決闘を終え
フィリップは光を失った杖を手に呆然と立ち尽くしている。
それもそのはず、古典魔道具であの性能を実現できたというだけで、いったいどれだけの時間と資材そして労力が費やされたのだろうか。
本来古典魔道具ではあれほどの性能を叩き出すことなど、とても現実的ではないのだ。
しかしながら異界産の素材性能や、潤沢に手に入る魔石。そして魔術師にもたらされる資産を、古典錬金術に惜しみなく費やしてこその結果なのだろうから。
――だから壊してしまったことに関しては、怖くて謝ることができない。
まあ、一応こちらとしても決闘という環境下で命を狙われているわけだから、実質的に無力化する必要があった事は事実だからね。
立ち尽くすフィリップに近寄り、彼の喉元に月詠を添える。
「さて、これ以上は続けても勝敗は目に見えています。降参してはいただけませんか?」
フィリップは未だにショックから立ち直れていないようだ。呆然とした表情で空間のあった場所を眺めていたが、僕の声に反応し目だけをこちらに動かす。
そしてゆっくりと現状が理解できてきたのだろう、僕から降伏勧告があったことが心底意外そうな表情をしている。
「貴様はいったい何を言っているのだ?」
「……降伏勧告ですよ」
向こうからしてみれば死ねだの殺してやるだの言っていたわけで、もちろん実際に僕のことを殺す気でかかってきてはいた。
しかしながら、フィリップはマリナさんを保護しているクローツ教の副司祭という、今後重責を担う可能性のある立場だ。
先日の暗殺者のように勝手に自爆してしまったのならともかく、さすがに命を狙ってきた魔術師だからといって、殺してしまうつもりは元々無い。
それに古典とはいえ錬金術に対する知識は素晴らしい物があった。
この決闘が終わったら彼の資産はゼロになってしまうが、もし心を入れ替えてくれて、近代錬金術を正しく学べばきっと、錬金術の発展に大きく寄与してくれることだろう。
――少しの間、この場に静寂が広がる。
そして、フィリップはもう一度だけ空間のあった場所を見て、その目を閉じた。
「……悔しいが切り札を破壊された以上、私に勝利の目はないだろう」
「では降伏していただけますね?」
「ああ、降伏しよう。私の負けだ。そして錬金術を貶めるような増長していた発言も撤回させてもらう」
フィリップの降伏を受け、シェリルさんがこの決闘の決着を宣言した。
――そして決闘が終わり、皆が労いの言葉を掛けてくれながら、僕達のもとに集まってきた。
すでにプリッシラさんも魔曲の演奏を終え、周りの景色は元の森の異界へと戻っている。
「バーナード様、お疲れ様でした。どうぞ」
「ありがとうアリス」
決闘自体はそれほど疲れてはいなかったのだが、折角アリスが疲労回復用のポーションを用意していてくれたので、ありがたくいただくことにする。
一本飲み干すと、疲れが取れたことを実感するのは、少しとはいえ疲れていたということなのだろう。
ふとフィリップがこちらを見ていることに気付いたので、アリスにお願いをする。
「フィリップ副司祭も疲れているだろうから、彼にもあげてもらえないかな」
「……かしこまりました」
先程までの事があるからだろうか、アリスはフィリップに視線を向けると、少々嫌そうな顔をしながら返事をした。
フィリップはアリスから手渡されたポーションを飲み干すと、口から驚きの声を漏らしながら、その効果を体験している。
一段落し気持ちを落ち着けたのだろうか、改めて僕の方へ向き直り、真剣な眼差しでこちらを見ている。
「バーナード殿、あの時に私の魔道具を破壊した方法に関してなんだが、もし差支えなければお教えしていただくことは出来ないだろうか?」
不意にフィリップが僕に質問を投げかけてきた。先程までは貴様呼ばわりだったので、急に呼び方を変えられると少々むず痒い。
「話が長くなるといけないから、そろそろ場所を移動しましょうか。オルド!」
「はっ!」
