まんまと
第3回オーバーラップWEB小説大賞の一次選考を通過しました!
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アリスが一瞬だけ驚いた顔をしたが、僕と目があった後すぐに顔を伏せてしまった。
僕に触れた手に少しだけ力が入る。
「……少しだけこのままで」
僕も抱きしめる腕に少しだけ力を入れることで応える。
そういえばこうやってアリスのことを抱きしめたのは初めてだ。
そう思うと少しだけ緊張してしまうのは男としてしかたがないことか。
抱き寄せた肩が、やけに小さく感じる。
普段はあれだけきっちりしていて頼りになるから意識しないことが多いが、弱い部分も確かに持っている事を改めて感じた。
――しばらくの間、アリスが落ち着くのを待つことにする。
時折通り過ぎる輩に少々冷やかされたが、まあ気にすることでも無いだろう。
「……そろそろ、帰ろうか」
アリスが落ち着いたのを確認してから話しかけた。
アリスのことだから、こうやって僕の時間を使ってしまったことに対して罪悪感を覚えてしまいかねないので、努めて優しい声を意識する。
「はい、取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
アリスは指で涙を拭いながら謝罪の言葉を織り交ぜた。やはり少しの罪悪感を抱いているのだろう。ひとまずフォローはしておくべきだろうな。
「何も悪いことは無いよ。気にしなくていい」
「……はい」
ふと目があったが、やはり泣いたせいで目が赤くなってしまっている。
それに気づいたのか、アリスは少し恥ずかしそうに僕から視線を外して辺りを見渡した。
「それにしても、すっかり遅くなってしまいましたね」
「だから気にしないで良いよ。特に急がなければいけない用事があるわけ……あ!」
……用事なら、ある。
そういえばブリジットのこと忘れてた。
今日は早めに探索を切り上げるつもりで、ブリジットには食事は外でとるかもしれないが、それほど遅くはならないだろうと伝えていたのだ。
ブリジットはアリスの料理を期待して待っているはずだ。
まんぷく亭でのお祭り騒ぎに加え、プリッシラさんを撒こうと遠回りしたせいで、結構な時間が経ってしまっていたのを忘れていた。
僕の表情が明らかに変化したせいだろう、アリスが少し心配そうにこちらを見ている。
「どうかされましたか?」
「……ブリジットのこと忘れていた」
「あっ」
アリスも先ほどまでの流れのせいで、すっかり忘れていたのだろう。
不思議そうにかしげていた首を元に戻して、一転あたふた慌てている。
――その後は急いで家に戻ることにしたのは言うまでもない。
もしかしなくても今までで一番速く家に着いたことだろう。……いまさらだが。
玄関を抜けリビングルームの扉を開けようとドアノブに手を掛けようとした。
と、その時、部屋の中から非常に重苦しい気配がビンビンと伝わってきた。
間違いない、ブリジットだ。
アリスと顔を合わせてから、一つ生唾を飲み込み、意を決してドアノブを回す。
ゆっくりと開けた扉の中では、照明を抑えて少し暗くなっている中、ブリジットがソファーの上で両足を抱えてうずくまっている。
僕の目がおかしくなったのだろうか、ブリジットから立ち上る負の気配が見えるように感じる。
「た、ただいまー」
「……」
……沈黙が怖い。
少しの間待ったがブリジットの反応が無いので、もう一度声を掛けることにする。
「た、ただいまー」
「……ボク、今日の仕事も頑張ったのに忘れられてた」
「そ、そうだね、決して忘れていたわけでは……」
さっきは忘れていたけど。
「……お腹が空いて死んじゃうかも」
「そ、そうだね、すぐにご飯にしようか。アリス、すぐに準備できる?」
「は、はい。今すぐに食事の準備にとりかかります」
アリスが準備のために慌てて部屋を出ていくと、ブリジットと二人っきりの空間ができあがる。……さらに空気が重い。
少しの間、互いに何も話さない時間が続く。
先ほどよりもいっそう重くなったように錯覚する。
このままではいけない。
「すぐに用意できると思うから少し待ってね」
「……美味しいごはんが食べたい」
「そうだね、アリスの作るご飯は美味しいよね」
「……中央通りに新しいお店ができてる」
「さすがに今からは無理だから、それは明日にでも食べに行ってみようか」
それまで微動だにしなかったブリジットが、身体を少し震わせて反応をする。
もうひと押しか?
