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誰にとって何が大きなものであったか。

私にはそんなに大きなものはない。

作者: 現地住民

 私にはそんなに大きなものはない。


 確かに私は裕福で歴史と伝統もある、立派な貴族の家の令嬢。世界のほとんどが貴族でないことを思えば、私はその事実だけで大きなものを持っていると思われる。

 けれど、どうだろう。たとえば、広い世界を知る由もない私が、そんな世界単位の価値観を育てるというのは、とても難しいんだって。どうしたって、そうなってしまうんだって。

 狭い貴族世界で生まれ育ったそんな私にとって、やはり私はそう大きなものはないと思う。思ってしまう。

 私の家は、伯爵家。高すぎることもない。低すぎることもない。中堅といわれるような立ち位置といわれている。

 父は王城で文官を勤めているけれど、ほとんど発言力を持たないようだし、父自身も自身の城の務めと与えられている領地の仕事で手一杯のようだ。城勤めできているだけでも十分だといわれているのに、こんな言い草は酷いかもしれないけれど……。


 私自身の話をしよう。

 私は特に美しいといわれるような容姿はしていないけど、特に醜いと笑われる容姿もしていない。着飾ればそれなりに。でも、特別誉めそやされることもない。また、あまり口数も多くなく、大人しいと言われることが多かった。社交の場では、自分と同じほどの身分の方々と隅のほうで談笑する。中央で目立つような煌びやかな方々がいて、隅に大人しく慎ましい――あまり目立たない――ドレスを着る自分たちがいる。私たちは、紛れもなく中堅とか、普通だと思うのも無理はない。

 趣味は裁縫とお散歩。お散歩は言わずもがな。裁縫に関しては、趣味といっても、本当に嗜む程度で特に秀でてもいない。「あら、お上手ですわ」「そんなことありませんわ、エミリさまのほうがとてもお上手だわ」なんて程度。大して周囲と差はない。



 私は大して大きいものをもっていない。もしひとつ持っているとすれば、それは……婚約者。


 私の婚約者は、さまざまな大きなものを持っている。

 まず、立場。公爵家の長男。しかも、王族と血縁があるので、一応、王位継承権もあるよう。私と同じ年頃だというのに、文武に秀でているらしい。そのような風の噂で聞いた。お父上も、宰相という立場だ。宰相様というだけで、「ああ、きっととてもえらいんだな」とわかる。

 なんといっても容姿だ。金色の髪の毛は絹のように柔らかで、紫紺の瞳は「ミステリアスだわ」と年上のお姉さま方が黄色い声をあげていた。私が初めてお会いしたときには、まるでお人形さん――……いいえ、あれはお人形様と呼んで然るべき――のようだと思ったほど、とても整った造形をしていた。あのころはまだ幼かったのでそう思ったけど、今は整っていても人形とまでは思わない。けれど、やはり整っている。

 婚約者殿は私に合わせて着る洋服をシックなものにしている。男性が女性よりも派手な格好をすることに、眉をひそめる人も多いので、それは不自然なことではないけれど。それなのに、彼はいつも華やかだ。本人そのものが派手なので、服装に関わらずどうしても華やかになってしまうことが避けられないのかもしれない。私に付き合って隅にいると、彼の元には多くの煌びやかな人々が集まってきてしまう。静かで落ち着いた場所を好むのも、もしかしたら、そんな彼の立ち位置の影響なのではと思っている。

 そして彼の趣味は、乗馬とのこと。けれど、私はそれを少し疑っている。確かに彼の乗馬の技術は素晴らしい。けれど、お上手なだけならそれは"特技"だ。彼は上手でも、そこまで乗馬を好んでいる気がしなかった。本人がそうだと主張するのだし、別にだから何が言いたいわけでもない。とにかく彼は趣味の腕も素晴らしく、それはとても大きなものだと私は思う。





 そんな彼が冷たい瞳で私を見下ろしている。



「君がユリエに……酷いことをしたと聞いた。それは事実か?」


 彼にしては珍しく言い辛そうに言葉を濁していることに、私は思わず笑ってしまいそうなのをこらえた。


「……その内容を聞いた限り、僕はどうしても君が、それをしている姿が……想像できなかった」


 彼の瞳は冷たいけれど、どこか複雑な心境が見え隠れしてみえた。それが間違いでないといい。


 私は特になにも大きなものはもっていない。ただひとり、貴方という存在以外は、なにも。

 この目の前の優しい人は、たくさんの人の証言を聞いただろうに、それでも私に誠意を見せてくれた。

 この狭い貴族社会。力の大きさでほとんど決められてしまう。そんな世界で、彼は他の誰もが当たり前のように確認もしない、"ちっぽけな私の言い分"を尋ねる。温情というものを与えてくれる。


 もし、私が正直に否といえば、彼はきっともう一度事実を調べなおそうとしてくれるだろう。

 実は愚直なほど真面目なこの人は、正義というものを信じていて、それを正しく実行する苦労を決して惜しまない。

 しかし、この世界はそれほど単純にできていない。



「あなたの目に映るものが必ずしも全てではありませんわ」


 私は目を伏せ、後ずさった。彼が息を飲む様子が気配で伝わる。

 それも一瞬のことで、彼は息を整えて、ゆっくりと口を開いた。


「アッシュたちは……ユリエに危害を加えた疑いのある数名を王家主催の夜会の席で断罪しようと言ったが、僕はそれを説得した。その全てが証言ばかりで証拠が不十分だし、見世物のような断罪が今回必要だとも思えなかった。なにより……僕は君を信じていたかった」


