6.お父様とレジスさん
『お父様』がひたすら話します。会話文ではなく、延々一人で話します。予めご了承ください。
「ジーナ。私は台所にいるから、話が終わったら声をかけて」
お母さんは私達にお茶を出してくれた後、私とお父様を残して応接室から出て行った。
それから室内は無言のまま。対面にいるお父様と視線を交えても私の口は動かない。何を聞こうか、話そうかを考えてきたのに、いざその場になると―――
「何から話そうか。……そうだなロジーナ、まずは私の話を聞いてくれるかい」
小声でそう前置きして、視線を空に巡らせてお父様は話を始めた。
私とマウリツィア、エレノオラが幼なじみだったのは知っているかい? そうか、皆が話しているのを聞いていたか。
私とエレノオラの家は共に商家で、私達が生まれる前より家同士の付き合いが深かった。
隣に住むマウリツィアとエレノオラは仲のいい姉妹でね。想像できないかい? 少なくても幼い頃エレノオラはマウリツィアに引っ付いていて、離れている時間の方が少ないほどだったよ。そして物事を完璧にこなす姉を尊敬し慕っていた。
そして長女のマウリツィアはエレノオラの良き姉であろうと、家を守り富み栄えることができるようにと、その才を磨き常に努力していた。
『お姉さんみたいになれるように頑張るわ。応援してね』という手紙があった?
ああ、お前はエレノオラの手紙を読んだのだね。そうだ。エレノオラの理想の女性は姉であるマウリツィアだった。
その姉妹と接しているうちに、私はいつしかエレノオラに惹かれていた。手紙の中に『空に輝く星を取ってくれる約束、守ってね』という文面もあっただろう?
星を取ってほしい、そんな夢物語を語るエレノオラの言葉が、周囲と常に比較されていた私の心に潤いを与え続け、彼女の笑顔で元気になることができたからだ。
私が結婚してほしいと言ったらエレノオラは喜んで了承してくれ、両家共に受け入れてくれたよ。マウリツィアも祝福してくれた。自分は家で決めた結婚をするから、二人で幸せになれと。
長女としてその役割を果たす、という言葉がマウリツィアの口癖でね。彼女は愛を語る人物とではなく、家で決めた結婚を受け入れることにしていた。
しかし、その結婚が気丈で気高かった彼女を変えてしまったようだ。
結婚した相手が実家に高額の資金を融資してくれてはいたが、自己中心的で暴力的な人物だったのだよ。マウリツィアは事あるごとに謂われない暴力を受けていた。それでも子供ができればきっと状況は変わると思って彼女は日々耐えていたのだ。
けれど生まれた子は娘だった。マウリツィアは夫から跡継ぎとならぬ子を生んだと、更なる暴力を受けるようになってね。ある日パーシャと共に命からがら実家に逃げてきたのだよ。けれど彼女の実家はマウリツィアに夫のもとに戻れと言った。家の経営が悪化していて、相手からの資金を切られるわけにはいかなかったのだ。そうだね、酷い話だ。実家は実の娘よりも家を取ったのだからね。
マウリツィアの状況を知ったエレノオラは心配してね。私とエレノオラは既に結婚し、実家から離れてあの家を構えていたから、マウリツィアとパーシャを密かに呼んで匿った。
匿った後、マウリツィアにはこの家なら安全だと何度も言ったが怯え続けていた。あの男が、いつかやって来ると信じて疑わなかった。マウリツィアの身体にはいくつもの傷や痣があったが、体以上に心に傷を負っているのだとエレノオラは悲しんでいたよ。
ところがその数週間後、マウリツィアの夫が死んだという話が届いた。酒に溺れて、マウリツィアに似た娼婦を彼女と間違えて追いかけて、馬車に引かれたのだと。
夫が死んだと聞いた瞬間、マウリツィアは心底安心したに違いない。家に来て初めて笑ったのだよ。だが、数週間ぶりに見た彼女の笑顔を見てエレノオラはより悲しむようになった。『笑顔が違う』と言ってね。私にはその違いがわからなかったが。