シェリルさんの指示を受け、配下の者が少し離れた場所に設営されている天幕に走っていった。
僕が思っていたよりも、テントの数は多いみたいだ。
トライアルの時はすぐに探索に出ることになったので、この周辺の事には余り気を回していなかった。
もう一度来ることになるなんて夢にも思っていなかったしな。
ああ、そんなことより今は――。
「……話の続きは移動してからにしましょうか」
「もちろんそれで構わない」
「ああ、そういうことなら、できれば私にも教えてもらえないだろうか?」
フィリップが頷くと後ろからプリッシラさんが話に割り込んできた。
プリッシラさんも、先ほどの事が気になっているようだ。
それほど隠さなければいけないような話でもないので、話す分には何の問題もない。
それにここにいる皆は先ほどの決闘を実際に見ているので、移動して一息ついたら皆に話しても良いくらいだ。
「私は構いませんよ」
「そう言ってもらえると思ったよ」
プリッシラさんは僕の返事を聞いて、とても嬉しそうに笑みを浮かべながら、僕の肩を軽く叩いてくる。
……ふとシェリルさんからの視線を感じて顔を向けると、羨ましそうな顔をしながらこちらを見ている。
「シェリルさんも構いませんよ?」
少し経った頃に、恐らくこの場の責任者であろう男が施設から出てくると、僕達のもとに近づいてきた。
「皆様、お疲れでしょう。あちらに休憩所が設営されておりますので、どうぞこちらにお越しください」
責任者に促され、奥に用意された休憩所へと移動を始める。
突然領主が訪問する事になったわけだから、この責任者も相当に緊張をしていることだろう。
特にシェリルさんは怒らせると何をしでかすかわからないからな。
とはいっても、この対応を見ている限りではシェリルさんの行動を嫌がっているというような事は無さそうだ。
むしろ逆に気合が入っているようにも見える。
よくよく考えて見れば、自身の職場に領主が訪ねてくる事自体、本来はそうそうあり得ることではないのだから、自己アピールを行うには絶好の機会であるということなのだろう。
休憩所にはすぐに到着し、責任者がシェリルさんに向き直る。
「シェリル様はこの天幕でご休憩ください。決闘の手続きもできるように準備してあります。他の皆様はもう一つ向こうの天幕までお願いします」
そう言われてみれば領主が同じ場所で休憩するわけがないか。
そう思い、シェリルさんを見ると目を見開いてこちらを見ていた。
「すぐに手続きを終わらせるから、先ほどの話はそれからにしてもらっても良いかしら」
えっと、頼むから慌てて勝敗を逆にしないでくださいね?
僕達に用意された天幕をくぐると、思っていたよりも綺麗に保たれた椅子やテーブルが用意してあった。
そして全員が席に座ると、すぐさま全員分の飲み物も用意される。
それぞれに用意された飲み物が異なるところを見ると、各自の好みも把握しているということなのだろうか?
そう思い責任者の顔をよく見ると、目の周りにクマを作っていた。
……もしかして昨日から寝てなかったりするのかもしれない。
彼らにはアピールのチャンスと共に、迷惑の一端も提供してしまったわけだから、後で疲労回復のポーションを配っても罰は当たらないだろう。
そう思いアリスに視線を向けると、それだけで察してくれたようだ。
幸いシェリルさんはここにいないので、後と言わずに今から渡すことにしようか。
アリスが疲労回復のポーションをまとめて手渡すと、責任者の男にいたく感謝をされてしまった。
男が指示を与えると部下も嬉しそうに外に出て行く。
それからそれほど時間が経っていないのだが、シェリルさんが天幕に入ってきた。
決闘の手続きってそんなにすぐに終わるものなのだろうか?
そう思い責任者の男に視線を視線を向けると、彼も相当に驚いている。
ということは、かなり急いだということなのだろう。
……この人は近代錬金術に関しては本当に貪欲だな。