 最後の台詞が、酷く心に響いた。当たり前だ。その言葉は私を酷く喜ばせるものであり、そして"信じていたかった"という言葉こそ、私の胸に痛みを与える言葉なのだから。私は彼の瞳を見れなかった。

 彼はせき止めていた水があふれ出すように話し始めた。


「おかしいと思ったんだ。なぜなら、アッシュたちはユリエの言葉だけで、断罪をしようとした。今も、おかしいと思っている。……いいや、こんなことは本来あってはならないんだ。王族や立場の高いものの意見が無条件に正しいと判断される。そんなの絶対おかしいだろう? アシュリード王子や侯爵家のケインが……ユリエ嬢の言葉を信じた。ただそれだけの理由で、なぜミルティが断罪されなくてはならない?」

「それが現状ということなのでしょう。ハーウェル様」


 王の不興を買った貴族が殺されたように。もし、ここで彼に無実を訴えても、きっと私は罰せられる。国で二番目に権力をもつ第二王子の不興を買ったから。そこに正義などない。あるとしたら、それは第二王子の派閥の人間の心の中にだけ。

 それがこの国の現状。

 貴族たちは徐々にざわめき始めている。このままで良いのか? 王族に権力を持たせすぎる、この現状を問題視し始めたのは、まだつい最近の出来事。大きな変革は時間がかかるもの。

 私はきっと助からない。




「良いんだ、僕のことは! だから頼むから真実を話してくれないか? そうしたらきっと僕は君と共に戦うと誓おう……頼むから……」


 私はあまり大きなものはもっていない。

 美しくもないし、賢くもない。才能など、秀でた能力もない。父や家は権力も大きくないし、言ってしまえば長いものに巻かれる習性があるような、そんな性質。

 そんな私の婚約者殿は、とても大きなものをたくさんもっている。

 けれど、それでも間に合わない。きっと第二王子であるアシュリード王子には太刀打ちできない。だから。



「いいえ、ハーウェル様。貴方様は、とても大きな力を持つ方。この国の希望となれる方です」


 王族の血を引きながら、貴族である彼ならば。我が家のような力のない貴族と縁を結ぶことで国のバランスを取ろうと、国のために心を砕けるお父上をもつ彼ならば。


「どうか、どうか。我が国を救ってください」



 難しく細かいことは私にはなにもわからない。けれど私にもわかることがある。

 この国は変わらなくてはいけない。

 力を持ち、慢心した王族たち。そしてそれに群がる貴族。彼らは湯水のように金を使う。しかし金は湯水のように自然に溢れてくるものではない。その金は貴族、そして真面目に働く民から集められている。

 なにも考えず、いや知っていてそれでも民への税を多くすることで金を捻出する貴族がいる。ひっ迫していく民たちがそれを拒めば断罪される。そこばかりが私たちと何も変わらないこと。正しい主張をしているはずなのに殺されてしまった民がどれほどいるのか、私は想像しかできない。そしてそれはなんの解決にもならないばかりか状況を悪くするものだというのに。

 そんな中、普通に領主として貴族としての勤めを果たすものたちが、なぜか財政に苦しまされていく。

 大きな権力も何ももっていなくても、地道に領地を治めてきたお父様たちが、なぜ資金繰りに頭を悩ませ、そして裕福だったはずの我が家から年々装飾品が減っていくのか。「無力な父ですまない」と、娘に頭を下げねばならないの? 結局、真面目で大きい力をもたない誰かにしわ寄せがいく。

 私は、これが正しいとはとても思えなかった。



「お願いです。私のことは良いのです。そんなものよりももっと変えなくてはいけないものがあります。私ひとりの命だけでは済まなくなる前に。どうか、多くの民たちを救ってください。……ハーウェル様」




 私はこれから出るかもしれないたくさんの悲劇の前では、とてつもなくちっぽけな存在だ。むしろ、私はその未来が恐ろしかった。これは単なる前兆に過ぎないのではないかと。私は恐ろしい。

 私が主張しても聞いてもらえない。そんなことが当たり前のこの世界の常識が私はとてつもなく恐ろしいのだ。


 温かい春の日差しの中、日傘を閉じて、私は貴方の手を取った。

 権力がなくても、お金がなくても、特別美しくなくても、そんな当たり前の日常はいつも私の心を満たしていた。


 正しいことを正しいと主張できる。間違っていることを間違っているということ。それが当たり前の世界に生まれることができたなら。あなたに最後まで添い遂げることはできたでしょうか?




「ミルティシア!」


 彼の声を背にして、私は歩き出す。考えていた通り、行く先の広間には華々しい色合いの権力者たちが、敵を見る目で私を待ち構えていた。

 本当は足が竦んでしまうそうで、目から滂沱と涙があふれそうで、ガラスに反射する光に目が眩みそうで。ちっぽけな私だけでは、ただただ恐ろしくて。

 でも、私の唯一の大きな存在。貴方がいてくれるから。


 だから、もう大丈夫。だいじょうぶですからね、ハーウェル様。

あまり深く考えずに書いたのでわかりづらいかもしれません。言葉足らずかもしれません。そうだとしたら、教えてくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 中島みゆきの「シュガー」と「maybe」が似合いそうな作品でした。
[一言] とても読みやすかったです。 ミルティシアの民を思いハーウェルへの思い。 ハーウェル視点と続編がみたくなりました。
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