セイレーンの歌声
書き終わってから気になるところが多かったので、書き直しに時間がかかってしまいました。>_<
明けて翌日、僕たちはとある店の前に来ていた。
その店は【セイレーンの歌声】という名前の店で、僕はまったく知らなかったのだがアリスやブリジット曰く、今最も人気の店なんだとか。
非常にテンションが高いブリジットに先導されるかたちで、特に迷うこと無くお店に到着することは出来た。
出来たのは良いんだが、これはちょっと……。
「……この店がブリジットの言っていた人気店かい?」
「そうだよ、今話題のお店【セイレーンの歌声】だよっ」
確かに店の看板にはセイレーンの歌声と書かれている。名前があっている以上は間違いではないのだろう。
が、当然気になるのはそこではない。
「本当に人気の店なの?」
「お兄ちゃんったら疑り深いなぁ、ここは異界都市の女性に人気のお店だよ? ここのシェフは王都でも指折りの料理人なんだってさ、だから――」
ブリジットの説明は途中から頭に入ってこなかった。シェフとか味とか以前に、この店には大きな違和感を抱いてしまう。
なんというか想定よりも遥かにファンシーなお店なのだ。
この過度に装飾された店構えは男なら確実に躊躇するであろうことは疑いようもないだろう。
一応覚悟さえしてしまえば店に入っていくことは十分に可能なのだが、予想される店内の居心地はすこぶる悪そうだ。
しかし今日に限ってはブリジットとの約束なので、諦めて入る以外に選択肢は無いだろう。
少しの間、心のなかで苦悩したがアリスとブリジットに促された為、覚悟を決めて店内に入ることにした。
半ば予想はしていたが、店の外と中ではまるで異界の入り口を通ったかのような変化があった。
店内の雰囲気は非常に華やかで可愛らしく、外の雑踏とは一線を画している。
店内の調度品も女性陣には非常に人気があるようだ。二人の様子を見る限りは何の問題もないのだろう。
「いらっしゃいませお客様、本日はご予約を頂いておりますでしょうか?」
さすがは人気店といったところだろうか、僕たちの入店を確認するなり、即座に店員が対応してくれている。
僕たちを見る顔も笑顔を絶やさない。
「あ、はい。お昼からの予約が入っていると思います」
「ありがとうございます。ご予約のお名前を頂いてもよろしいでしょうか」
そういえば誰の名前で予約を取ったのだろうか? そう思いブリジットの方を見ると、得意げな表情で僕の前に進み出た。
「今日はシェリル・アミルトで予約が入っているはずだよ」
……ちょっと待て。
それは一歩間違えると罪人まっしぐらじゃないか?
ブリジットの返答を聞いた店員も訝しげな表情をしている。
「少、々お待ち下さい」
そう言うなり女性店員は奥に引っ込んでしまった。
さすがに心配になってしまったので、ブリジットに耳打ちをする。
「シェリルさんってどういうこと? 聞いてないんだけど」
「そりゃそうだよ、驚かせようと思って言ってないもん」
「そ、そうか」
うん、驚いたのは驚いたんだけど、僕の頭のなかには心配の二文字しか無いぞ。
「えっとね、こないだ広場で店番してた時にシェリルさんが遊びに来たんだけど、ここの話をしたら私に任せてって予約取ってくれたの」
「多分それを証明しないといけないんだけど、シェリルさんから何か受け取ってたりするの?」
「うーん、あ! そういえば紹介状貰ってた」
「よし、まずはそれをお店の人に渡そうか」
腰につけたアイテムポーチから紹介状らしき封筒を取り出したブリジットを促して、店員を呼ばせる。
それにしてもシェリルさんはなんて場所で強権発動しているんだ!?
人気店の予約ってくらいだから、確かにそうそう簡単には取れるはずはないとは思っていたのだ。
しかしながらシェリルさんが働きかけたのであれば容易に取ることは可能だろう。
ただしこの方法には一つ大きな問題があることが予想される。
それは何かというと恐らくだが、通常よりも非常に多くの支払いを期待されるであろうということだ。
領主からの予約なんだから当然の期待だろう。
なんだか食事の前から憂鬱になってきたような錯覚に陥ってしまう。
少しして戻ってきた女性店員は本気で不審者を見るような目をしていた。……気持ちは痛いほど良くわかる。
しかしブリジットが得意気に紹介状を見せたところ、表情を一変させ平常であろう接客に戻ったのはさすがプロといったところだろうか。
満面の笑みを浮かべた店員に促され店内のテーブルに案内される。
それぞれのテーブルは個室ではなく、それぞれパーティションで席が分けられていた。
それぞれの空間はそれなりに広く取られており、圧迫感は全く無い。
隣の会話が気にならないのは、このパーティションの効果だろう。こういう店にも近代魔道具が普及してきているのは見ていて嬉しい気分になる。
なかなか贅沢な空間の使い方だ。
席に座って少しの間、今日の支払い金額に関して心配をしていた。
しかしブリジットやアリスの楽しそうな様子を見ると、こういった心配は無粋なのだろうと思い至る。
折角、人気店の席を確保できたのだ。ここは存分に堪能するべきだろう。
料理に関しても最初からシェリルさんの予約済みだったようで、大きな待ち時間もなくスムーズに運ばれてきた。
……そこまでは良かった。
問題は運ばれてきた料理だ。
アリスもブリジットも舌鼓を打っているところを見ると、うちの女性陣に対しては非常に好評なようだ。
僕も一品目は美味しくいただけたと思う。しかしながら出る料理出る料理、とにかく甘い。
食べ続けるに連れてどんどん厳しくなってきているように感じられるほどだ。
まるで全ての料理がデザートのよう――
「……ブリジットさん?」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「ここの料理食べ終わったら――」
「次はデザートだよっ。そっちも楽しみだなあ」
「そうですね、ここの料理も素晴らしいからデザートも楽しみですね」
嬉しそうに話すブリジットに同意するアリス。二人とも非常に楽しそうである。
やはりデザートは次の店で堪能することになっているようだ。
……今日はとにかく生きて帰れるように祈ろう。
「なんなんだこの店は!」
突如、店内に男性の大声が響いた。隣のテーブルからだ。
あまりの料理の甘さに耐えられなくなったのだろうか?
失礼とは思ったがパーティションの隙間から様子を窺うと、女性店員に一人の男性が食いかかっていた。
そしてその男性と同席している女性は、なんとマリナさんだった。
マリナさんは男性を落ち着かせようとしているが、如何せんヒートアップしている男性を落ち着かせるには足りなかったようだ。
様子を見る限りはあの男性の方がマリナさんよりも立場が上なのだろう。
しばらく様子を窺っていたが、遂には男性が女性店員に手をあげようとしたため、仲裁に入ることにした。
素早く動きその振り上げた手を横から握る。
「少し落ち着いてはいかがでしょうか? 周りの客の迷惑になってしまいますよ」
「なんだお前は!?」
「バーナードくん!?」
「……マリナの知り合いか?」
「は、はい。先日パーティーを組むことになった探索者です」
男は驚いた顔をしつつも怒りは一向に収まる様子は無いが、マリナさんが反応したことによって気がそれたようだ。
ひとまず僕は店員には奥に下がってもらうことにした。
「……そうか、お前が件の探索者か」
その様子をみた男性は鼻を鳴らしながら、僕を値踏みするように眺めてきた。
「それで? 探索者風情が私に何のようだ?」
「理由は知りませんが、店員に乱暴を働こうとする不届き者が見えましたのでね。介入させていただきました」




