魔紋と鍵
シェリルさんが席に座った事で、先程までの気が抜けかかった空気が心なしか、再び引き締まった気がする。
そんな空気の中、皆の視線は僕に集まることとなる。
「それで、バーナード君が最後に何をしたのか教えてもらえるのかしら」
最初に口を開いたのはやはりシェリルさんだ。
当然聞かれるだろうとは思っていたので、話す準備はしている。……が、まず最初にやっておかなければならないことがある。
「まずその件をお話する前に、フィリップ副司祭には一連の言動を謝罪していただきたいです」
皆が僕の事を見ている為、フィリップの方へ視線を向けると自然と視線が交差する。
静かな部屋の中でフィリップが生唾を飲み込む音が際立つ。
「決闘に負けた際に謝罪はさせてもらったが申し訳ない、それでは足りていなかったようだ。改めて謝罪させてもらおう」
「いえ、錬金術への謝罪はあの時に受け取りました。しかしもう一点、この異界都市において聞き捨てならない言動がありました。……探索者達を侮辱した事への謝罪ですよ」
フィリップはあからさまに探索者を下に見るような発言を繰り返していた。
しかしながら、その探索者風情に完敗したわけなので、当然の事ながら件の発言の取り下げと謝罪をしてもらわなければならない。
「……確かに、あの発言は取り下げなければならないな。そして改めて謝罪をさせていただこう。申し訳なかった、君たち探索者の事を貶めるような発言をしてしまった」
フィリップは意外な程すんなりと間違えを認め、深々と頭を下げ謝罪を行った。
これまでの言動からすれば、開き直って食い下がられてもおかしくはないと思っていたのだが、そのようなことは起きなかったようだ。
そんな僕の表情から気取ったのだろう。フィリップは逆に感謝するような表情を浮かべた。
「君に完敗して冷静になれた、あの時は――」
フィリップは以前、魔術師としての自分に限界を感じ、その壁を乗り越えるために古典錬金術を学んだことがあったらしい。
その際に古典錬金術の無力さを理解したのだが、同時に可能性も感じることが出来たフィリップは、早々に古典錬金術を修め独自の研究を進めることにした。
その成果が自らの魔術をサポートするあの杖で、杖からつながっていた管の先には、巨大な魔道具になっていたのだそうだ。
自ら時間と資産を投じて突き詰めた魔道具の存在が彼の自信を裏付けており、当然神託の錬金術師は自分の事であると信じて疑っていなかった。
そんなある日、シェリルさんによる近代錬金術の復活が宣言され、グレゴワールは僕にマリナさんを託すことになる。
フィリップからしてみれば、突然現れた見知らぬ探索者に横から掠め取られたように感じてしまった事も仕方がないことなのかもしれない。
当然のことながら僕に対して敵対心を抱くことになり、そしてその敵対心はそのまま探索者批判へとつながってしまったというわけだ。
「……今となっては、その考えに至ってしまった事自体が恥ずべきことで、心から反省をしている」
フィリップは魔道具の消失とともに自信の根源も失ってしまったようだが、同時に先日とは違いまるで憑き物が落ちたような表情をしていた。
「今更何をと言われるかもしれないが、この決闘で君が私に見せた真の錬金術に新たな可能性を感じた。できることならば私にも、先ほどの話を聞かせていただけはしないだろうか?」
「謝罪をしていただければ、僕としては遺恨を残すつもりはありませんので安心してください。それに一概にフィリップ副司祭だけに責があるとは思っていません」
視線をグレゴワールに向ける。
恐らく予想していたのだろう。僕と目が合ったにもかかわらず表情をまったく変えもしない。
「グレゴワール司祭、貴方はこの決闘が起きることも、そしてその結果としてどちらが勝利するのかもご存知でしたね?」
皆が驚きの声を上げ、一斉にグレゴワールのもとに視線が集まる。
少しだけ間を置き、グレゴワールがその口を開く。
「流石はバーナード様ですね。……はい、ご想像の通り、この決闘が今日行われることは神託で知っておりました。もちろんフィリップに関しては当事者である為、この内容を伝えてはおりませんが」
やはりそうか。
決闘の日程があまりに急だったこと、そして終始グレゴワールが落ち着いていたことがどうにも腑に落ちなかったのだ。
それにしても、僕の目覚めの時といい今回といい、もしかして神託では僕の行動を特定しきれていないのではないだろうか?
……気にはなるが、今考えても仕方がないことか。またいずれ考えなければいけないかも知れないが、今は置いておくことにしよう。
フィリップの謝罪が済んだことで、話は再び元に戻る。
そろそろ説明を始めないとシェリルさんがしびれを切らしそうだ。なんだかピリピリしている。
「突然ですが、魔力には個人毎に特性の違いがある事をご存知ですか?」
「魔紋の事ね。魔紋は個人毎に異なり、一人として同じものは存在しない。魔術師なら全員が知っているわ」
……シェリルさんの口から聞き慣れない単語が出てきた。今は魔紋と呼ぶのか。
「空間魔術による収納は、その魔紋によって開かれる空間が決まります」
「それも知っているわ、それで?」
シェリルさんは先を急かすように合いの手を入れてくる。
「この場にはそれを知らない方もいますので、慌てないでください。そして僕達、錬金術師がアイテムポーチを作る際には、人間にはありえない魔紋を割当てる事で収納空間を作っています」
ここまで話してから、一度全員の顔を見る。
「あの場でフィリップ副司祭の魔紋の収納空間に繋がるアイテムポーチを作ったんですよ」
「それはありえないわ。先程までの内容には足りない要素があるでしょ。空間自体は作成者の魔紋により固定化されるけど、その扉は魔術師個人が作った鍵がなければ開くことは出来ないわ」
「普段ならそれは不可能ですね。……しかし今回に限って言えば可能だったんですよ。何せ空間が開いたままで魔紋も鍵も丸見えだったんですから」
再び部屋中に静寂が広がる。
そんな中でやはり魔術師の面々はその説明だけでは納得は出来ないようだ。
「……空間の入り口が開いたままだからといっても、魔紋と鍵は複雑に混ざりあっている。あの距離でただ目視しただけで、それを再現できるとはとても思えない」
今度はシェリルさんを差し置いて、フィリップが我慢できずに疑問を口にした。
確かにフィリップの言うように、人の目で見ただけではそんな芸当を実現するのは無理だろう。……そう、人の目では。
「僕はそれを行うことができる魔道具を持っているんですよ」
「……そのモノクルがそうだというのか?」
そう、人の目では無理でも僕にはセントラルがある。
長時間目の前で開きっぱなしになっている空間くらいなら、セントラルの力で解析が可能だ。
とは言え、セントラルに関しては全ての情報を公開するつもりはない。
「このモノクルも使用していますが、これだけでは無理ですね。まあ、親友と共同で作った最高傑作ですから、細かいところは秘密にしておきます」
「バーナード君を以って最高傑作と言わしめる魔道具、ね。正直どれほどの価値が有るか想像もつかないわね。……あとで私にだけ教えてくれたりとか?」
「多分秘密です」
「えー!?」
駄々をこねてもダメですよ、シェリルさん。
「私の魔術を見極めていたのもその魔道具を使ったということか、正直まったく想像もつかないが本当に大したものだ」
フィリップは純粋に関心をしているようだ。あ、そういえば――
「僕が決闘に勝利したということは、フィリップ副司祭の――」
「そうね、彼の財産はバーナード君の物になったわ。ただ、私も驚いたのだけれど、あの魔道具に資産の殆どが費やされていたから、ほとんど残っていなかったわ」
「……その杖もきっちり壊してしまいましたね」
お、おう。




