異界のガーディアン
タイトルを変えました。
ボス→ガーディアン
「でけえな……」
ジークが小さな声でつぶやく。確かに大きいな。
僕たちの視線の先で、巨大なアウルベアがこちらを見据えて威圧している。
あいつがガーディアンかな……。ということはあいつを倒せば森の異界を攻略出来たことになるのだろうか?
いや、そんなはずはないか。何しろ森の異界に入ってからまだ二日目だ。マリナさんは《数日掛けて》と言っていた。
今日の午後くらいから他の探索者を見なくなっていたので、どうも僕らが通ってきた道がたまたま一番先行しているようだが、流石にこれで終わりというのは早過ぎる。
そうなると複数階層というのが正しいのだろう……。あれは第一層のガーディアンといったところか。
モノクル越しに見える名前は《レイジングアウルベア》となっている。荒れ狂う……か、今のところ殺気を放っている以外は大人しいものだけど、警戒は必要かな……。
――しばらく様子を窺っていたが、自分からこちらに来るつもりは無さそうだ。睨んでいるだけで向こうからこちらに向かってくる様子は一切ない。と言うより、全くその場を動きもしない。
もしかしたらこの広場に入らない限りは襲ってこないのだろうか?おもむろに地面に落ちている石を拾い上げ、レイジングアウルベアに向かって全力で投げてみる。
「お、おいバーナード何やってんだ!」
身体能力が異常に上がっているせいか、投げ込んだ石が物凄い勢いでレイジングアウルベアに向かって飛んで行きぶつかる……と思ったら石は当たらずにすり抜けて、すごい音を立てて森の木をへし折りながら暗闇に消えていった。
え、すり抜けた?
「何だありゃ? ってか、バーナードてめぇ何やってんだよ!」
「あ、いや。いつまでたってもこっちに来ないし、もしかしたら遠くから石投げたら倒せるんじゃないかと思って……」
「まあ、あの勢いの石が当たればタダじゃあ済まねえとは思うけどよ。一体何者なんだてめぇは……本当に人間か? 実は獣人だったりするのか?」
亜神だから確かに人間では無い。もちろん言えないけど。
それにしても、この事象は一体なんだろうか?もしかしたらガーディアンの領域は異界の中でも更に位相がずれているのかもしれない。
向こうからはこっちに来ないし、こちらからも攻撃は当たらない。多分広場に入らないと位相が合わないのだろう。
そうなればやることは一つ。
「よし、辺りも暗くなったことだし、今日はここで野営しよう」
「はあ、何言ってんだ!? そこにガーディアンがいるんだぞ!」
「かしこまりました」
僕の提案に『何バカなこと言ってんだお前?』的な目を向けてくる奴が若干一名。まあ、考えなしで言ってるわけじゃないから落ち着いてくれ。
一方アリスはジークとは対照的に僕の提案に快く応じてくれた。こっちはこっちであまり何も考えてない気がするな。
「ジーク落ち着いて。辺りが結構暗くなってきただろ? 夜のアウルベアは昼間よりも凶暴になるし、あの羽根を飛ばされたら結構厄介だ。可能なら暗い間は戦わないほうが良い」
「そ、そうなのか。確かに無理をする必要はねぇからな」
理由がわかるとジークは落ち着きを取り戻し、レイジングアウルベアを睨みつけ口を開いた。
「明日にはぶっ殺してやるから待ってやがれ」
今日の食事もアリスに任せることにして、テントの設営と少し用事を行うことにする。
テントの設営ついでに結界を動かしてから、昨日と今日の素材をテントの床に並べる。
ひとまずアリスの防具をアウルベアの羽とスパイダーシルクで強化しよう。
アイテムポーチから錬成道具を取り出し、アリスの防具の強化錬成にとりかかる。
まずは定番の錬成粉を大きめの容器に入れた水に溶かし、革鎧と素材を漬け込んでいく。
今回は革鎧を構成している要素に素材の特性を混ぜてやることで、簡易的な軽量化と強度向上を行う。
この強化錬金は錬成水につけながら行うので割りと早く完了するのがメリット。デメリットは元の素材の特性を完全に利用できないという点。
今回みたいな旅の途中で簡易的ではあるが強化できるし、短期的には元の素材には特性で劣るものの、長い目で見れば様々な特性を混ぜていくことで、さらなる強化を見込める。もちろん難易度はどんどん上がっていくが、そこは錬金術師としての腕の見せどころなので、僕は好んで使っている。
――強化錬金は一段落ついたので、別の作業に入る。この残った素材で何か作れるものはあるだろうか?
