ルームメイト
法的には、奴隷は、主人の意思表示によって奴隷の身分から開放される。それは主人の一方的な意思表示(単独行為)で、奴隷の意思に左右されない。通常は、奴隷がこつこつと小遣いを貯め、ある程度の金額を主人に納めて開放してもらう、言わば、自由民の身分を買い戻すものらしい。現実には、身分を買い戻せる幸運な奴隷は全体の1%以下で、極めて稀有な例ということだ。
ともあれ、奴隷の身分から開放された私は、今度は後宮候補生。聞くところによると、御曹子が持ち込んだ砂金の真偽を判定することに功があったこと、弓術が衆に抜きん出ていることが評価されたことから、主人であるご隠居様の特別の思し召しがあったということだが、何となく、役人的な理由付けのような気がしないでもない。
わたし的には奴隷メイドのまったり生活も悪くなかったが、純白シルクのメイド服も悪くない。今までの粗雑なメイド服と比べれば、雲泥の差だ。なんといっても肌触りが違う。
その上、わたしには新しい部屋もあてがわれた。当然、メイド部屋よりも高級だ。後宮候補生は、今風に言えば全寮制お嬢様学校の女生徒のように、二人で一部屋を与えられ寄宿生活をしている。ちなみに、ルームメイトは、エレン・M・フィッシャーという自由民の娘だ。
しかし……
「元気がなさそうだけど、どうしたの?」
いきなりベッドに倒れこみ、大きくため息をついたわたしを見て、エレンは心配そうに顔を近づけた。
「飛び入りの新人があまり歓迎されないことを予想して、今から落ち込んでおくのさ」
「そんなことないよ。みんな、親切な人ばかりだし。多分、何とかなるよ」
「そうかな……」
「うん。だから、ファイト」
華々しさはないが、ほのぼのとした癒し系で、少し、ほっとした。
エレンによれば、わたしは自由民出身の後宮候補生には好印象を持たれているようで、エレンにとっても「自分がルームメイトになれたのは光栄」ということだった。奴隷メイドだったわたしが弓で的の中心を射抜いたことで、貴族階級の鼻を明かしてやった気分になれたかららしい。
そうすると、当然……
「貴族階級の後宮候補生からは目の敵にされるかもしれないから、注意してね」
「……」
わたしはベッドから起き上がり、ため息をついて、
「やっぱり欝だ……」
「大丈夫。自由民出身者は味方だから、問題ないよ。ファイト」
問題がないとは思われないが……
こうして、異例の大出世(?)を遂げたわたしの、後宮候補生としての生活が始まったのだった。




