第十一話
次の日、綾香はいつも通り登校した。
綾香の朝は少し遅い。
夜、魔術師として〝残滓〟を探しているからである。
大半の生徒が登校した頃に、綾香は学校に来る。
自分の教室に入ると、やはり黒川が居る。
聞きたい事は多いが、胡散臭さを感じている綾香。
しかし、席は黒川の前であり、嫌でも側に行かなければならない。
小さく溜め息を吐きつつ、綾香は自分の席に向かう。
「おはよー、綾ちゃん」
「おはよう、えっちゃん」
「おはよう」
隣の席の、絵理に挨拶したのだが、一つ声が多い。
黒川のそれである。
「オハヨウ、クロカワクン」
ぎこちなく綾香は挨拶を返す。
それを見ていた絵理は、綾香が席に着くなり、耳元まで口を寄せてこっそりと聞く。
『何かあった? ねぇねぇ、綾ちゃん、聞かせてよぅ。もう急接近?』
『えっちゃ~ん、違うから、何も無いから、聞こえるから』
『でもでもぉ、うふふー、なんかもぅ、あったんでしょぉ?』
後ろに聞こえないように、小声で話す二人。
確かにあった。あるはあった。
だが言える筈も無く、そして言いたくも無い。
もちろん、それは魔術に関係してしまうからである。
絵理に話したくない訳では無い。
そう自分に言い聞かせる綾香。
『無いから、違うから、普通に挨拶しただけでしょ』
『そうー? ぬふふー』
絵理は何かと聞いて来る。が、綾香は否定したい。
出来る事なら、魔術の関係でたまたま、ちょっと聞く事があっただけだと言いたい。
しかしそれは言えない。
ていの良いかわす言葉が思いつかない綾香であった。
その後、チャイムが鳴り、絵理は楽しそうにしながら、自分の席に体を戻した。
(わ、私の平穏な毎日をぉっ)
綾香は勝手に、黒川に責任転嫁をしながら、授業を受け始めた。
黒川も、素知らぬ顔で、普通に授業を受けていた。
●●●
放課後。
綾香は少し頭を痛めていた。
絵理に黒川と何かあったのか、とさんざん聞かれていたからである。
そして、今から部活に行かなければならない。
屋上へは行くのは止めた。
また黒川が、ふいに後ろから声をかけたら、今度こそ”聖光弓一線”を撃ってしまいそうであったからである。
もちろん力は最小限に留めるつもりだが、それでも魔術で人を撃つ等、本来はやってはいけない。
だが相手が力を持つ者ならば、その限りでは無い、とも父親から聞いていた。
ならば、黒川は撃っても良いかもしれないと思う綾香。
少し物騒である。
そんな綾香に黒川からの声が飛ぶ。
「なぁ、間渡。これから部活だろ? 行くか」
「ちょっ! い、行くけれどっ。い、今それをぉ~」
まだ教室。
絵理も居る。
そんな最中に言われる。
だがしかし、黒川は同じ部活だから一緒に向かおう、と告げただけである。
それに過敏に反応した綾香であったが、絵理は見逃さなかった。
『ぬふふぅ、良い感じじゃん~。同じ部活だしぃ、綾ちゃん美人だしぃ。今誰も居なかったんでしょぉ? 好きな人ぉ』
『違うしっ、たまたま部活が同じなだけっ。た、確かに居ないけれど……』
『けれどぉ? ほほぅ、これは楽しみだねぇ~』
綾香は、確かに美人であった。
そして確かに今、気になる男子が居るかと言われても、特には居ない。
そんな事より、魔術の事が気になる綾香。
綾香自身はあまり気にした事は無かったが、絵理からはたまにそう言われていた。
実は綾香の隠れファンも少なからず居た。
そしてそろそろ声をかけようとしていた男子も居るのである。
だが綾香はその事を知らない。知る由も無い。
『ほらほら、一緒に行って来なー。で、後から聞かせてねぇ』
そんな事を絵理に言われつつ、結局綾香は黒川と共に弓道場へ向かう事にした。
弓道場への道すがら、綾香は黒川に言う。
「……出来れば、教室で声かけないでくれるっ?」
「なんで?」
「それはっ……か、勘違いされるじゃないっ」
「は? 魔術の事なら大丈夫だろ?」
「ちょっ、それ駄目、言っちゃ!」
「だから言ってないけどな……」
相変わらず、話が噛み合わない二人であった。
そして部活が始まった。
綾香は道場を掃除しつつ、黒川と見ると、彼は安土の整備をしていた。




