暗器
なんとか休みの間に一話書けました。
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さて、セントラルの分析及び照合結果が出るまでにどれくらいの時間がかかるのか見当はつかないが、ひとまずは悪い結果が出ることも想定しておくべきだろう。
もちろんセントラルの結果を待たずに解決できればそれに越したことは無いわけだから、やれることはやっておくべきだ。
まずは現状の把握からだ。
ディアボロスから視線を切りディアナを見ると、ディアボロスから視線を外さないよう警戒を続けている。
目を話しておいて何だが、あの妙な存在感は視線を外してしまうと見失う危険性があるので、細心の注意を払っておくべきだろう。
肝心のディアナの様子はというと、特に息を切らしている様子もないが、身体の所々に刃物による切り傷が見える。
先程までは存在しなかった傷なので、ディアボロスとの戦いの中で負った傷だということになる。
ディアナに傷を負わせることが出来るということは、それなりの腕の持ち主だということなのだろう。
「このまま戦えそうかい?」
「問題ありません。このままいけます」
「わかった」
受け答えも問題無し、か。ひとまずは心配は無さそうだ。
ディアボロスへと視線を戻す。
一方、ディアボロスは相変わらず薄い気配のまま僕達の視線の先に立っているまま状況は変わっていない。
先程から焼け焦げた身体が少しずつ再生しているのが見てとれるので変化していないというわけではないか。
それにしても、まったく羨ましくなるくらいの再生能力だ。
「ディアナ、それほど時間は経っていないが、これまでに何を試した?」
「忍刀による斬撃、畳返しによる衝撃、火遁の術による炎症、雷遁の術による感電と炎症です」
僕の問いかけにディアナはすらすらと答えてくれる。
畳返しによる衝撃に関しては突っ込まないことにするとして、ディアナの報告からは何かのヒントになりそうなものは無さそうだ。
少なくとも身体の表面に関しては十分な再生能力をもっている事になる。いや、落雷による感電によるダメージも特に無さそうだから表面だけでは無いか。
……現状では考えても何かの答えには行き着きそうにはないな。それにディアボロスも僕がゆっくり考えている間、大人しく待ってくれるようなことは無さそうだ。
身体の再生が一段落付いたのか、ディアボロスはゆらりと身体を動かし始め、僕達二人との間合いを探ろうとしている。
ディアボロスは右手に妙な色と形をした短剣を持ち構えている。
その刀身はクシ状になっており、黒い色と合わさり不気味に見える。
……ソードブレイカーか。
そして、もう片方の手には何も持っておらず、ソードブレイカーに添えられている……が、広場で見た時には袖口に何か見えたので暗器を隠し持っているのだろう。
その構えはそれほど洗練されたものではなく、達人の域には到達しておらず、どちらかと言えば熟練の腕前といったところだろうか。
これでディアナにこれだけの傷を負わせることが出来るというのか?