笑顔を取り戻して強さも取り戻したマウリツィアは、妻としての役割を果たすのだといってパーシャと共に家に戻った。そしてすべてを整理した後、実家に身を寄せることになった。
ちょうどその頃、ロジーナ、お前が生まれた。ヒラリーがわが家に勤めだしたのも同じ時期だったな。ヒラリーはエレノオラの良き相談相手となり、ロジーナの育児を任せられる者としてエレノオラは信頼を寄せていた。
愛する家族が増え、頼れる使用人もいて幸せな日々だった。
だが、そんな日は突然失われた。そうエレノオラが死んだのだ。私は茫然としたよ。どうしていいのか、全くわからなかった。普通の生活とはどういう物かさえ分からない状態だった。
だから仕事に打ち込むことにした。
エレノオラの手紙の中にあった『星を取る約束』を果たそうと思ったのだ。夜空の星を実際に掴むことはできないが、地上の星、宝石を集めようとね。その仕事はエレノオラのいない寂しさを忘れさせ、私を夢中にさせた。だが、家には幼いお前がいた。お前の世話をしながらの仕事は制限があり、悩んでいた。
そんなとき、マウリツィアの実家の事業が失敗して破綻寸前となってね。合併という形で私が援助することにしたのだ。その話し合いのときにマウリツィアが
「貴方が不在の間、私がエイジェルス家を支え、ロジーナを立派な女性に育てます」
そう言ってくれた。マウリツィアの理性や知識や手腕はよく知っている。そこで私たちは契約結婚をすることにしたのだ。契約結婚など信じられないという顔だね。そうだな、お前の言う通りだ。契約による結婚などしてはいけないものだね。
ただ、私にはマウリツィアへの信頼があった。お前に寂しい思いなどさせず、一人前の女性することがマウリツィアにならできると。
パーシャもお前と同性だし歳も近い。昔のマウリツィアとエレノオラのように仲よくなるだろうという思いもあった。だから、エイジェルス家の家政の監督を依頼し、マウリツィアの立場を保証するための『妻』とする『契約』による結婚をした。
その後はお前も知っての通り私は更に仕事に打ち込むようになった。家に滞在する時間は減り、お前と会う時間もどんどん減っていったね。やがて私はお前が食事に同席せず、顔を合わせても笑顔も言葉も少なく、すぐに俯いてしまうことに気が付いた。だが、
「年頃の娘は父親とは距離をとるもの。向こうから歩み寄る時まで待った方がいい」
そうマウリツィアから聞かされていて、そういうものだと思っていた。私からお前に会いに行くこともなく終わらせてしまっていた。私はマウリツィアがいうことを全て鵜呑みにするようになっていたようだ。
更にお前が机に置いていった手紙から
「エイジェルスのためになる結婚の話を持ち込んだのに拒絶した理由は、他に好いた男がいたからに他ならない。ロジーナは駆け落ちした」
そう言ったマウリツィアの話も信じてしまった。他の者もマウリツィアがそう言うのだからと『ロジーナは駆け落ちしたのだ』と信じていたよ。
ああ、今はお前が駆け落ちしたわけではないことはわかっているよ。そうか。結婚相手がアドニス・フェイエットと聞いていたか。そうであればお前ではなくても逃げ出すだろうな。いや、私はアドニス・フェイエットと聞かされていたとは知らなかったよ。私はフェイエット家の次男であるヤンセン様だと聞いていた。ヤンセン様の評判のよさはお前の耳にも入っていただろう? 私がフェイエット家とお前の話を薦めていたのは、相手がヤンセン様だと思っていたからだ。そうか。マウリツィアはそんなことを……。
とにかく私はお前が消えた《理由》よりもお前が消えたこと自体がショックでね。エレノオラだけではなく、お前も私を置いて消えたのだと思うと、しばらく仕事などできる状態ではなかった。
そんな私に駆け落ちしたお前を探しだしてもエイジェルス家には戻らないだろう、戻る資格などない娘なのだとマウリツィアからは何度も言われた。彼女の言葉に私の心は沈むばかりだった。
