新たな可能性
資産はほとんど残っていない、か。
フィリップの方に目を向けると心なしかバツの悪そうな顔をしている。
彼自身、今回の決闘ではもちろん負けるつもりは無かったのだから、資産の暴露が地味に心をえぐっているのかもしれない。
「決闘までさせられて、その結果大して得るものは無かった。さすがにがっかりしたかしら?」
「いえ、僕としては勉強になることもありましたから。それに現状は生活に困っているわけではないのでそれほど問題とは思っていません」
シェリルさんの様子を見る限りでは、割りと容赦なく資産の調査や没収を執行するつもりだったのだろう。
逆に少し悔しそうにしているように見える。
まあ、フィリップはあれだけの古典魔道具を一人で作り上げたわけだから、確かに資産が目減りしていたとしても何もおかしくはない。
魔術師であり副司祭でもある立場の人間の資産に興味はあったのだが、正直なところ期待はずれと言わざるをえないのはご愛嬌だ。
それにしても、フィリップは今夜からどうやって生活していくのだろうか?
元々少なかったとはいえ、それがいきなり無くなるわけだから困らないはずがない。
まあ、自業自得なのでそれほど同情する必要もないし、グレゴワールの反応を見る限りでは、今後に関しては教会関係者がどうとでもしてくれそうな気はする。
ただ、この決闘を切っ掛けに彼に何かあっては寝覚めが悪いのも事実だ。
一応僕の方からもアクションは起こしておくべきだろう。フィリップのためというよりは、僕の自己満足とシェリルさんの計画への協力のために。
実際のところフィリップに関しては、少なくとも決闘時に判明した古典錬金術の応用方法に限定して言えば、他に類を見ないレベルの知識を有していると言っても間違いではない。
この人材は逃すべきではないだろう。
「シェリルさん、僕から一つお願いがあるんですがよろしいでしょうか?」
「ダメよ、この権利は決闘の勝利者であるバーナード君は受け取らなければならないわ」
「え、フィリップ副司祭の資産はありがたくいただきますよ?」
「え、別の話?」
「……別の話ですね」
僕の受け答えにシェリルさんは少し拍子抜けしたように返事を返してきた。
もしかして僕は受け取らないかも知れないとでも思っていたのだろうか?
記録にまで残す決まりがあるような決闘なのだから、当然その強制力は僕が想像している以上のものがあるのだろう。
「確かにフィリップ副司祭の資産をいただいてしまうのは正直なところ忍びないですが、決闘に勝った以上は権利は主張させていただきますよ」
「そ、そう? それなら良いのだけれど……。それじゃあ、バーナードくんからのお願いって何かしら? そうなると逆に怖いんだけど」
聞こえていますよ?
シェリルさんはこちらに警戒したような視線を向けながら心外な言葉を小声でつぶやいた。
いやいや、これまでだってそれほど無茶な要求はしてきた覚えはないぞ。
その辺りは断固として抗議したいところだが、まあ、今それを言ったところで効果があるわけでもない。
……今はそれよりも、お願いの本題に入らないとな。
「フィリップ副司祭の古典錬金術の知識は、僕の目から見ても中々興味深い物がありました。それに関してはシェリルさんを含め、この場の皆が同意してくれると思います」
「そうね、確かにあの魔道具は私も驚いたわ。でも、それがバーナードくんのお願いと何か関係があるのかしら?」
シェリルさんにしては理解が遅い気がする。
「僕の勝手な意見ですが、もしも可能であればシェリルさんの下でフィリップ副司祭に近代錬金術を学ばせてもらえないでしょうか」
フィリップから驚きの声が漏れる。
再び視線を向けると、目を見開き驚いた顔をして僕の目を直視してきた。
「それは私としては願ってもない事だ。バーナード殿との決闘であれだけの物を見ることが出来て、新たな目標も出来た。……しかし構わないのか? 近代錬金術を学んだことで私は再び慢心してしまうかもしれないぞ?」
「それをわかっていればきっと大丈夫ですよ。それにフィリップ副司祭、僕は錬金術への理解を持っている方には、率先してもっともっと多くの事を学んで欲しいのですよ」
「それは良いですな。我々としては何ら問題は有りません」
「そしてそれがグレゴワール司祭の知る神託に良い方向に進む、ということなんでしょうね」
話のどさくさに紛れてグレゴワールも賛成している。恐らくその辺りは間違いではないだろう。
「……神託、か。ますます面白くなってきたな」
神託という言葉が魅力的に感じたのだろう。ここに来てプリッシラさんが我慢できなさそうに声を発した。
その表情は新しい物を見つけた子供のように無邪気に嬉しそうだ。
そんな様子を見てシェリルさんも存在を思い出したようだ。
「そういえば、そちらの魔曲使いの方はグレゴワールの知り合いかしら?」
「いえ、彼女は我々の関係者ではありません」
そしてグレゴワールが否定したことにより、シェリルさんの動きが止まる。
ああ、協力関係にある教会関係者だと思って安心していたのか。
「……えっと、それじゃあバーナード君の知り合いかしら?」
「知り合いというか先日会ったばかりですね」
まあ僕もシェリルさんの前で普通に会話していたので勘違いしてもおかしくは無いか。
「そういえば名乗っていなかったな。私は吟遊詩人をやっているプリッシラだ。期せずして色々と聞いてしまったが政治的な事にはそれほど興味はない。どうか気にしないでくれ」
いや、気にはするだろう。
とはいえ、これだけ色々聞かれている時点で、何を言っても後の祭りだろうけど。
「この都市に来て良かったよ。今日は面白いものを見せてもらったし、魔術と錬金術との新しい可能性も示してくれた。これは私の魔曲とその想いは近い」
「そう言われてみれば、プリッシラさんの魔曲は中々興味深かったですよ。錬金術に応用できるかもしれないので、一度研究をさせてほしいくらいですよ」
「そういえばバーナード君、魔曲の最中に魔力をかき混ぜてたわね。あれで解けなかったのは驚いたわ」
シェリルさんも魔曲には興味を持ったようだ。フィリップといい、プリッシラさんといい、魔術にプラスアルファすることで、新しい物を生み出すという点では似ているのかもしれない。
やはりこれからの発展には魔術や錬金術の垣根を越えて、お互いに影響をし合える関係が大事になってくるのかもしれない。
「別に研究協力は構わない。魔術と錬金術それに魔曲、まだまだ新しいことは生まれそうだ」
「そういうことなら私も協力は惜しまない。いや、是非とも協力をさせていただきたい」
プリッシラさんとフィリップも前向きに話に乗ってくれそうだ。
「かの大罪人セオドール・アリストラが生み出した近代錬金術の新しい形、か。非常に興味深いな」
「え?」
プリッシラさんの口から、急にセオドールの名前が出てきたので、つい僕も変な声を出してしまった。
しかしプリッシラさんは少々心外そうな表情をしていた。
「なんだ、何か意外な事を言ったか?」
「あ、いえ。突然セオドールの名前が出てきたので、少々驚いてしまいました」
「大罪人セオドール・アリストラの名前は、我々吟遊詩人にとっても特別な意味を持つのだよ。正確には彼の事を記した歌、だがね」
「……五十年以上にも渡り迫害されたというのに、よく失われませんでしたね」
「確かに内容が内容なだけに大罪人セオドール・アリストラの歌は公にはあまり残されていない。だがね、我々吟遊詩人に取っては歌が失われることは死ぬよりも辛いことなのだよ」




