探して消滅させる。
そんな日々が続いていた。




