面白い贈り物
「それじゃあアリス、朝食の準備をしてもらえるかな。場所は……応接室で良いよ。あ、ブリジットには――」
「はいはーい、それじゃあ私は自分の部屋で食べたーい」
急に背中に感じる衝撃と共に割り込まれたので少しだけビックリしたが、振り向くとそこには僕の背中に抱きついているブリジットの姿があった。
……いつの間に起きてきたんだろうか、全然気が付かなかった。
すると、アリスがおもむろにブリジットの頭を鷲掴みにし、そのまま僕から引き剥がした。
「……ブリジット、お客様の前で行儀が悪いですよ」
アリスは努めてにこやかな顔でブリジットを諭しているが、お客様の目の前で頭を鷲掴みにする女性も行儀が悪いと思いますよ。
「それに自室は食事をする場所ではありませんよ。あまりバーナード様にわがまま――」
「アリス、今日は大目に見てやって。ブリジット、今日は特別にそれでも良いよ。でも、毎日はダメだからね?」
「やったぁ! さすがお兄ちゃん!」
「……かしこまりました。それではバーナード様は応接室で少々お待ちになっていて下さい。ブリジットも少し手伝ってください」
「はーい」
アリスが少しだけ怒っているが、今日はプリッシラさんと大事な話もするつもりなので、もともとブリジットには一人別室で食べてもらう事になるかもしれないと思ってはいた。
少しくらいならブリジットのわがままを聞いてもバチは当たらないだろう。
僕達に会釈をして静かに奥へ向かうアリス、それとは対象的に奥へ走り去るブリジットを苦笑いで見送る。
少ししてプリッシラさんに向き直ると、プリッシラさんは僕を見ながらにこやかに微笑んでいた。
「仲の良い妹さんだな。家の中が華やかになる」
「良い子ですよ元気なところが長所ですね。毎日元気をもらっています」
「しかし君とはそれほど似ているようには思えなかったが、互いに似ている親が違うのか?」
「ああ、実の妹ではないので似ていなくても仕方が有りませんよ」
「……複雑な事情があるのなら済まないことを聞いてしまったな。今の質問は忘れてくれ」
「いえ、それほど複雑な話でも有りませんし、気にしないでください」
プリッシラさんの表情から先ほどのにこやかな笑みが消え、少々申し訳無さそうな色を見せる。
あの返答ならそちら方面に勘違いしても仕方がないか、余計な気を使わせてしまったようだ。
近いうちに色々話すことになるかもしれないからその時にはきちんと説明をすることにしよう。
アリスに朝食の準備を頼んだ後、プリッシラさんをゲストルームに招き入れた。
朝から客が来ることは久しぶりなので少々慣れないが、なるべくいつもと変わらぬ対応をするように少しだけ気をつかう。
食事が運ばれてくるまでの間に改めて先日の謝罪をすることにした。
「改めて先日は申し訳ありませんでした。一度寝ると中々起きれない体質になってしまいまして、よく周りに迷惑をかけてしまうんですよ」
「先程も言ったが私は気にしていないよ。そんなに謝られてしまうと逆に恐縮してしまう」
そう言いながらもプリッシラさんの態度はいつもと変わり無い。プリッシラが恐縮するような場面があるなら是非とも見てみたいものだ。
「……何か言いたそうだな」
「イエ、ナンデモアリマセンヨ」
プリッシラさんがこちらを睨んでくる。心が読まれたのだろうか?
