吟遊詩人と探索者
先程から何度か撒こうとしたせいだろうか。
プリッシラさんは僕の問いかけに対して、うんうんと頷きながら腰に手を当てて嬉しそうにしている。
「先程も言ったように、今回の旅の目的はこの都市に着いて早々解決してしまったのでな」
「そうなんですか、それは良かったですね。ということはまた王都に戻られるんですか?」
「いや、ここに来る前に終わらせておいたからな、さしあたって王都には用事はないさ」
……僕達を後から付けてくる理由にはなっていないな。
このまま聞いていても、きちんと説明してくれるのだろうか?
「時間も遅いことですし、手短に本題に入ってもらってもよろしいでしょうか?」
「まあ、そう急ぐな。せっかちな男は女性に嫌われるぞ」
「私は嫌うようなことはありませんが?」
一応今日は初対面だったはずなんだが?
プリッシラさんは割りと簡単に失敬な事を口走るようだが、本人にどこまで自覚があるかは疑問だな。
アリスがフォローしてくれたから良かったが、一方的にレッテル張りされるところだったようにも思える。
すると、プリッシラさんは「ほう?」とつぶやいた後、少しだけ考えた素振りを見せた後、僕の目を見ながら嬉しそうな顔をした。
「それでは単刀直入に言おう。君に興味が湧いた。私が君のことを歌にしてやろう」
……この人は一体何を言っているんだ?
あまりに唐突な話だったので僕だけではなくアリスも、どのように反応を返すべきかわからないようだ。
その静寂のせいか少しの間、周りの時間が止まったようにすら感じた。
「……えっと、丁重にお断りさせていただきます?」
「なぜ疑問形なんだ?」
「いや、ちょっと意味がわからなくて」
なんとか絞りだすように口を開いたものの、よくわからない回答になってしまった。というか何故僕が物語に歌われないといけないんだ?
過去、セオドールのような希代の錬金術師達と研鑽の日々を送っていた頃ならいざしらず、今は一介の探索者にしか過ぎないのだ。
当然ながら表立ってこれといった偉業を成し遂げた実績もない。
僕の返答が予定していたものと違っていたのだろう。プリッシラさんは少しだけ憮然としつつも、改めて口を開いた。
「言い方が悪かったかな? 先程の店で君たちの周りに大勢の人が集まっていたのを見て、君たちに英雄性を感じた。だから私が君の事を歌にしてやろう」
「ですからお断りします」
「何故だ!?」
「いや、あの店で人が集まったのはマリナさん、あの輪の中心にいた女性の為ですよ?」
そう、あくまであの場に人が集まったのはマリナさんの人徳によるものだ。
決して僕のために集まったわけではない。さすがにそれくらいはわかっているつもりだ。
「まあそんなに謙遜する必要はないさ。聞いたぞ、件の女性はこれまでパーティーを組むことに対して大きな制限があったらしいじゃないか? それこそ何年にもわたり解決しなかったと」
「……それはあってますが、それであればマリナさんのほうが、僕なんかよりもよほど歌にするのにふさわしいですよ?」
「だからこそ君なんだよ! その大きな障害を乗り越えるほどの英雄性! 素晴らしいじゃあないか!?」
心が前のめりなプリッシラさんは、僕の両肩を力強く握りながらそう語った。
……プリッシラさんの様子がどんどんエスカレートしていっているような?
そう思い、先程から静かになったアリスの方に目をやると、アリスが期待のこもった眼差しでこちらを見ている。
アリスさん?
もしかして英雄って言葉に反応してしまいましたか?
アリスの反応を見ると、このまま断るのも悪い気がしてくるが。……あ。
「プリッシラさん落ち着いてください。どうしてもと言われるのであれば、歌にするというのは構いません」
「わかってくれたか!」
プリッシラさんの興奮が更に増した。横にいるアリスも花が咲いたように明るい顔で、とても嬉しそうにしている。
喜んでくれているところ申し訳ないが、条件はつけてもらうよ?
