プロローグ
……ジリリリリーン……
目覚ましが鳴った。ありきたりの朝の光景。とりあえず、寝起きのシャワー、パンとコーヒーと目玉焼きというありきたりの朝食のあと、ネットでニューヨーク市場の動きをチェックする。最近の習慣だ。
株の世界も諸行無常。一時は栄華を極め、勝ち組の代表とまで言われていても、一夜のうちにすべてを失ってしまう人もいる。馬鹿馬鹿しければ勝負を降りるしかない。人間到処有青山。大学卒業後、役所に就職し、公務員として数年間、適当にノルマをこなしてはきたが、ここ最近、こんなふうに無常観にさいなまれていたので、ふと思い立って、旅に出ることにした。
いつもと同じ私鉄に乗り、JRに乗り換え、東京駅まで1時間30分。時期が時期だけに、いつもより人が少ないように見える。東京駅では子供連れも多い。夏休みを実感できる瞬間、これは、ささやかな喜びかもしれない。
「18番線、ご注意ください、博多行きの、のぞみが云々……」
放送が入った。自由席の入り口には長蛇の列ができている。わたしも、少しでも安く行きたいという、その列に並ぶ一人。
ドアが開くと、わたしは早々に席を確保し、一息ついた。とりあえずは、座れてよかった。しかし、このときには、こんなひどい旅になるとは、夢にも思わなかったのだが。
程なくして、のぞみは東京駅を出た。新横浜駅まではややスローペースで進む。新横浜駅を過ぎると、心なしか、都会の喧騒から少しは解放された気もする。電車で適当に揺られ、ボーっと窓の外の景色に目をやっていると、なぜか眠くなるものだ。いつもなら、名古屋駅の直前で目が覚めるものだけど、今回は違った。
小田原を過ぎた辺りだろう。半分は起きていて半分は眠っているという、一番気持ちのいい、朦朧とした状態でいると、目の前に、何かチカチカと光が見えた。そして、光がだんだんと大きくなって、わたしを包み込み、信じがたい話だが、わたしは、文字通り、本当の夢の世界に引きずり込まれてしまったのだ。
「ここはどこ?」
目の前には、見たことのない風景が広がっていた。石が敷き詰められた道、レンガ造りの建物、奇妙としか言いようのない通行人のいでたち、早い話が、中世ヨーロッパ風ファンタジーの挿絵に出てくるような光景。
そしてわたしは、なぜか、檻に入れられ、荷馬車でガタゴトと牽かれていた。周りには、わたしと同じような女性が数名いて、顔を抑えたり、頭を抱えたりしていた。
「これは一体?」
「あんたバカ? わたしたち、売られていくのよ。奴隷として……」