僕の迷いを感じ取ったのか、ディアボロスは体勢を先程よりも更に低く構えると、僕に向けて弾かれたように飛び出して斬りかかってきた。
その動きは速いには速いが、探索者基準で言えば遅い部類に入る。
ディアナがこの動きについていけないわけが無いので、傷を負った要因は別にあると考えるべきだろう。
ディアボロスの動きに警戒しつつも、近づいてくるディアボロスが僕の間合いに入ったことを確認してから横薙ぎに月詠を振る。
「お館様! 忍法、畳返し!」
横からディアナの声が聞こえたと同時に、飛び出したディアナが何かを弾き返した音が聞こえる。
「チッ」
思っていたよりも僕の間合いが広かったのか、ディアボロスは大きく後ろに飛ぶと再び距離を開けた。
もともと短剣と僕の月詠の間合いは大きく違うのだから当然だが、奴の狙いは恐らくディアナの反応した方にあるのだろう。
ディアナが展開した畳が弾き飛ばされている。その表面を見ると何か小さな物体がぶつかったような跡が見える。
畳が弾き飛ばされている所を見ると、その大きさからは想像できないほど大きな衝撃を伴っているようだ。
「ディアナ、今の衝撃は!?」
「わかりません。先程までは衝撃は何とか避けていましたが、斬撃が避けきれませんでした」
「……暗器か」
ディアナが避けきれなかったのはあの衝撃が原因か。
どう考えてもあちらのほうが斬撃よりも脅威なのは間違いない。
十中八九、左手で操っているであろう暗器が原因なわけだが、先程は意識の外にあった為まったく見えなかった。
……まあ、何かが来ることがわかれば警戒すれば良いだけのことだ。さすがに僕の目に見えないという事は無いだろう。
「シネ!」
なにやらカタコトだが、殺意を持って放たれた言葉は否応なしに緊張感を高める。
幸い月詠の間合いなら斬撃を食らうことは無いだろう。ひとまずは謎の衝撃に注意を払う。
先程と同じようにディアボロスが間合いに入ると共に月詠で牽制をしようとすると、死角から何かが飛んでくるのがわかった。
その飛翔物をギリギリで躱す。
鼻先をかすめる飛翔物は、僕の想像通り小さな塊でディアボロスの左手を中心に円を描いているように見えた。
つまりは左手と飛翔物は繋がっているということだ。
「セントラル、小さな錘を振り回す暗器を教えてくれ」
『かしこまりました。該当する暗器を検索します――一件該当しました。表示します』
モノクルに表示される暗器の情報に目をやる。
流星錘――数メートルの縄の先端に錘をつけた振りまわしたり投げつけたりする打撃武器
モノクルに表示されている形状からするとまず間違いは無さそうだが、ディアボロスが使うものとは異なる点がある。
まずは縄ではない。
さすがに縄であれば僕の目に映らないということはありえない。
つまり、縄ではない何かで繋がっている事になるだろう。
そしてもう一つはその威力。
表示されている通常の流星錘ではこれほどまでの威力を発揮することは出来ないはずだ。
……アーティファクト、もしくは魔術の類か?
何にしてもその弱点である間合いのコントロールは自在に行うことができると想定したほうが良さそうだ。
「……厄介な暗器だな」
「ホウ、ミエタカ?」
にたりと笑いをこぼす様が癇にさわるが、暗器の正体がわかった所でどうにもならないという自負があるのだろう。
「くっ」
「……ヨウヤク、キイタカ」
不意にディアナから苦しむ声が聞こえてくる。
視界の端でディアナが膝をついている。
「セントラル、ディアナの状態をスキャンしてくれ」
『かしこまりました。状態をスキャンします――スキャンが完了しました。表示します』
モノクル越しに見える症状は、麻痺。
……なるほど、ソードブレイカーには遅効性の麻痺毒が塗ってあるわけか。
あくまでも奴の主力はあの流星錘というわけだ。
ひとまずは致死性の毒が塗られていないことを喜ぶべきだろうか。
何にしても、状況は芳しくはない。
このままディアナを庇いながら戦うのは難しいだろう。ひとまずディアナには離れていてもらおう。
「ニガサンゾ」
僕が行動を起こそうとするのを察したのか、ディアナにとどめを刺すべくディアボロスが動き始めた。
そうはいかない。まずはディアボロスには止まってもらおうか。
素早く動きディアボロスを間合いに入れ月詠を下から縦に振り上げる。
「ナ!?」
ディアボロスの驚きを尻目に、切り飛ばされたディアボロスの左手が宙を舞う。
そしてそのままディアボロスの顎を石突でかち上げる。
そしてさらにディアボロスの身体を蹴り上げた瞬間、爆発が起き轟音と共にディアボロスを宙に吹き飛ばす。
これで再生までの間は時間が稼げるだろう。
「ディアナ、ちょっと家で待ってて」
そう言って、アイテムポーチから取り出した手のひら大の大きさの玉を、ディアナの足元に放り投げる。
ディアナの足元で地面にぶつかった玉が淡い光を放ち、ディアナの身体を包み込んでいく――
「お館様!?」
――そして光が収まった時にはディアナの姿はその場から消えた。