私のことを切り捨てたお前とは二度と会うことができないと気が滅入り、エレノオラの部屋で気を落ち着けようと彼女からの手紙が入った箱を開けた。その中に見慣れぬ封筒を見つけ、お前のあの手紙を見つけたのだ。
読んで驚いたよ。顔を合わすことが少なかったのは、お前が自室で謹慎を受けていたせいなど思いもしなかった。マウリツィアの酷い仕打ちのことなど考えもしなかった。だがお前が書いたのならそれは事実なのだろうと、すぐに使用人全員に聞き取りをしたよ。
そうだ。お前の言うように最初は皆口を噤んでいた。
だからマウリツィアには何も言わない、退職など絶対にさせない、口外しないことを約束してようやく渋々と何人かが教えてくれた。マウリツィアがお前にしていたことの数々を。お前の手紙が全て事実だったことを。
彼らになぜ私に報告しなかったのだと尋ねたら
「マウリツィア奥様を悪く言う話など信用されないと思っていた」
みな一様にお前の残した手紙と同じことを言ったのだよ。大人の彼らでさえそうなのだ。幼かったお前が、マウリツィアを前にして私に物を言うことなどできなかっただろうな。
父親失格で、エイジェルスの主としても失格な男なのだと痛感したよ。
全てを知った私はお前と話をしたくて探し始めた。しかし《市》の開催と重なっていたことで、『ロジーナ・エイジェルスを見た』と言う情報が全く手に入らなかった。
そんなある日、妻に贈る宝石を見繕って欲しいと一人の客が私を指名した。そう、それが隣町の仕立て屋だ。彼が結婚の話をし、子供の話になり、その流れで出て行った娘を探していると漏らしたら
「奥様にはご内密に」
と手紙を渡された。
その手紙にお前がイージストにいると書かれていた。読んだ瞬間に私は泣いたよ。お前が無事でとにかく良かったと。
すぐにでもここへ駆け付けたかったのだが、
「どうして今なおエレノオラなのですか。私を妻としているでしょう。娘ならパーシャがいます」
そう言ってマウリツィアが阻んでね。その時初めてマウリツィアが私のことを愛していたのだということを知ったのだ。
そのことに気付かなかったのかって? ヒラリーは気付いていたと?
どうだね。マウリツィアが私に好意を持っているのではと薄々感じたこともあったが、それも子供の頃で昔のこと。私はエレノオラと結婚したのだし、契約結婚の話の際にもマウリツィアを愛せないことは伝えてあった。マウリツィアもそれでいいと言っていたので、私はその言葉を無条件に信じ……そうだな、私は他人の感情に疎いのだろうな。その結果、大事な娘をも傷つけてしまっていた。
この一ヶ月、マウリツィアにはいつまで待たれようと私の愛はエレノオラにある。マウリツィアにエレノオラと同じような愛情を抱くことはできないと何度も説明した。結局彼女が私の言葉を受け入れなかったのだが、今日ようやくお前の元にたどり着くことができた。
そこまで話したお父様はふうと大きく息を吐き、冷え切ってしまったお茶を一口飲んだ。
「マウリツィアはお前によく『妹は姉の言うことをききなさい』と言っていたそうだね」
頷くと、お父様は目を細め、それからその目を閉じた。
「お前は幼い頃からエレノオラに似ている。そんなお前にマウリツィアは、《姉》として長年我慢してきていた感情や当時の胸の内を吐き出していたのだろう」
マウリツィア母様は私がエレノオラ母様に思えて、あのような発言をせずにいられなかった。
なぜエレノオラばかりが好きなように生きられるのだ。好きな相手と結婚できるのだと。今度はそんなことはさせないと。
「実はマウリツィアは今、休養している。恐らくはエレノオラが言った『笑顔が変わった』時から心が病んでいたのだろうが、先日突然全ての気力が無くなってしまったかのように、人形のようになってしまったのだ。マウリツィアがお前にしてきたことは許しがたいことではあるが、幼なじみでありエレノオラの姉という彼女に対しての情が捨てられない。今のマウリツィアを無下に放り出す事は、私にはできない」
