まさかの冤罪
……セオドールに関する歌か。
僕は旅や研究の日々だったので、巷で流行っている歌を聞いたことはほとんど無い。
しかしながら確かに彼が成し遂げた数々の偉業を考えれば多くの歌が歌われているのは当然のことだと言えるだろう。
そう思い周りを見渡してみたが、……知っている人はいない、か。
少なくともこの場においては、皆一様に首をかしげていた。
それにしてはプリッシラさんは平然としているな。
「その割には、ここにいる皆が知らないみたいですね」
「錬金狩りがあまりに長かったのだよ。少なくとも錬金術師に関する歌を聞きたいと思う人がいなくなるくらいはね」
「……そうですか」
「聞く方の需要が無い以上はどうしようもないさ。そしてそうしている間に一人また一人と、歌を知る人間が減っていった。今では知らない吟遊詩人のほうが多いくらいだろう」
プリッシラさんは、どこか遠くを見ているかのような目で寂しそうにしていた。
少なくとも五十年に渡り、執拗に迫害の対象となっていた錬金術師の事を歌ったところで、それを聞きたいものなど当時にはいなかったということなのだろう。
いや、もし存在していたとしても、とても主張できる状況ではないか。
……そう、当時は。
「しかし、この異界都市では錬金術どころか失われた近代錬金術まで復活しています」
僕の考えを察したのか、シェリルさんがプリッシラさんにそう告げた。
するとつい先ほどとは打って変わって、プリッシラさんは若干興奮気味に立ち上がった。
「そうなんだ! 私はこの異界都市アミルトを野蛮な場所だと、そう見くびっていたよ。錬金術師の歌が再び陽の目を浴びるにはここは絶好の場所だよ!」
「ぷ、プリッシラさん、ちょっと落ち着いてください。話が決闘の後処理から離れてしまっていますよ」
「む、すまない」
話を逸らした張本人としては心苦しくもあるし、雄弁に語ってくれるのはそれはそれで興味深いのだが、今はフィリップの件を片付けなければいけない。
「シェリルさん、話を戻しますがフィリップ副司祭の資産の件はどのように受け取りをすればいいんですか?」
「ん、ああ、そういえばその話がまだ終わって無かったわね」
シェリルさんも何をどこまで話したか飛んでしまっていたようだ。
まあ、話が色々な方向に飛びまくったから仕方がない。僕も忘れかけていたからね。
するとシェリルさんは資産一覧を記した書類を取り出すと、ひらひらとさせながら見せている。
また後できちんと確認するとして、ちらっと見えた内容は少な……くない気がするぞ。
「これが資産一覧なんだけど、それにバーナード君の署名をしてもらえれば、帰る頃には引き継ぎが完了するわ」
ぱっと見たところ、金銭だけで考えてもその辺の探索者なら生活を一年くらいは維持できるだけの蓄えがあるように見える。
……これをほとんど残っていないと言ってのけるってことは、この都市内の魔術師達はそれこそ貴族クラスの財産を所有していることになってしまうのではないだろうか。
そういえば最近は気にしなくなってきていたが、シェリルさんの屋敷に向かう途中に見た魔術師の居住区は、驚くほどに豪華だったことを思い出した。
「バーナード君、どうしたの?」
「あ、いえ、気にしないでください」
シェリルさんは僕の方を見ながら不思議そうにしている。……この人の金銭感覚もズレ気味だったか。
一般の居住区に豪華な馬車で乗り付ける人の金銭感覚に期待しちゃダメだな。
先ほどシェリルさんに手渡された書類にサインをして、僕の手続きも完了したことになる。
フィリップに関しては僕の提案がそのまま通る形になり、シェリルさんの下で近代錬金術を学んでもらうこととなった。
すでにフィリップもやる気ゲージが上限を振り切っているようで、居ても立ってもいられないという空気を醸し出している。
「フィリップ副司祭、近代錬金術講師は僕の従者であるシャーロットが主に行うことになると思います」
「な!? バーナード殿が教えてくださるのでは無いのか!?」
「え、ええ。僕も多忙な身なのでやらなければならないことが多いんですよ」
どうもフィリップは僕が直接教えるものだと思っていたようだ。あからさまに落ち込んでしまった。……僕は探索者だよ?
