フィリップとの決闘
決闘の開始と共にフィリップはその手に握った杖を構えると、魔術の詠唱を開始した。
とはいっても例のごとく詠唱隠蔽で行われているため、一見ではただ集中しているだけにしか見えない。
さすがにこれだけ何度も見せられれば驚きも失われるというものだ。
それよりもあの杖は何だろうか?
先ほどフィリップが空間魔術による収納から取り出したのだが、杖から伸びた細い管のようなものは未だに開いたままの空間に繋がっている。
魔術を放たれないように詠唱中を狙うという手も無いことはないが、フィリップとの距離は一足飛びで届く距離では無いため、それを実現するには少々難しいだろう。
それにプリッシラさんのお陰で周囲への影響を考えなくても良くなったので、無理に魔術を潰す必要はない。
とはいえ対魔術師戦において、相手の使う魔術がわからないというのは、致命的ではあるため錬金術師としては非常に戦いにくいことこの上ない。
集中して見ればフィリップのもとに魔力が集約していく事を感じられるが、それが何の魔術なのか人間の目でそれを判断することは難しいだろう。
僕はフィリップをモノクル越しに注視しながら、アイテムポーチから指輪を取り出して身に付ける。
「我が魔術を食らうと良い。死ね!」
フィリップがそう宣言すると、彼の杖の先端に大きな火球が生まれ、それがこちらに向けて勢い良く放たれた。
初手からいきなり殺しにかかってくるとは、容赦がないな。
確かに魔術の腕前に自身を持つだけはある。これだけの腕前があれば、もし探索者としてやっていくとしても十分にやっていけるだろうに。
実際のところ、これだけの大きさであれば直撃すれば、僕でもただでは済まないかもしれない。
僕は先ほど身につけた指輪をフィリップが放った火球に向ける。
高速に撃ちだされた火球は立ち尽くす僕に着弾すると、大きな爆発を――起こすこと無く、指輪にはめこまれた吸火の魔石が光を放ち、火球を瞬く間に吸収した。
「なん、だと!?」
「この指輪は火の魔力を吸収するんですよ。先ほどの威力であれば後十数回は吸収できると思いますが、試してみますか?」
「くそっ!? 運の良い奴め」
フィリップは必殺の威力を込めた火球が直撃したはずの僕が燃え上がらないことに驚きを隠せないようだ。
驚いてくれるのは非常に好ましい反応だが、これだけ詠唱隠蔽が普及している以上、さすがに僕がこの段階において何も用意していない訳がないだろう。
何故、僕が発動前の魔術に合わせた魔道具を準備することが出来たのか?
その答えは簡単なことで、モノクル越しにどの系統の魔術が放たれるのかが見えていたからだ。
――以前セントラルを作った際に、セオドールが提案していたある仕組みがある。
大量に入力した情報を深いレベルで分析学習し、その特徴を判別し分類する仕組み――ディープラーニングというらしい。
当時は判別しなければならないようなものも無かったので、特に採用するまでには至らなかったのだ。
しかしながら、今では魔術師が当たり前のように詠唱隠蔽をしているのを見て、この技術を使い集約する魔力を分析することで、魔術の分類を事前に行うことができるのではないかと思いたった。
理論自体は十分に理解していたので、実現にはそれほど時間は掛からず、つい先日実現することが出来たわけだ。
閑話休題、フィリップは驚きながらも次の魔術の詠唱は忘れていないようで、既に彼の周りには新たに魔力が収束されてきている。
その様を見ながら、再びアイテムポーチから別の指輪を取り出す。
「まぐれはそう何度も起きんぞ! 今度こそ死ね!」
すると、彼の足元から地面の土が隆起し始めて、棘のように突き出た土槍が僕に向けて撃ちだされた。
……が、先程と同様にフィリップの放った土槍は僕の指輪に吸収されることとなる。
その後も数回に渡り幾つかの魔術を放ってきたが、その全てが僕の指輪の数々に吸収された。
一応全て判別に成功したので実践でも十分に通用することが証明されたと言ってもいいだろう。
「……なるほど、どういうからくりかはわからんが、私の放つ魔術が貴様にはわかるようだ」
「これも貴方が全て理解したという錬金術の成果ですよ? それではそろそろこちらからもいかせてもらいますよ」
僕はアイテムポーチから月詠を取り出して、その切っ先をフィリップに向ける。
「くっ!? 近づかれると厄介だな。……それならば」
フィリップは短期決戦を諦めたのだろう。僕が走りだすのに対抗して後ろに後退しながら、加速魔術を展開した。
いくら加速したとはいえ、僕が駆ける速度のほうが速い為、さほど時間も掛からず距離を詰めることには成功した。
そして、振りかぶった月詠がフィリップの足を捉える。
「まずは動きを止めさせてもらいますよ!」
たが、その時には更に幾つかの防御魔術が展開されてしまっていた為に、その一撃は防御壁に阻まれてしまった。
そのまま数回切りつけたが、フィリップの防御壁から割れるような音が鳴り響くにだけだった。
「……おいおい」
いったい何重に重ねがけをしたのだろうか。
いや、いくらなんでも魔術の展開が速すぎないか?