明日にはレイジングアウルベアと戦うのだから、何かアイテムを用意しておきたいところだ。
――うーん。あ、そうだあれを作っておこう。
しばらくちょっと思いついたことがあったので、素材を手に取り鑑定した後、セントラルにレシピを確認し、調合・錬成を行っていく。
錬成が一段落ついて食事の時間になったわけだが、ガーディアンに睨まれながらの食事というのは中々シュールな光景だ。
「どうにも居心地がわりぃな。食欲が余り沸かねぇぜ」
ジークも僕と同じ意見なのだろう。ただ文句を言ってはいるが、昨日より多く食べているので説得力はまるでない。突っ込みたいところだが、どうせアリスの食事が美味しいからだとか言いそうで鬱陶しいので無視することにした。
「あれ、俺達がトップじゃ無いみたいだな」
食事が一段落ついて休憩していると、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
随分ガヤガヤしてうるさかったので声のするほうを見ると、二十人の探索者がこちらに向かってきているところだった。
この暗くなってきた中を探索してたのか、てか二十人はパーティとしては多すぎないか?
「一応僕らが来てからは貴方達が最初ですよ。すごい人数ですね」
立ち上がりパーティの代表らしき人物に話しかける。
「ははは、数は正義だよ。たとえ異界の魔物といえども大勢で取り囲んでしまえば恐れるに値しないからね。現にここに来るまでも大して苦労しなかったよ。でも俺達よりも到着が早いってことは、よほどいい道を通ったんだね。ところで、君たちはあのガーディアンとは戦わないのかい?」
うーん、まあ確かに数の暴力は一理ある。これも一つの作戦だろう。
「ああ、どうも広場に入らない限りは、こちらには来ないみたいなので、夜の戦闘は避けて明日の朝に改めて戦うことにしたんですよ」
「では俺達が先に今から挑戦させてもらっても良いかな?」
一応戦わない理由を話したのだが、意外なことに帰ってきた答えは違っていた。この暗い中で戦うのか……。止めはしないけど、大丈夫かな……。
「はい、別に構いませんが……今からですか?」
僕の返事を聞くと、彼らは満足そうに頷きガーディアンとの戦闘準備に入ったが、人数が多いので体制の確認だけでも一苦労しているようだ。
準備が終わると彼らは気合を入れ、一人また一人と広場に入っていく。
彼ら全員が広場に入り終えて近づいていくと、レイジングアウルベアに異変が起こり始めた。
「グ、グルルルル! グガアァァァァァ!」
レイジングベアが数回身体を震わせると、少しずつ身体が大きく禍々しく変化していく。
――身体の変化が終わった時には、その名前が《レイジングアウルベア+20》に変わっていた。もしかして広場に入った人数分強化されるのか?
「ひっ、なんだこの化け物は!? こんな話聞いてないぞ」
レイジングアウルベアの前にいる彼ら全員が目の前にある異常を目の当たりにし、恐慌状態になっていた。逃げ始めるもの、腰を抜かして動けなくなるもの、勇気を振り絞り戦おうとするもの。
「みんな落ち着け、敵は一匹だ! 正面に立つな、回りこんで囲め!」
先ほどのパーティリーダーが全員に指示を出し始めるが、とてもじゃないが連携がとれているとは言い辛い状態だ。これは不味い状況だな。
レイジングアウルベアが取り囲もうとする探索者達に、ゆっくり振り向きながらその巨大な腕を振り回した。
パーティの壁役らしき男が腰を低く構え、その一撃を手に持った盾で受け止めようとする。
――しかし一撃が盾に当たり、聞こえてきた音はひどく残酷な音だった。鈍い音と共に、一瞬たりとも踏ん張る事が出来ずに宙を舞う男。そしてその音がそのままパーティ崩壊の起点となる。
「う、うわぁぁ! た、助けてくれ! ゲフッ」
「ぎゃあ!」
一人、また一人と一撃毎に立っている人数が減っていく……。
「お、おい。何やってんだ助けねぇと!」
「あ、ジーク待って!」
ジークは剣を手に取ると、制止を振り切り広場に向かって走りだした。……突発的にとはいえ、ジークが見ず知らずの人間の為にこんな行動を取るとは思わなかった。くそっ!
ジークが広場に入るとガーディアンの姿がさらに大きくなるが、入れ替わるように数人が広場から逃げ出せたので、その分小さくなってくれた。……とは言ってもジークには少々荷が重いかもしれない。
少々短絡的なところがあるが、ああいう若者をこのまま死なせるのは惜しい。……仕方がない、か。
「ジーク! 一人で突っ込まないで! まずは人を減らす。アリス、回収した怪我人の応急治療をしてくれ」
アリスに指示を出してから広場の中に駆け入る。自分で逃げられる人たちは問題ないが、すでに襲われて倒れている探索者はガーディアンの近くにいるため、いつ殺されてもおかしくはない。
幸いジークがガーディアンの攻撃を避けながら気を引いているので、倒れている人たちに意識は向いていなさそうだ。とはいえ、ジーク一人は危険すぎる。
「ジーク交代して! こいつは僕が足止めするから、動けない人たちを回収して!」
ジークに声をかけ、ガーディアンの攻撃を受け流しながら間に割り込んだ。ガーディアンの攻撃は強化されているとは言え単調なので、受けるのではなく受け流すことに集中すれば、さほど難しくはない。これくらいならセントラルの支援も必要なさそうだ。
それにしてもレイジングアウルベアとはよく言ったものだ。この荒れ狂うような怒涛の攻めはその名に恥じない攻撃だ。
――僕らが割り込んでから数分後、ジーク達が怪我人の回収を完了させたことで、ガーディアンの身体はかなり小さくなっていた。
今広場にいるのは僕とジークだけなので、モノクル越しには《レイジングアウルベア+2》となっている。
「一回出直すから、気をつけて後ろに下がって」
「このまま倒さねぇのか?」
「今広場にはアリスが入っていないし、怪我人の状況が気になる。まずは一回退こう」
アリスの名前を出したおかげかジークはすんなりと後ろに下がってくれた。
それじゃあ僕も撤退するかな。アイテムポーチからアイテムを取り出しガーディアンの足元に投げつける。すると地面で弾け煙が目の前を覆う。
煙で前が見えないガーディアンを尻目に撤退を始める。
「グルァァァァ!」
ガーディアンが唸り声を上げたので、ふと嫌な予感がし身体を捻り避けると、耳元を鋭い羽が通り過ぎる。うお、危な!