お父様は苦い顔をして、乾いた声ではははと笑った。
「お前が娘を第一に思わないこんな私の元に、エイジェルスに戻りたくないと思うのも当然だな」
「それは……私が戻らないのはあの家が私の帰る家ではないからです。お父様の前で笑うことができなくなったからです」
「そう、だな。確かにお前はあの家では心からは笑っていなかった。……再会した時にお前は農園に帰ると言った。エイジェルスには行かないとも。お前は帰る家を見つけたのだな」
頷き、俯く。本当に私はこの家に帰って来てもよかったのだろうか。お母さんはお父様と話し合いの後にと言ったから、この話を終えたらお母さんの元に行ってその答えを聞かなくては。
「お父様のお話でマウリツィア母様の事情は理解しました。けれど私はマウリツィア母様に同情することも許すこともできません」
「当然だな」
「それからエレノオラ母様の《姉》への情を捨てられないお父様のことも理解しました。ただ、私はマウリツィア母様とはもう、一切関わりたくないのです。理解はしましても、どうしても心は」
「それでいいのだよ。お前がそういうのももっともだ。しかし、こんな風にお前と本音で話をするのは何年ぶりだろうな。マウリツィアの話で満足するのではなく、お前とは時間をとってもっと話をするべきだった」
お父様の愛を館にいた時に信じ切れなかったことが悔やまれる。お父様は私の手紙を疑うことなく信じてくれていた。私を捜してくれていた。マウリツィア母様のことを打ち明ければ、お父様はきちんと私の話を受け止めてくれたはずなのに。
「私も、お父様が私の話を疑うのではと余計なことを考えずに声をかける勇気を持てればよかった」
「いいや、幼いお前にその勇気を持てということは無理な話で、やはり私がもっとお前と正面から向き合うべきだったのだ。お前に声をかけることなく、仕事にばかり夢中になっていた愚かな父親だ。すまない……」
頭を下げるお父様にかける言葉がみつからず、そんなことはないと伝えるために首を振った。
「お前のその首にあるのはエレノオラの部屋の鍵かな? ヒラリーから受け取ったのかい?」
「はい。ヒラリーが館を去る前に渡してくれました。館にいる間、エレノオラ母様のお部屋は私に勇気をくれ、お父様やお母様のお互いへの愛を感じることができたので、この鍵は私のお守りなのです」
胸にある鍵をぎゅっと握る。
「エレノオラの指輪とネックレスはあるが、ブレスレットはないね。もしかして」
「ブレスレットは、その、イージストに来るときに」
お父様はわかっていると小さく頷いてくれた。
「構わない。お前がお金を手にしていなかったことも知っている。アクセサリーがお前の役に立ったのなら、それでいい……私をまっすぐに見つめ、お前がはっきりと物を言うことができるようになっていて嬉しいよ。エイジェルスではお前は息を潜めて、俯いてばかりいたから」
「お父様……」
「ヒラリーはいい母親なのだろう。彼女の御主人もな。……良いご両親に巡り会えたな」
「はい。二人は私の自慢のお父さんとお母さんです」
お父様は立ち上がって私を抱擁し、
「お前のご両親に改めて挨拶と感謝の礼を言わなくてはな」
しばらくしてからその抱擁を解いて、私にお母さんを呼んでほしいと言った。
台所に行くと、お母さんだけではなくお父さんとレジスさんの姿があった。三人もいるのに声をかけることが気後れするほど、そこは静かだった。
「お母さん。あの、お父様が挨拶をしたいと言って……」
「ジーナ。家に帰るのか?」
「家に、帰る? もう帰っているのに、どこに?」
レジスさんの言った意味がわからないので質問を返す。
「お父さんが迎えに来たんだろう? 街に帰ることにしたのか?」
「街には帰りません。お父様はお迎えに来たのではなく、私と話をしに来たのです。それにお父様がここに来たのはお母さんの手紙で私がここにいると知らせたからで」
