第一話
――――それは、ここでは無い世界に存在している。
異世界、と言うと分かりやすいかもしれない。
人間では、本来は行く事の出来ない世界である。
我々の世界から、遠くもあるが、近くもある。
単純な距離では、計ることの出来ない所。
そこにそれは存在する。
そこは真っ白な空間。
何も無い。
そこに男が一人寝ていた。
そこに光の玉がゆらゆらと降りて来る。
『オイ、起キロ』
「……ん。あ?」
『仕事ダゾ。起キロ』
「もうか? 早えぇな。……ふぁっ。……で、次は何処だ?」
男は起きながら、その光の玉と話をする。
光の玉から、声が聞こえている。
『泣イテ、ヨロコベ。オ前ノ、コキョウダ』
「……まじか? で、何処だ?」
『泣イテヨロコベ。オ前ノコキョウダ』
「いや、今、聞いた。……は? もしかして――」
光の玉は、その男の周りをゆらゆら回りながら、同じ事を言う。
『泣イテヨロコベ。オ前ントコダ』
「お、おい、それって――」
『ハヨ、イケ。オ前ハ、モウ知ッテルトコダ』
そしてその後、その光の玉としばらく話をした男は、複雑な顔をして溜め息をつく。
「――って、まじかよ……」
『ハヨ、イケ。オ前ノコキョウダロ。ジュンビハ、行ッテ、カッテニシロ』
「でも、同じじゃ無いんだろ?」
『知ラン。行ッテ、ジブンデ、調ベロ。ソシテ、泣イテヨロコベ。ハヨ、イケ』
「待てよ。もう少し細かく――」
そう言い掛けた男の下に、黒い穴が突然出来て、その穴に落とされた。
「――まじか、てめぇっ、戻ってきたら覚えてろっ!」
『泣イテヨロコベ。ソンデ、戻ッテクンナ』
男は、黒い穴に消え、穴は閉じた。その光の玉もゆらゆらと上に行き、消える。
――――その空間は、白一色になった。
●●●
間渡綾香は学校から家に帰っていた。
綾香は、地元の高校に通っている。
部活は弓道部であるが、それには仕方が無く入っている。
家は、学校から徒歩十分くらいの所にある。
それは綾香にとっては大事な事であった。
綾香は、他の人とは違う目的で、その高校に通っていた。
(でも、宿題は多いし、部活も強制だし、困るなぁ……)
仕方の無い事情はあるが、その高校が進学校である事は、綾香にとっては、少し迷惑であった。
肩まで伸ばした、栗色の髪、同い年では平均値をずいぶんと下回る、小柄な体をしているが、これでも高校生である。
綾香の通う、諫見高校は、この街ではそれなりに有名な進学校であった。
そして、文武両道を掲げており、勉強だけでなく、部活にも力を入れている。
その為、生徒は必ずどこかの部活に入らなければいけない。
本当なら、何処にも入る気は無かったのだが、弓道部なら、自分の練習にもなると思い、そこへ入った。
それ自体には後悔していないが、こう時間を取られては困る事情があった。
家に戻ると、母が晩御飯の支度をしていた。
「ただいまー」
「お帰り、綾香。ご飯もうすぐだから。……今日も、行くの?」
「……うん。だって、それは私のやるべき事だし」
「もう、止めても、良いんじゃないの?」
「駄目だよ。お父さんも、その代わりの人も居ないんだから……」
そして、晩御飯を取り、宿題を少ししてから、外へ出る準備をする。
「じゃあ、行って来るね」
「……気をつけてね」
母の心配そうな声に送られ、綾香は家を出た。
綾香の手には、いつもの羅針盤がある。
手に収まる程度の小さな物であるが、中に宝石が入っている。
そして、羅針盤と言うが、針は付いていない。
それは、父から貰った物であり、父がそう呼んでいた為、綾香も普通に羅針盤と考えている。
綾香は、その羅針盤を手に、暗い夜道を歩いていく。
この諫見の街は、僻地にあり、夜の八時を過ぎる頃には、ほとんどの店も閉まってしまい、車もあまり通らなくなる。人通りも、当然無い。
(あ、コンビニが近くに出来たんだっけ)
夜ほとんど灯りの無い街である。二十四時間営業している、コンビニが出来たのは、助かる事もあるが、今、綾香のやっている事に対しては、少し、迷惑な事でもある。
綾香はいつも登下校する道を歩き、諫見高校の方へ向かった。
(月が綺麗……さてと)
学校の裏門の側に在る公園に着いた。
鷹城公園と呼ばれる、この小さな街の、代表的な公園である。
綾香は周りを見渡してから、誰も居ないことを確認し、羅針盤に向けて、力を込める。
すると、その羅針盤が青白く光り始める。
(えーっと、近くには無いかな)
そして、それを手に持ちつつ、綾香の通っている、学校の周辺を歩き始める。
昔は、父がこの行為をしている所を見られると、面倒な事もあったと聞いていた。
だが、今はタッチホンのおかげで、見られても、それと勘違いされるので、それは助かっている。