「……食後はデザートが食べたい」
「そうだね、デザートも頼もう」
「……そこの隣にデザートが美味しい店がある」
って、別の店か。
まあ、今回は僕達が悪いので仕方がない。
多少出費がかさんだとしても必要なことだ。
「それじゃあその店も行こうか。いっぱい食べていいよ」
「ほんと!? 嘘じゃない?」
「ああ、僕に二言はないよ」
ようやくブリジットの周りから負の気配がなくなり、声に明るい力が戻った。
なんとか気を取り直したようなので、ほっと一息ついて安堵していると、部屋の外から食事を運ぶ音が聞こえてきた。
相変わらず凄く速い。アイテムポーチ様様だ。
普段から手間のかかる処理を予め行った食材を、アイテムポーチに保存しているので、かなり時間を短縮できる。
さらに軽く火を通すだけで出せるレパートリーも増えているので、品数も多かったりする。
間もなく扉が開き、食事を乗せたカートを押してアリスが部屋の中に入ってくる。
その匂いにつられてブリジットが振り向き顔を上げ――
って、おい。
「……ブリジットさんや、その口の周りに付いているクリームは一体何かな?」
その言葉を聞いた瞬間ブリジットの動きが笑顔のまま止まり、ゆっくりと首を動かし鏡を見やる。
「あっれー、なんだろうこれ?」
ブリジットはあくまでもしらを切り通すつもりのようだ。鏡を見つめたまま首をかしげている。
「……こら、正直に言わないと明日の話は無かったことにするよ?」
「えー、お兄ちゃん二言はないって言ったもん」
「くっ」
「明日何かあるんですか?」
「えっとね、明日お兄ちゃんが中央通りの新しい美味しいお店に連れて行ってくれるの」
ブリジットがしたり顔でこちらを見ている。
その様子を見てアリスも興味が湧いたようだ。
「それは良いですね。……でも、あそこは予約が一杯でそんなに簡単には入れないはずですけど」
え、そうなの!?
さすがに約束があっても予約はどうにもならないぞ。そう思いブリジットを見ると、不敵な笑みを浮かべている。
「大丈夫、予約なら入れてあるよ!」
……いやいや、まて。
「いやー、前々から予約は入れてあったんだけどね、怒られそうだから、なかなか言う機会がなくて……」
そう言いながら舌をぺろっと出して話を続ける。
「偶然今日言えそうな雰囲気だったから、つい」
あ、頭が痛くなってきた。
今回はブリジットにまんまとやられてしまったということか。
しかし、ブリジットが僕達に言うのをためらうってどんな店なんだろうか?
もしかして目ん玉飛び出るほど高いのだろうか? 僕達だって一応探索者としては成功している部類に入るはずだ。
よほどのことが無い限り払えないということは無いとは思うが……。
なんだか少し心配になってくるな。
しかし二人の様子を見るとかなり乗り気なようで、すでに話は明日着ていく服の話に変わっている。
心配はするだけムダか。そう思ったら予約困難店の予約を勝ち取ったブリジットを誉めたくなってきた。
「まあ、仕方がないか。今回は特別だよ?」
「やったぁ!」
正式に僕の許可が得られたことでブリジットは飛び跳ねて喜んでいる。すでにテンションは上がりきっているようだ。
そして口元のクリームの話はどこかに飛んでいってしまったらしく、とても話を戻して聞けるような状態ではなくなってしまった。
……今回は仕方がないか。
僕も抵抗を諦め、明日の予定を三人で話し合うことにした。




