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8.レジスさんと私(後)








「だって、ソフィさんがレジスさんのことを好きだって言っていたから、レジスさんも」

「俺もソフィが好きだって? ソフィは姉さんに似すぎている。家族のようにしか思えなくてソフィに特別な思いは感じない」

「そ、それにっレジスさん、私のこと妹のように思えないって!」

「それはジーナを妹ではなく、恋人にしたかったからだ」


 レジスさんは私のことが嫌いなわけではなかった……

 レジスさんの言葉が紡がれる度に、レジスさんの思いを知る度に私の力が抜けていってしまう。とうとうペタリと地面に座り込んでしまった。

 祝賀会の時の言葉はそういう意味だった? 叶わないと思っていた初恋。それなのに、レジスさんが私を、恋人に? 

 信じられない、でも信じたい。反する気持ちが私の中を埋め尽くす。


「あの日、初めてジーナを見た時」

「え?」


 私の名前が出て、我に返る。そして話を始めたレジスさんを見上げた。


「盛大なお祭りのような市で、笑顔溢れて賑やかな場所で、やせ細った若い娘が蒼い顔してふらついて歩いていた。どうしたんだろう、と思ったが迷子の子の相手をしているうちに見失った」


 私たちが出会ったあの市。レジスさんは、私がラーラさんの露店を訪れる前に私を見かけていた?


「ずっと心に引っ掛かってて、あのとき声をかけていればと思いながら姉さんの所に戻った。そうしたら、イージストに行きたいと言っているジーナがいた。……運命、だと思った。だからジーナを助けようと思った。何事も新鮮さを感じて感動していたり、星空が宝石が飾ってあるかのようだ、と嬉しそうにしていたジーナを可愛いと思った。ジーナから運命の出会いと言われて……俺と同じ気持ちなのだと嬉しかった」


 レジスさんが私の前で片膝をついて視線を合わせて、微笑んだ。


「俺の思いを察した姉さんは『今のジーナは恋に恋している』と言った。しばらく待った方がいいと。冷静に考えてみれば俺とジーナでは育ってきた環境が違う。俺達の前では泣くことも多い。俺が相手ではジーナを泣かしてしまうだけかもしれない。だから、ジーナには相応しい相手がどこかにいるはずだと、妹のように思うようにとずっと自分に言い聞かせていた」


 結局できなかったが、とレジスさんは苦笑する。

 私は慌てて首を横に振って否定した。


「違います。レジスさんがいるから私は泣けるんです。私は自由だって、我慢しなくていいんだって、泣いていいんだってラーラさんとレジスさんに教わったのですから。それに私、恋というものがどういう物か知らなかったので、恋に恋するということができるはずありません!」

「伝えてはいけないジーナへの思いをずっと抱えながら、星を見て目を輝かせて感動していたジーナに星をあげたいと思っていた。結局、こういう形になったが」


 大きくて温かい手が私の髪にある髪飾りに触れた。星形の理由を聞いて、胸が熱くなる。私の何気ないことを覚えていてくれたことが嬉しい。頭にある手に、私は自分の手を重ねて微笑んだ。私がどれだけ嬉しかったのか、この手から伝わればいいと思いながら。


「この髪飾り、嬉しかったです。星に手が届いたように思えました」

「それからジーナの父親がイージストに来た時にはどうしようかと焦った。父親と一緒にあの街に帰り、ここには戻らないのではないかと。その方がジーナにとっていいのだと思っても、それを望まない自分に呆れた」

「そう言って貰えて、嬉しいです」


 レジスさんは重ねた手にある私の指輪をなぞってから髪飾りから手を離し、自分のズボンのポケットに手を入れて中を探る動作を見せた。


「ジーナ、これを」


 差し出された手の中にあったのは、イージストに着いた際にラーラさんへ渡した謝礼のブレスレット。それが目の前にあることに驚く。あれから一度も目にしなかったしレース織の新しい工具を買っていたしで、とうに売り払っていたのだと思っていた。二度と目にすることもないと思っていたのに。


「私に? だって、これは私がお二人にお礼で渡して」

「俺達はこれを礼としてジーナから確かに受け取った。受け取った後は俺達が自由にしていい物だろう?  姉さんと俺はこれを前からジーナに返したいと思って持ち歩いていた」

 