言いながら私がお母さんに視線を向ければ、言いたいことがあるけれど、言っていいのか悩んでいる様子でお母さんはお父さんに視線を向けていた。
「お母さん?」
「その手紙は俺が出すように言ったんだ」
訝しむ私の声に答えたのはお父さんだった。もしかして、と思う。私にここにいてほしくなくて、私をエイジェルスに戻すために、手紙を―――
「お父さん、が手紙を? 私を、エイジェルスに……帰すために?」
「……俺もジーナの父親になったから分かる。可愛い娘が突然消えたら、父親がどれ程心配するのか」
「お、父さ……」
「だからね、私たち相談してアルマンに旦那様に手紙を渡してほしいと頼んだの。旦那様が『ロジーナ様』を探しているようなら、手紙を渡してって」
「私を、エイジェルスに帰したいから手紙を託したわけではないの?」
「ジーナが帰ることを望むなら引き留めはしない。もしこの家を出ていったとしても、お前は俺たちの大事な娘だと思っている」
「私たちはジーナが一度旦那様ときちんと話をした方がいいと思ったの。旦那様がロジーナ様のことを愛していたのは知っていたから。旦那様はエレノオラ様が愛した人であり、あなたの大事なお父様だから」
私を帰したい訳ではなくて、私がお父様とすれ違いのままにならないように後悔しないようにとしてくれた。
私はお母さんに駆け寄って抱きつき、胸に顔を埋めた。瞼が、熱くなる。
「お父さんもお母さんも、大事な人よ」
比べることのできないくらい、大事な人たち。そして。
「私、エイジェルスには行かないわ。イージストが好き。お父さんとお母さんが、大好きなの。笑って過ごせる家はここなの。」
私は全身温かさに包まれた。背後からお父さんが私を抱きしめてくれていたのだ。
「これからもお帰りなさい、いってらっしゃい、ただいまって言いたいの。私、お父さんとお母さんの娘で、嬉しいわ」
お父さんと涙ぐんだお母さんに会ったお父様は、己の不甲斐なさを詫び、頭を下げ、私の面倒をみてくれていたことと連絡をくれたことに感謝を述べ、お礼にとお金を差し出した。けれど、お父さんは
「子供に金をかけるのは、親として当たり前だから」
そう言って頑として受け取らなかった。私も似たようなことを言われたなと、つい半年以上前のことを思い出して苦笑してしまう。
「ヒラリー、本当にありがとう。ロジーナ……いや、ジーナ。元気でな」
馬車の前でお父様は寂しげな表情をして私を見た。いつも大きく見えていたその姿が、一回り小さくなってしまったように感じるほどに。
「あの、お父様……いつか、お仕事に満足してのんびりしたいと思ったら、イージストに来てください」
「……来てもいいのかい?」
「今は無理ですがいつか、私、お父様を笑顔で迎えることができると思います。それから私、お手紙書きますから」
「ありがとう、ロジー……ジーナ。お前は出き過ぎた娘だよ。お前からの手紙は私の元に必ず届くよう手配する。ここは本当に良いところだ。ここにはお前を全身全霊で守ってくれる両親も青年もいる。幸せにおなり」
お父様の言う青年とはレジスさんのことだろうか。
「あの、レジスさんには結婚する女性が」
「彼に、そうなのか? お前のことを護ろうとしていたところを見て、てっきり」
「彼は、誰に対しても優しいので」
玄関口傍に立っているレジスさんに視線を巡らせ、お父様は私の頭を一撫でした。
「だが、お前は彼のことが好きなのだろう。お前の顔は恋をしていたよ。エレノオラと同じ表情だった」
お父様は衝撃の言葉を口にして私の髪に温もりを残し、馬車に乗って農園を後にした。呆然としながら小さくなっていく馬車に手を振る。
私が、恋?
―――ライオネルが笑うと、私も笑いたくなるのよ。
お母様の手紙の中の一文。お父様への思いを込めた、お母様の言葉。
私もレジスさんの笑顔を見れば笑顔になる。レジスさんとソフィさんが仲の良い所を見て胸が痛かった。レジスさんを目で追ってしまうこともあって―――
これが、恋?
私の……恋?