暗殺者の標的
グレゴワールが落ち着きなく周りを見渡しながら何かをブツブツ言っている。
僕の上がった聴力でも聞こえるには聞こえるが、モゴモゴ言っていて聞き取れない。
グレゴワールの目線からすると誰かを探しているようにも見えないことはないが、さて。
グレゴワールにつられるように周りを見渡すと、この群衆の中にあって数人が他とは異なる行動を起こしている。
そのうちの殆どの面子はこちらの様子を窺いながら、時折グレゴワールと目線を合わせながら周りに気を配っている様にも見える。
この場にそぐわない物々しさからすると、恐らくだがグレゴワール達もこの場所でディアボロスを探しているのだろう。
……そして、グレゴワールを挟んで向こうの方に一人だけ更に異なる行動を起こそうとしている輩が目に入る。
何かの魔術か魔道具を使っているのだろうか、この人だかりにいて一人曖昧な気配を有し、注視しなければ周りとの違和感にも気づきにくい。
そいつは何やら手を前に伸ばし構えると集中を初めて、その視線の先には……狙いはグレゴワールだ!?
不味い!
「グレゴワール司祭、伏せて!」
「な、なにごとですか!?」
僕は慌ててグレゴワールの手をこちらに引き寄せて頭を上から押さえつけた。
不審者は僕が気がついて行動を起こしたことに多少の驚きを見せた。
気付かれる予定では無かったということか、やはりあの稀薄な存在感は奴が意図的に起こしているということなのだろう。
奴の袖口からちらりと見えた物は暗器の類だろうか?
「ディアナ!」
「承知しました!」
僕の言葉でディアナが素早く行動を起こす。
僕とグレゴワールの前に何処からともなく現れたディアナは低い体勢で、改めて構え直す輩と対面した。
そして勢い良く地面に手をつき――
「忍法、畳返しの術!」
構えた状況から何かしらの飛び道具を使うと判断したのだろう。
畳返しの術なら相手との視線を切ってしまうデメリットはあるが仕方がないか。
ディアナの手甲が淡い光を放つと、何処からともなく現れた畳が勢いよく跳ね上がる。……奴の足元で。
さすがに予想していなかったのだろう。足元で突然弾かれた畳にバランスを崩し宙に弾き飛ばされる。
幸い飛び道具もあらぬ方向に飛んでいったので結果オーライか。
無防備に宙を舞う姿を眺めながら、ディアナの肩を軽く叩く。
「……ディアナ、それ使い方が違うよ」
「忍具の応用です」
ディアナはディアナなりに試行錯誤をしているようだ。与えられた知識だけでなく、その先を模索する姿勢には感心させられる。
ただ一つだけ言わせてもらうとするならば――
「忍具じゃなくて魔道具ね」
「……忍具です」
そこは互いに譲れないところか。
まあ、それはそれとして、改めてグレゴワールに聞かなければいけない。
「奴の標的はグレゴワール司祭のようですが、何か身に覚えはありますか?」
「私が狙われた!? 奴は……デ、ディアボロス!? 何故私が……」
「奴がディアボロスですか、僕がなんとかしますので今は慌てずに逃げてください」
少しの間を置いて、グレゴワールの配下の者が駆け寄ってくる。
グレゴワール司祭の反応を見る限りでは、少なくともこの場所でグレゴワール司祭が命を狙われる予定では無かったことになる。
つまりは神託絡みということになるわけだが、先ほどのグレゴワールが漏らしたプリッシラさんの件を鑑みるに、ディアボロスの標的はプリッシラさんとなる予定だったということか。
まあ、どちらにせよこの機会に終わらせよう。
グレゴワールから手を放し立ち上がる。
先ほどの突然の行動により周りの注目を集めてしまったが、さて。
離れた位置で演奏をしていたプリッシラさんを見ると目が合う。
ディアボロスが宙に弾き飛ばされた事で異変に気付いたのだろう。
プリッシラさんは状況を察したのか、一つ頷くとそのまま演奏を魔曲に切り替えた。
プリッシラさんの音楽に乗った魔力が周辺を満たしていく。
すると、こちらに意識を向けていた観衆が辺りを見渡し始めた。
僕の目には何も変化は感じられないが、魔力の広がり方から判断するに、僕たち以外には別の景色が見えているのだろう。
プリッシラさんは早速エフェクターを使いこなしているようだ。
提案しておいて何だが、演奏しながら使うには相当に繊細な制御が必要なので、使いこなせるようになるには暫くかかるだろうと思っていた。
しかしながら魔曲を使いこなすプリッシラさんにしてみれば十分に実用に足る魔道具だったというわけか。
周りの注目はプリッシラさんの演奏のお陰で僕達から離れたが、とは言ってもこの場所で本格的にディアボロスと戦うわけにはいかないだろう。
ディアボロスはまだグレゴワールを逃すまいとこちらに向けて構えているが空中では狙いが定まらないようだ。
あの様子ではグレゴワールもすぐには逃げられないだろうし、せめて周りに被害が及ばないよう人の少ないところに移動するべきだ。
「ディアナ、場所を変えよう。この辺りに人気の少ない開けた場所はあるかい?」
「ここから少し行った所に条件を満たすことができる場所があります」
ディアナは間をあけずに僕の問いかけに即答した。
さすがは隠密行動や情報収集を生業とした忍者を自称するだけのことはある。この都市の作りに関してなら僕よりも十分に詳しいだろう。
「それじゃあ、ディアボロスをそこまで移動させよう。ディアナも付いて来て」
ディアナに指示を出し、魔道具を起動させて階段をのぼるようにディアボロスに向かい駆けはじめる。
「お館様、私がディアボロスを先の場所まで弾き飛ばします!」
「え?」
「忍法、多段畳返し!」
ディアナの声とともに手甲が先程よりも少し強く光を放つ。
それとともにディアボロスの死角に畳が出現し、奴を弾き飛ばす。
その先で再び死角に畳が出現し更に弾き飛ばす事を繰り返す。
弾き飛ばした直後に畳は消えているので、ディアボロスには一体何が起きたのか理解する暇もないだろう。
現に、奴の表情には驚きの色が色濃く現れている。
あの畳はかなり丈夫に作っているので一撃一撃がかなりの衝撃を伴っているはずだ。
あの使い方ならもしかしたら、畳だけでディアボロスを沈黙させることも可能かもしれない。
それにしても――
「ディアナは畳が好きだな」
「畳は癒やしです」
そう言い放つとディアナは先に向かって走っていった。……多分気にしたら負けだな。
さて、少し余裕ができたのでグレゴワールの様子を見やる。少しは落ち着いたものの未だに混乱から完全には抜けだけずにいるようだ。
「グレゴワール司祭、ディアボロスを捕まえてきます」
「ディアボロスを……いけない! バーナード様では奴には!」
突然慌て始めるグレゴワール。慌て振りからすると少々気にはなるが、グレゴワール達が相対しようとしていた相手であれば、僕が倒せない道理は無いだろう。
しかし、警告があった以上は用心して挑むべきだな。
「わかりました用心して挑みます。僕は大丈夫ですよ」
「しかし!」
「それよりも後で幾つか聞かせてもらいますよ?」
少し強めの声で言ってしまったが、現状の混乱が功を奏したのか、グレゴワールはバツの悪そうな表情を見せつつも素直に頷いた。
モノクルに表示されるディアナのマークを確認する。
ディアボロスはマーク出来なかったか。どんな手段を講じているのかは分からないが、奴を倒した後にでも調べてみるか。
さて、ディアナに追いつかないとな。
人を避けるのも面倒なので上を走っていく事にしよう。