するとプリッシラさんは軽くため息をつくと、もとの表情に戻った。
「私も君の枕元で大きな音をたててみたりしたのだが、まったく反応が無かったので諦めたんだよ」
「よくアリスに怒られませんでしたね」
「いや、怒られたぞ」
……他人の家でそんなことをしていたのか。それに平然な顔をして怒られたと言われても、全然気にしてないのがまるわかりじゃないか。
まあ、気にしたら負けな気がする。
「あ、そうそう。今日は先日のお詫びに贈り物を用意させてもらいました。なかなかに面白いものなので、きっと気に入ってもらえると思いますよ」
「ほう、それは期待しても良いのかな? 君にとって面白いものというのも興味深いな。今から見せてもらえるのかな? っと、いい匂いがしてきたな」
不意に部屋のドアがノックされ、アリスが食事をカートに乗せて部屋に入ってきた。
部屋の中を美味しそうな匂いが満たしていく。
「お腹も空いていますし、ひとまず食事にしましょうか」
――食事を終え一息つくと、プリッシラさんは前のめりになりこちらを見つめてくる。
「それで? 面白い贈り物というのはどういうものなのだ?」
「興味を持ってもらえたようですね。贈り物はこれです」
そう言って椅子から立ち上がり、部屋の片隅にあるストレージから一つの小さな魔道具を取り出す。
「……それは? 随分と小さいな」
「これはエフェクターといって、音に対して作用して様々な変化を起こすことができる魔道具です」
「ん、すまない。音を変えて何か良いことがあるのか? 言っていることがいまいちわからないのだが」
プリッシラさんは音を変化させるという行為が引き起こす効果をいまいち理解できないようだ。
「まあ百聞は一見にしかず。ひとまず使ってみましょうか。アリス、そこで大きな声を出してみて」
「かしこまりました。それでは――」
アリスが息を吸い込み大きな声を出すのに合わせて魔道具を起動する。
すると、アリスは大声で何かを言っているにも関わらず、僕達には何も音が聞こえなかった。
アリスも不思議な状況に驚き、その場で首をかしげている。
「これは……、一体何が起こっているんだ?」
「プリッシラさん、あちらの部屋の端に立ってもらえますか?」
プリッシラさんは、不思議そうな顔をしながらも僕の指示にしたがって部屋の端に移動を始めた。
「部屋の端に何が……っなんだこれは!?」
そして部屋の端に到達するとともに驚きの表情で声を上げる。
今、プリッシラさんの耳にはアリスの声が聞こえているはずだ。
「アリスの声が聞こえましたか? アリス、ありがとう。やめていいよ」
口パクで返事をするアリス。現在のエフェクトをやめるとアリスの声が僕にも聞こえ始める。
「私も驚きました。これは不思議ですね」
「確かに不思議だ。しかしこれは何に使えば良いのだろうか?」
「僕が予想する魔曲の問題点は、音が聞こえる者全てに影響を与えてしまうことだと思います」
「……確かに。味方を鼓舞するつもりで魔曲を奏でたとしても、結局あたり一面敵も含めて鼓舞してしまう。そうか、これを使えば味方に限定して効果を期待することができるわけだな。いや、普段の演奏にも利用できる」
プリッシラさんは興奮を抑えきれない様子だ。
「そうです。他にも音を大きくして、より広範囲に演奏を届けることが出来ます。広場で演奏する際には大活躍だと思います。つまりこの魔道具は使い手の使い方次第でその使用方法は多岐にわたるということです」
「これは素晴らしいな。しかし、こんなに高価そうなものをいただいて良いのか? いったいいくらするのか想像もつかないぞ」
「素材はそれなりですが、それほど高価というわけではないので気にしないでください」
すると、プリッシラさんは再び驚きの声を上げる。
「これほどの魔道具が高価ではない!? いや、そもそもこれは魔道具なのか?」
「間違いなく魔道具ですよ。ただし古典魔道具ではなく近代魔道具ですけどね」
「……これが近代魔道具というものなのか。いや待て、しかし現在ギルドから公開されている近代錬金術のレシピにはこの様な高度な物は無かったぞ」
「それはそうですよ、これは僕のオリジナル魔道具ですから」
プリッシラさんは一度目を見開くと、顔を右手で覆い下を向いて身体をわなわなと震わせた。
「はは、ははは。実に興味深い! 君はやはり面白い! 次から次へと不思議なことばかりだ。君に目をつけた私を褒めてやりたいくらいだ」
……これは予定以上に盛り上げてしまったかもしれない。この後暫くの間、エフェクターに関する質問攻めにあってしまったのは致し方無い事か。