「ただし」
「ただし、なんだね?」
「僕達は見ての通り探索者を生業としています。つまり活動の主体は天獄塔内部における探索活動なんですよ」
「うん? それがどうかしたのか? 異界における探索活動、大いに楽しそうじゃあないか」
プリッシラさんは僕の言葉の意味がわかっていないようだ。対してアリスはその意味がわかったのだろう、肩を落としてがっかりしている。
二人には悪いけど理由を付けて断らせてもらうことにする。
「天獄塔の異界に入れるのは探索者だけなんですよ。それ以外の許可を得ていない人間が異界に入った場合、国家反逆罪で処罰されます」
「なっ、それでは私は見れないではないか!?」
喜びもつかの間、一転驚愕の表情を浮かべながら怒り始めるプリッシラさん。
とはいえ、さすがに国家反逆罪とまで聞いてしまえば、あまり食い下がっても誰かに聞かれて通報されれば、不敬で罰せられる可能性が無いわけではない。
納得するしないにかかわらず、結果として従わざるをえないわけだ。
「僕としても残念ですが、仕方がありませんね。少々無理があったようですし、この話は無か――」
「よし、それなら私も探索者になろうじゃないか! それなら問題は無いのだろう?」
……これなら諦めざるを得ないので、体よく断ることができると思ったのだが、プリッシラさんは想像以上にしぶといようだ。
「本気ですか? 天獄塔の異界はきっと貴方が思っている以上に危ない場所ですよ?」
「問題ない。私の創作意欲はこの程度では折れたりしない」
「……もし順調に探索者になれたとしても、僕たちの到達階数までたどり着かなければどうにもなりませんよ?」
「そ、そんな条件まであるのか……。いや、問題ない! 俄然やる気が出てきたぞ、君たちは君たちのペースで前に進めばいい。必ず追いついてみせる!」
どうにもプリッシラさんは本気で天獄塔の異界に挑戦するつもりのようだ。
……少々性格に難ありだが、こういう目標に対してストレートな人は決して嫌いではない。
もし本当に僕達に追いつけた時は、プリッシラさんの創作意欲に協力しても良いかもしれないな。
ただし僕としても簡単に追いつかれるつもりはない。手加減はプリッシラさんも望まないことだろうしね。
「こうしてはいられないな! 悪いが私はここで失礼させてもらうよ」
そういうなりプリッシラさんは足早に去っていった。
プリッシラさんと別れてから、改めてアリスと一緒に家路についた。
……のだが、先ほどからアリスの様子が暗いままだ。どうも先ほどの落胆から復活できていないようだ。
「アリス、そんなに落ち込んでないで、きちんと切り替えないといけないよ」
「は、はい! わかっています……が、バーナード様の英雄譚、無事に聞くことができるのでしょうか?」
……それはプリッシラさんが無理だった場合の心配か、それとも時間的な心配? でも――。
「脚色された英雄譚には勝てないかもしれないけど、いつも隣で直に見てくれているじゃないか。それじゃあ足りない?」
アリスの目をしっかりと見つめて、優しく問いかける。
アリスは一瞬だけ目を丸くして、すぐに表情を元に戻す。
「いえ、申し訳ありません。私は何を焦っていたんでしょうか」
心のつかえが取れたように、明るく笑うアリスを見てもう一つだけ伝えることにする。
「ゴメン大事なことを一つ言い忘れてた。アリスは時間を気にしなくていい。……僕を信じて」
僕の言葉を聞いたアリスの頬を、一筋の涙が伝う。そしてそれを切っ掛けに両の目から涙がせきを切ったように流れ始めた。
「はい! あ、あれ、涙が止まらない」
……普段はそんな素振りはまったく見せていなかったが、その胸の内には常に不安を抱えていたのだろう。
僕が心配するなと言ったからといって、その不安が完全に消えるわけではないだろうが、多少は安心して貰えたと思っておこう。
そのまま泣き続けるアリスを引き寄せて胸に抱いた。
芸術は爆発だ。
章の切りどきを間違えたかもしれない。