日々横道に逸れてはいるが、自分のため、そしてアリスのためにもなるべく早く塔の上に帰らなければいけないのだ。
「そ、そう落ち込まないでください。シャーロットも十分に近代錬金術をお教えすることは出来ますから。基礎から始めるには僕から教わるよりもお勧めできます」
「そ、そうか、それなら安心だ。既に教わりたいことは山程あるから楽しみで仕方がない」
「彼女は自分のペースを持っていますから、くれぐれも節度を持って対応をおねがいしますね」
錬金術の指導支援をしてもらっているシャーロットを質問攻めで追い立てるフィリップの姿が今から目に浮かぶようだ。
シャーロットには今よりも多くの負担を掛けてしまいそうだから、僕も以前よりも多くサポートをしてあげたほうが良いかもしれないな。
ひとまずはフィリップの節度に期待するとして、次は――
「ようやく私の番だな」
僕の視線を受けてプリッシラさんは意気揚々と立ち上がった。
先ほどは話の途中で切ってしまったから、こちらはこちらで自分の出番を今か今かと待ちわびていたのだろう。
そのままシェリルさんの方へ向き直り、少しだけ緊張した面持ちでシェリルさんを見据える。
「シェリル様、改めて申し上げる。この異界都市で私が錬金術師の物語を歌っても宜しいだろうか?」
「……そうね政治批判になりそうな物でなければ、私としては構わないわ。どちらかというと私もどんな物語があるのか興味があるしね」
シェリルさんの許可がすんなりと取れたことに驚きながらも、先程まで身体に入っていた力が抜けたのだろう。その評定に安堵の色が見て取れる。
「ちなみに錬金術師の歌はセオドール・アリストラに関するものだけなのかしら?」
「セオドール以外で、か」
プリッシラさんは安堵もつかの間、思いもよらなかった内容を質問されたようで、記憶をひっくり返して考えはじめたあ。
……シェリルさんの質問は、僕に関する歌があるのか? という意図での質問だろう。
「そうだな、セオドール・アリストラに関する歌は多くあるが、確かに他の錬金術師の歌も存在はしている」
誰とは知れず生唾を飲み込む音が静かに部屋に響く。
「その中でも私が一番気に入っているのは、セオドールの親友バーナード・エインズワースが抱いた、セオドールへの禁断の愛を歌ったものだな」
「よし、ちょっと待とうか」
当たり前だが、僕もセオドールもそんな趣味は一切持ちあわせてはいない。
しかしプリッシラさんの爆弾発言投下により、シェリルさんとグレゴワールの顔がすごい勢いでこちらに向いた。
今なお二人の視線が鋭利な刃物のように僕に突き刺さり続けている。
急に話の腰を折られた事でプリッシラさんの機嫌が少しだけ悪くなったようで、訝しげな表情でこちらを睨んできた。
「どうかしたのか?」
「どうもこうもあまりに突拍子もない話だったので思わず止めてしまいました」
「そうだろう? 確かに私も突拍子も無い話だと思ってはいたのだが、ある二つの事実が私をそう思わせるのだよ」
そう言ってプリッシラさんは指を二本立てて片目をつぶる。
「二つの事実、ですか?」
「ああ、まず一つ目はセオドールには妻子もいたが、彼の親友であるバーナードは一生を独身で貫き通したんだ」
当時は遥か先を行くセオドールに勝つために、錬金術の研究に全てを捧げていたからな。
「そしてセオドールの処刑とともにその姿を消した。……私はこのバーナードの行動がセオドールへの愛を思わずにはいられないのだよ」
エリクサー飲んで百年程寝てしまっていたからな。
いや、マジで勘弁して下さい。
今年は多分この投稿で最後になります。
皆様良いお年を。