月詠を回しながら羽を弾きながら後ろに下がり広場を出ると、ガーディアンが小さくおとなしくなり、元の位置に戻った。
「明日までお預けだ」
広場から出ると、怪我人の応急治療はほぼ終了していた。幸い死者は出なかったようだが、それにしても最初にふっとばされた人よく生きてたな。
容態の酷いものもいたのでアイテムポーチから人数分のポーションと取り出し、皆に配ることにした。アイテムポーチは僕しか持っていないので必然的にポーションを取り出せるのは僕だけになっている。
今後のことを考えると、アリスにもアイテムポーチを作ってあげるべきだろう。可能ならアイテムポーチ内の共有化も試してみたいところだ。
「え、なんだ? 凄い……すぐに効果が現れたぞ!」
受け取ったポーションを飲んだ男が驚いた声を上げる。ああ、そうか古典錬金術製のポーションと違って効果がすぐに現れたので驚いたらしい。とは言え、ポーションのお陰で怪我は治ったものの心の傷は癒えてはいないようだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、すまなかった。まさかこんな事になるなんて夢にも思っていなかったよ。君たちがいなければ俺達はあそこで殺されていただろう」
「礼ならあっちのジークに言ってください。そうですね、あれは僕も予想外でした」
先ほどまでの体験からわかることだが、どうも異界は人数に応じて二種類の変化が起こるようだ。
一つはここまでの道中で起こった変化、人数に応じて異界内の魔物の数が増加すること。そしてもう一つが先ほど起こった変化、ガーディアンの強化だ。
単純にパーティメンバーを増やしたとしても、ガーディアンは倒せないということなのだろう。
道中はともかく、ガーディアンを討伐するなら少数精鋭が必要だ。だがそれにしても探索者になるには思ったよりもハードルが高そうだ。
「今日のところは休んでください。見張り等はこちらで行いますから」
「……重ね重ねすまない。それにしても先ほどのポーションはかなり高価なものだろう? 俺達なんかに使ってしまって良かったのか? とてもじゃないが俺達では払えないぞ」
彼らに使ったポーションは僕がこの森の異界で採取した素材で作った近代錬金術製ものだ。わりと作りやすいのでそれほど貴重ではないのだが、近代錬金術を知らない彼らは貴重な発掘品か何かだと思っているのだろう。
「今は生き延びたことを喜びましょう。次にガーディアンに挑戦するときは流石に助けることはできないと思いますので、くれぐれも気をつけてください」
「……明日になって落ち着いてからじゃないと何とも言えないが、恐らく今日の一件でリタイアする奴も出てくるだろう。俺は挑戦するつもりだが、それにしても一回引いて態勢を整えて作戦を練り直さないといけない」
確かにあんな体験をした後では仕方のない事かもしれない。とは言えあまりここに長居されても困るのでこちらとしては都合がいい。明日の挑戦は彼らを送り出してからにしよう。
「それでは僕たちは明日の話があるので失礼しますね」
その場を離れ、僕達三人で明日の挑戦について話し合い、明日は挑戦中に他の探索者が同時にガーディアンの領域に入らないように警戒することを決めた。戦っている最中にガーディアンが強化されたら面倒だからね。
あとは戦い方に関しては基本的にガーディアンの一撃を直接受けない事を徹底する事にした。+3強化程度なら受けきることも可能だとは思うが、ここで探索が終わるわけではないので武器や防具の損耗は避けたほうがいいだろう。
僕はともかくアリスやジークの装備品は耐久性もさほど高く無さそうだし。可能な限り避けるか受け流すかのどちらかにするべきだろう。
さあ、明日は朝からガーディアン狩りだ。
朝から戦えるといいですね。
最初は二十人が全員死ぬ方向で書いていたのですが、バーナードが探索者ギルドのことを嫌いになってしまいそうだったので、全員生き残る方向に変えてしまいました。