ご隠居様と御曹子
御曹子の出迎えの際は、メイドを含め使用人その他諸々が通路の両脇に一列で並ぶ。順番は「エライ」順と決まっている。当然ながら、わたしが序列最下位だ。よく見ると、執事さんより序列上位の位置に、純白シルクのメイド服(「後宮候補生」)が並んでいる。
御曹子はお辞儀するわたしたちの前をゆっくりと歩いた。噂ではプレイボーイとのことだが、上目遣いに見上げてみると、どこにでもいそうなイケメンの一人といった感じ。
さらに、御曹子の後ろを二、三歩離れて歩いてくる女がいる。けばけばしく派手で、馬車のデコレートと同じような趣味だ。御曹子が結婚されているという話は聞かないので、愛人だろうか。二人はわたしたちの前を通り過ぎ、ご隠居様の待つ応接室に向かった。
しばらくすると、応接室からは、大方の予想通りに、わたしにとっては初めてだが、ご隠居様の怒鳴り声が聞こえてきた。
「このバカ息子めが! また、性悪の娼婦ごときにたぶらかされおって!!」
「父上、いくらなんでもビジネスパートナーに向かって『娼婦』とは失礼ですよ!」
御曹子も負けてはいない。口論が続く。執事さんは、時々泡を吹きながら、応接室を出たり入ったりしている。
今回の用件も、やはり、お金の無心らしい。お城の隣の湖を水源とする川の下流から砂金が見つかったとかで、お城の周辺には金鉱があるに違いないから、金鉱の採掘資金が必要だとのことだ。御曹子が連れてきた女が、実は採掘の専門家で、事業を共同で経営しようと持ちかけているらしい。
「これが証拠の砂金ですよ。下流で採集して持ってきたんです。うまくいきますよ、きっと」
御曹子はがんばっている。
「バカヤロウ、これが砂金なわけ、あるものか! 世の中に、楽をして儲かる話はないんだ!!」
ご隠居様はまったく取り合わない。
執事さんは、執務室の椅子に座り、額に濡れタオルを当て、ハァハァと荒い息をたてていた。メイドたちは事の成り行きに興味津々。ちょっとした見世物である。
わたしは、ふと思い立ち、ドアをノックして、執務室に入った。
「執事さん、ものすごいことになってますね」
「そうなんだよ。ご隠居様は、御曹子の砂金を砂金じゃないとおっしゃるんだ。どうしたものかな」
「本物か偽物か分かれば済む話なのですか」
「まあね。いずれにせよ、このままでは、何時間話し合っても埒が明かないよ」
「それなら、いい考えがありますわ」
わたしは執事さんにヒソヒソ話でその考えを伝えた。執事さんは乗り気ではなかったが、わたしは「絶対に大丈夫だから」と強引に執事さんの手を引き、いくつか準備をして、執事さんとともに応接室に向かった。執事さんはびびりまくっていた。わたしの予想が正しければ、砂金の真偽を判定できるはずだ。でも、正しくなければ、その時は、その場を執事さんに押し付けて逃げればいい。責任をとるのは上司の役目だから。