僕の戸惑いを見て焦りかけていたフィリップに再び余裕の色が戻ってしまった。
フィリップは口元を緩めながら、再び攻撃に転じ幾つかの小さな火球を打ち出してきた。
さすがにこの距離では吸収することは難しいので、回避しながら防御壁の破壊を繰り返すことにする。
あれから何分が経過しただろうか。
先程からかなりの量の魔術を放っているにもかかわらず、フィリップはまったく魔力が尽きる様子が見えない。
……このままでは埒があかないな。
今のところは危なげなく回避することができているが、このまま長引けば僕がいくら亜神の身体能力を得ているからとはいえ、魔術を食らってしまうかもしれない。
そうなってしまう前に、なんとかこの防御壁を突破することはできないだろうか?
フィリップも少々イラつき始めているようだが、そう簡単にはミスをしてくれそうには無さそうだ。
そう思って彼が持つ杖に視線を向ける。
最初とは違い杖の先端が薄っすらと光りを放っている。
モノクル越しにも名称が見えない所を見ると、恐らくはフィリップが自分自身の為に作ったもので、命名すらしていないのだろうと推測される。
「セントラル、あの杖をスキャンしてくれ」
『かしこまりました。スキャンを開始します。対象物を視界から外さないでください』
僕はフィリップに聞こえないくらいの小声で、セントラルに指示を出す。
セントラルがスキャンしている間、視界から外れないように注意しながらフィリップの魔術を回避し続ける。
『――解析を完了しました』
魔術を避けながらモノクルに表示された情報に目を向ける。
僕が予想した通り、彼の杖はやはり古典魔道具だったが、その効果は驚くべき内容だった。
詠唱時間の短縮、魔力の代替、そのどちらも古典魔道具では効率が悪すぎて、実用レベルには達していないはずのものだ。
いったいどうやって、……ん?
ふと杖から伸びる管の存在を思い出した。
その管が伸びる先に目を向けると、杖を取り出した位置から変わらずに空間が開いたままになっていた。
……そういうことか。
この非効率な魔道具を実用たらしめている仕組みがようやくわかった。
恐らくあの空間内に大量の魔力を供給する大型の魔道具が収納されているのだろう。
隙を付き杖から伸びる管を斬りつけるが、なんと管にも防御壁が展開されていた。
そして空間の入り口にもやはり防御壁が展開されているようだ。
「気づかれることは想定済みだ」
フィリップは自信げにそう言い捨てた。
彼の想定も当然といえば当然だろう。
しかし、やはり予想は間違ってはいなさそうだ。
となれば、やることは簡単だ。
「セントラル、あの空間の入り口をスキャンしてくれ」
『かしこまりました。――解析を完了しました』
モノクルに表示される情報を読みながら、アイテムポーチから別のアイテムポーチと球のような魔道具を一つ取り出す。
そして取り出したアイテムポーチに理を書き込んでいく。
「……いったい何をしている?」
「色々驚かされましたが、一点だけ忠告しておきます。空間を開けっ放しにしていたらダメですよ」
取り出した魔道具を起動させて、理を書き込んだアイテムポーチに放り込み口を閉じる。
「これでおしまいです」
僕がそう言った直後、フィリップが開いた空間の内部で大爆発が起き、その衝撃で空間の入り口が破壊され彼の持つ杖は光を失った。




