再び森の異界へ
計画の事を口にしたとたん、シェリルさんは思考が切り替わってしまったのか、決闘の件ではなく計画の見直しに関して思案に入ってしまった。
何やらブツブツと言い始めてしまったが、それよりも今は本題に戻ってはもらえないだろうか?
「計画の事は少し考えないといけませんね、ご迷惑をお掛けして申し訳ないです。でもその話はひとまず置いておいて、そういえば決闘の日時をまだ聞いていませんが」
「あ、ごめんなさい。考え始めるとつい、ね。それで日程だったわね」
シェリルさんは何かを思い出したような顔をして、少し舌を出しながら何かをアピールしている。
「……どうしました? もしかして割りとすぐだったりします?」
「うん、そうね。少し、いや結構早いかな? 一般的に決闘は周りへの影響を考えて迅速に行われる事が多いのだけれど、今回は特に早いわ。ちょっと言いにくいのだけれど……」
シェリルさんは少し言いづらそうにして、僕とアリスを交互に見ている。
ああ、そういうことか。
恐らく慣例通りと思って、決闘の日時をきちんと確認せずに承認したのだろう。
あの契約の羊皮紙には記されていなかったので、それ以外の内容は別で添付されたとすると、そちらのチェックが疎かになる可能性も充分に考えられる。
特に早いというくらいだから半分とかかな、もう数日後には行われるのかもしれない。
シェリルさんも忙しい身だ。ミスをすることくらいはあるだろう。
こちらとしても迷惑を掛けている身なので、あまり気を使わせてもいけない。多少はフォローをしても罰は当たらないだろう。
「僕は普段から魔術師対策をしているので、早くても特段問題はありませんよ。何なら今日これからでも大丈夫なくらいですよ。なんちゃっ――」
「本当! 良かったぁ、私も今回ばかりはさすがに怒られるんじゃないかと思ってたんだけど……。よし、それじゃあ馬車は手配済みだからすぐに出るわよ」
「……て?」
「ん?」
「うん? 今、何とおっしゃりやがりましたか?」
「バーナード様、ジークの言葉遣いがうつっていますよ」
うん、やっぱり後で文句の一つでも言っておくことにしよう。
まさか本当に今日だとは思っていなかったが、普段から準備しているというのは嘘ではないので、問題は無いといえば無い。
シェリルさん曰く、決闘の時間まであまり時間が残されていないようなので、ひとまずは馬車に乗ることになった。
……もう豪華な馬車が乗り付けるのは慣れたのだろうか、周辺に住んでる人も驚くことは無くなってしまったようで、むしろ近所の子供達などは近くに寄って喜んで見ているくらいだ。
今回移動に利用する馬車は二台が用意されており、片方の馬車には僕とアリスだけが乗る事になった。
ブリジットは決闘見てもつまらないだろうし、万が一妙な影響が出たら困るので、大人しく家で留守番してもらうことにする。
一方シェリルさんはというと、逃げるようにもう一台の馬車に乗り込んでしまった。
現在の決闘という状況下における立場上、一緒に乗ることは難しいとかもっともな事を言っていたが、一番の理由は僕達に怒られるからだろう。
トライアルの時と同じようにしばらく馬車に揺られ、昼頃になってようやく森の異界に到着した。
……この門とまた潜ることになるとは、さすがにまったく想像もしていなかった。
深呼吸を一つ、気持ちを切り替えて門の先を見据える。
「それじゃあ行こうか」
僕はアリスとともに森の異界へと一歩を踏み出した。
――門を抜けるとそこは以前と変わらない風景が広がっていた。
変わっているのは、トライアルの挑戦者である探索者見習いがいないというくらいか。
視線の先では既にフィリップが待ちわびていた。先に到着していたようだ。
向こうはグレゴワール、マリナさん、そしてプリッシラさんが決闘の立会い人となるようだ。
「逃げずに来たのは褒めてやろう」
「契約の羊皮紙に記された以上は逃げられないんでしょう?」
僕がそう言うと、フィリップは嬉しそうに顔を歪め、その興奮を隠しきれていないようだ。
「グレゴワール様に私の力を示さねばならんのでな。逃げられるわけにはいかないのだよ」
相変わらず自身に満ちあふれているようだ。これまで挫折というものを味わったことが無いのだろうか?