間渡家は、代々魔術師の家系である。
母親は、魔術師ではないが、父親がその家系なのだ。
その血筋の綾香も、魔術師の力を受け継いでいた。
そして、今綾香が行っている事は、この諫見の地に起きる、〝残滓〟と呼ばれる物をを探しているのだ。
――――かつて、この諫見の地で、堕ちた魔術師と呼ばれた者が居た。
その者は、別の魔術師に倒された。
しかし、強い魔術を行使し、この諫見の地に、その魔術の〝残滓〟を残した。
それは、時を経て、街に顕現する。
顕現してすぐであれば、魔術の心得がある者ならば、それを消す事も出来る。
しかし、放置すると、その〝残滓〟は肥大化し、それを放置し続けると、良くない事が起きる。
そして最後には、再び魔術師が復活するとも、その魔術が発動するとも伝えられている。
かつて堕ちた魔術師を倒した、その、別の魔術師こそが、間渡家の祖先だと伝えられている。
堕ちた魔術師は、この諫見高校の場所で、最後の魔術を行使しつつ、息絶えたと言う。
その為であろう、その魔術の〝残滓〟は、この諫見高校を中心に、その周辺で顕現する。
その最後の魔術が発動すると、どのような事が起こるのかは、分かっていない。
堕ちた魔術師の独自の魔術であるそうだ。
かつては、これを父が行っていた。
しかし、父は海外に行ったきり戻ってこない。連絡も途絶えてしまった。
父が海外に行く前に、綾香にいくつかの魔術を残してくれた。
一つは、この〝残滓〟を探し、そして消す術。
一つは、〝残滓〟が肥大化した場合に、それを消滅させれるよう攻撃ができる術。
他にも簡単な魔術はいくつかそれまでに学んでいた。
綾香は学校周辺の道を一周しながら〝残滓〟を探す。
「うーん、今日は無いかなぁ……まぁ、助かるけど……」
もうすぐで先程の公園、と言う所で、羅針盤に反応が出た。
青白く光っていた宝石から、別の光が伸びる。
その光は、羅針盤に当たり、方角を示してくれる。
「あっ、来たっ。こっちね」
どうやら、つい先程顕現したようである。この時間に出てくれたのは、綾香にとっても有難い。
綾香が向かった先は、学校から少し北側の、街を隔てる川である。
この街では有名な川であり、他の大きな川と比べると小さいのかもしれないが、これでも一級河川である。
川辺に下りると、そこに〝残滓〟が顕現していた。
それは、黒いもやのような、煙のような物であり、夜では少し見え辛い。
「良かった、誰も居なさそう」
綾香は、そのもやに対して、父から学んだ、魔術を行使する。
「黒き闇、我が身に宿りし、光に滅せよ。”聖光縛呪”」
すると、その〝残滓〟は、一瞬光り、そして霧と化し、消えていく。
「はあ……良かった。顕現して、すぐだったみたい」
そして、羅針盤を見ると、先程示していた光は消え、中央の宝石が、落ち着いた光に戻る。
「うーん、もう今日は無いかなぁ? そろそろ帰ろうかな……」
綾香が今行った魔術は、この〝残滓〟を消す為に、先祖が作り出した魔術であるらしい。
その為、〝残滓〟以外には、この魔術は効かないと父から教わった。
しかし、この〝残滓〟には、その魔術は非常に有効であるようで、そしてあまり魔力を必要としない。
だから、まだ未熟な魔術師である綾香でも、簡単に扱う事が出来た。
だが、〝残滓〟が肥大化すると、それ以外の物と混じるのか、それとも別の理由なのか、それが効かないくなる事もある。
これまで、二度程、〝残滓〟が肥大化してしまい、別の魔術で消滅させた事があった。
だが、そちらの魔術は、使うとかなりの魔力を消費する為、綾香では、数回しか行使する事が出来ない。
高名な魔術師は、そのような魔術ならば、一日中行使し続けても大丈夫な人も居ると、綾香は聞いていた。
だが、綾香の魔力はそれほど多くは無い。それに、魔力を使いすぎると、体が疲弊してしまい、次の日寝込んでしまった事もあった。
(お父さんはもっと凄かったのになぁ。もっと魔力が増える、何か良い物でもあればいいのに……)
そう言った、魔術道具もあると聞いているが、残念ながら、綾香は持っていない。
そもそも、どんな形の物かも知らない。
(飲んだりする物だったりして……)
綾香が想像しているのは、エナジードリンク的な物であった。
体力的な物なら、コンビニで売っている。
しかし、当然ながら、魔力を回復する物など売っていない。
綾香は、帰り間際に、あっ、と思い出す。
(宿題終わってなかった……うーん、あんまり好きじゃないけれど……)
帰りに綾香はコンビニに寄って、エナジードリンクを買ってきた。
(これで魔力が上がれば良いのに……)
そんな事を考えつつ、綾香は家に帰って行った。
お読み頂き、ありがとうございます。
しばらくこのまま続けてみます。