 言いながらレジスさんが大きな太い指で器用に、お母様から譲り受けたブレスレットを私の腕に着けれくれた。留め具がしっかりと掛かっていることを確認して。


「やはり、これはジーナの腕にある方がいい。それからジーナ」


 名を呼ばれたので、ブレスレットに向けていた目をレジスさんへと移す。


「上目遣いでお願いするのは、俺だけにしてくれ」

「え?」

「姉さんが言ったことがあるだろう。上目遣いでお願いすれば大抵落とせるって。だから」

「……っふっ」


 余計な心配をしていることに、思わず吹き出してしまった。レジスさんは私が誰に、何のお願いをすると思っているのだろう。


「ジーナ?」

「それって上目遣いでお願いすれば、レジスさんは私に落ちてくれるってことですか」

「いや、それは……」

「あの、お願いしてもいいですか」


 私はわざと上目遣いにレジスさんを見る。


「レジスさんのことが好きです。私の恋人になってくださ、きゃあっ!」


 突然抱き付かれて驚きの声をあげてしまった。ラーラさんのスキンシップとは違う、全身を包まれる力強さ。でも、感じるのは優しさと温かさ―――


「レジス、さ……」

「ジーナに言われるとは思わなかった。言うことができるとも思っていなかった」


 耳元で囁かれるような告白。その声が心地よくて、感覚を全て耳に向ける。


「好きだ、ジーナ」

「はーい、お邪魔するわよ」


 パンパン、と手を叩きながら突然割って入った声に驚いて、私もレジスさんも慌てて離れる。

 声の主は、樹の幹に隠れていたソフィさんだった。口元は笑っているのに、目はレジスさんを睨んでいた。


「結局ジーナちゃんからの告白なのね、朴念仁」

「え、あの、ごめんなさい。ソフィさん、レジスさんのことを」

「私は他に好きな相手がいる男よりも、私を一番に愛してくれる人を夫にしたいの。私のことは気にしなくていいわ」


 ソフィさんの思いを知っていたから謝ろうと思った私に、ソフィさんは意外な返答をした。表情も穏やかなので、言葉に嘘はないようだ。


「自分が好きなら一緒にいられるだけで十分と思う人もいるでしょうけれど、私には無理、腹が立つだけ。だからラーラの祝賀会の日レジスと話をしたの。……ジーナちゃん聞いていたでしょう」


 立ち聞きしていたことが後ろめたく、素直に返事をしていいのか悩んだけれど小さく頷いた。


「あれは私なりの決別。私は自分の気持ちを伝えて、レジスの答えを貰った。充分満足したわよ」

「ソフィさん……」

「そもそも答えはわかったいたもの。レジスが誰が好きかなんて、ジーナちゃんのことを見る姿見ればすぐわかったから。ラーラなんか、最初っからだし」

「最初から?」


 最初から、というと私が恋を自覚した辺りだろうか。


「市でレジスがジーナちゃんに手を貸す発言した辺りからですって」


 予想以上に最初から、だった。


「しかもジーナちゃん、レジスに『運命の出会い』って言ったんですって? レジスは相当嬉しかったんでしょうね。布団に入ったレジスが顔真っ赤にして震えているのを見て、笑い押さえるの必死だったってラーラが言ってたわよ」

「えと、その」

「突き抜けたジーナちゃん命の男だし。レジスがどれだけジーナちゃんのことを好きかといえば、ラーラが受け取っていた黒焦げパンを一人で食べきるくらいよ」

「あれを食べていたの、鶏さんじゃないんですか?」

「おい、ソフィ!」


 睨んでソフィさんの発言を止めようとするレジスさんだけれど、ソフィさんは怖がる様子もなくにやにやと笑うだけ。

 ラーラさんに渡していたパンはほとんど炭となっていたはず。食べる所なんてないはずなのに。それを本当にレジスさんが?

 私の疑問を察したのか、レジスさんの反応を楽しんでいるのか、ソフィさんがレジスさんの無言の制止を無視して話を進める。


「ジーナちゃんの手作りの品を無下にするものかって言って、毎回レジスがパンを食べるの。私とアルマンはジーナちゃんのパンを見るたびに呆れていたわけ。『ああ、あれを今日も嬉しそうにレジスは食べるんだ』って」


 私がラーラさんにパンを渡していた時、ソフィさんとアルマンさんが憐憫の目をしていたような気がしていたけれど、あれは私の料理の腕ではなくレジスさんに呆れていた?


「ジーナちゃんがラーラと私に渡していたパンを、全部レジスが食べていたのは私が保証するわ」


 これ以上ないくらいジーナちゃんバカでしょ。

 笑うソフィさんに嘘はないようだった。明らかになる事実に驚くやら呆れるやらで言葉が出ない。


「ラーラは『私はジーナちゃんお手製の世界で一つのこんなに素晴らしいレースを手に入れたわよーっ』てベールをレジスに散々自慢してね。ベールの出来がいいから余計レジスが苛立って。結婚式前の一週間はクリスタルディ家史上最大の姉弟喧嘩よ」


 だからね、とソフィさんは私の両頬に手を添えて。


「ジーナちゃん、心置きなくレジスと幸せになりなさい」


 今日レジスさんと思いが通じたのはソフィさんの助言のおかげだ。

 私は頬にある手の上から手を重ねる。


「ソフィさんが言った通り、自分の気持ちを伝えてよかったです。ありがとうございました」

「レジスは自分からは動かないような男だから、ジーナちゃんが存分に振り回してやって」


 頬から離した手で私の背中を力強くバンッと叩き、第二の姉、ソフィさんは私達の恋の激励をしてくれた。




 イージストは本当に私に優しい場所だった。







次回で完結です。

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