ふとグレゴワールの方に視線を向けると、彼は少々申し訳無さそうにはしているものの、あくまで今日は立会いという立場を貫くようだ。
……もしかしてこれも神託通りだったりしないよな?
「双方共、無事に到着したようね」
僕達から少し遅れて、シェリルさんが異界の門を潜って入ってきた。
僕達の中間地点から少し離れた場所に立ち、僕とフィリップの両名を交互に見つめると、一つ頷き表情から感情を消した。
「それではこれからシェリル・アミルトの名の下、フィリップ・ハリウェルとバーナード・エインズワースの決闘を執り行う」
「この場所では皆が巻き込まれてしまう可能性がありませんか?」
僕の質問に対してシェリルさんは表情一つ変えることは無かった。
「私は自ら結界を張るので影響はありません。立会人は各自、自衛の術を講じるように」
……それはさすがに心配になってしまう。僕たちはともかく、グレゴワールやプリッシラさんは大丈夫なのだろうか?
少し心配なのでプリッシラさんに視線を向けると、プリッシラさんは得意気に一歩前に踏み出た。
「それなら私が相応しい舞台を用意しようじゃないか」
プリッシラさんはそう言い放つと、突然荷物からリュート取り出して演奏の準備を始めた。
「えっとプリッシラさん? 急にどうしたんですか?」
こんな時に突然楽器を構えたので、いったい何事かと、必然的に皆の視線がプリッシラさんに集中することとなる。
しかし、プリッシラさんは楽器の準備を終えた後、目をつぶり何やら集中をし始めてしまった。
――気のせいだろうか、プリッシラさんの周りに魔力が凝縮され始めたように感じられる。
そしてプリッシラさんは一息つくと、そのまぶたを開き一言つぶやいた。
「奏でよう。そして森に響き渡れ」
そのまま弦を弾き始めると。
テンポが速めの旋律が辺りに響きわたる。
これからの決闘を思わせるかのような、力強い音色は、辺りの雰囲気を一変させた。
先程まで森のなかにいたはずが、闘技場のような場所になり、決闘する僕達と立会人が分けられ配置された。
これは幻覚魔術の一種だろうか?
確かにこれなら周りへの影響を心配する必要は無さそうだ。
ただ、魔力撹拌の魔道具でキャンセルされてしまう可能性もある。
そう思い手元の魔道具を機動する。……が、しかし僕達を囲む景色は変化を見せなかった。
「これは、いったい?」
「魔曲だよ、初めて聞いたかい?」
……魔曲、か。少なくとも僕はその存在すら一度も聞いたことはない。
改めてモノクル越しに情報を確認したところ、今からおよそ四十年前に生み出されたらしい。
魔曲というくらいなので、音楽を使って行使された魔術ということなのだろうか。
しかし周辺の魔力を撹拌してもその効果が失われない所を見ると、ただの魔術とは特性が異なるということが予想される。
魔力を旋律に乗せることで、その効果を向上させ強固に安定をさせることに成功したということか。
「初めて知りました。プリッシラさんは魔術師だったんですね」
「確かに私も魔術師だが、別に魔術至上主義というわけでは無いよ。そして近代錬金術を目の敵にするような事も無い。どちらかと言えば様々な技術が共存共栄をしてほしいと願っているよ」
プリッシラさんは魔曲を演奏しながらも、僕から視線をそらすこと無く、その思いを宣言した。
……魔術師の中にシェリルさんやプリッシラさんのような考えの持ち主は、僕が思っている以上に多く存在しているということなのだろうか?
プリッシラさんは僕に向けていた視線をシェリルさんに向ける。
「お待たせした。これで決闘の余波はこちらに届くことは無い」
その言葉を聞いたシェリルさんは満足そうに頷くと、改めて決闘の開始を宣言をした。
「私の曲を聴けぇぇぇー!」と言わせそうになったのは秘密です。