仲間の成長(一)
流石に気になったので、マリナさんにそっと耳打ちする。
「えっと、マリナさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「ん、どうしたの?」
急に耳打ちされた事が気になるのか、マリナさんは首を傾げ動きを止めて続く言葉を待っている。
「……僕の事をグレゴワール司祭から何か聞いてますか?」
瞬間、マリナさんの顔が焼けた鉄のように真っ赤に染まる。
「わ、わたしは、結婚相手は年上の頼れる男性って決めてるのっ。確かに貴方はグレゴワール様が選んだくらいだから、実力はあるんでしょうけど年下は……って、何言わせてんのよ!」
マリナさんに平手で背中を叩かれた。綺麗に響く音とは対照的に、激しい衝撃が僕を襲う。
その勢い余って前のめりに転びそうに……、なるのをなんとかこらえたが、メチャクチャ痛い。
ちょっと待ってくれ、本当に魔道具のブーストが乗ってなくてこれなのか!?
僕だから耐えることが出来たが、他の人なら大変なことになるぞ。
じんじんとしびれる背中をさすりながらマリナさんの方を向くと、僕を叩いた体勢のままモジモジしている。
その異常事態に皆も気が付いたようだ。
「結婚? なんだそりゃ?」
「何やら聞き捨てならない言葉ね。……アリスちゃん少し落ち着きましょ。挙動不審になっているわよ?」
「……私は落ち着いていますが?」
「ああ、お見合いの件はお断りしましたからご心配なく。それより――」
年下ってどういうことだ? グレゴワールからお見合いの話を聞いていて、パーティーに合流する話も聞いている。
にも関わらず僕の事はほとんど知らない?
「僕は年下ではないですよ? って聞いてないな」
「……何やら自分の世界に入ってしまっていますね」
ああ、そういうことか。
話を続けようとする僕たちを完全放置で、自分の世界に浸り続けるマリナさんを見て皆が確信した。
恐らくだが間違えていないだろう。グレゴワールが僕のことを話していないのではなく、マリナさんが話を聞いていないんだ。
そうと分かれば、わざわざ聞いてもらう環境を作って頑張って説明をする程でもないので、このまま勘違いしていてもらおうか。
別にきちんと話さなかったからといって、それによって致命的に困るようなこともないだろう。
さて改めて第十八層を見渡す。
この階層は基本的に岩山に囲まれた岩石地帯となっているようだ。
そのため見通しは悪く、魔物と鉢合わせた際に距離を取りにくい可能性も考えられる。
適宜作成されていく地図を確認した限りでは、天然の迷路のようになっている事がわかる。……異界自体は人工的に創りだされたものだから、天然というのもおかしな話ではあるが。
どうもこの第十八層に出現する魔物であるレアアース・エレメンタル達は僕の索敵には引っかかりにくいようだ。
というのも、この階層を構成する岩山とレアアース・エレメンタル達は、非常に近い特性をもっているらしく判別がつきづらいのだ。
そのうえどんな仕組みをしているのかよく分からないが、あの巨体にも関わらず歩く際にほとんど音が鳴らない。
その為、きちんと偵察をしないと角を曲がったら魔物が目の前にいた、なんて事も往々にして有り得る。
仕方がないので今回の探索では目視による索敵がメインとなってくる。
斥候役としてアリスに頑張ってもらう事にしたのだが、少々前のめりになってしまっているように見えるので、慎重に行動するように釘を刺しておいた。
僕自身も身体能力と共に当然視力も上がっているので、視界に入りさえすれば識別は可能であることはわかったので、怠らない程度には警戒をしておこう。
今回の探索は、通常の探索とは別に顔合わせと実力確認を行う事が目的なので、ある程度探索をした後は野営をせずに戻る予定ではある。
――探索を再開してから程なくして、二体目のレアアース・エレメンタルが見つかった。
順番で言えば今回はアリスの出番なわけだが、すでに僕のもとに戻ってきて指示を待っている状態である。先ほどからしきりにマリナさんが先ほど魔物を倒すのにかかった時間を気にしている。
「アリス、わかっていると思うけどくれぐれも気をつけてね。レアアース・エレメンタルの一撃はかなり重そうだからね」
「はい、お任せください。先ほど見た限りでは触れさせる事無く始末が可能だと思われます。行ってよろしいでしょうか?」
アリスは真っ直ぐな目でこちらを見つめて、僕の指示を待っている。僕と話して少しは落ち着きを取り戻してくれていればいいが。
「よし、それじゃあ頼んだよ」
「かしこまりました」
アリスは特に隠れるようなことをせずに、ゆっくりとレアアース・エレメンタルに向けて歩きながら、両手で武器を抜き放つ。
向こうもようやくアリスに気がついたようで、様子をうかがうように警戒をし始めた。
少しの間にらみ合いのような状態が続いたが、レアアース・エレメンタルはすぐにこの緊張感に耐えられなくなったのか、威嚇をしながら足元の岩を持ち上げて投擲する。
アリスは投げつけられた大きな岩を軽くステップしながら避けると、その着地時に大きく踏み切り一気にその距離を縮めた。……また速くなったな。
懐に入り込まれたレアアース・エレメンタルは身体を大きく動かして、アリスを蹴り上げようとするも、その蹴りは目の前にいるはずのアリスの身体をすり抜けた。
しかしまったく手応えが無かったのだろう、明らかにうろたえている。
レアアース・エレメンタルから見たらまるで残像が残ったように見えたのかもしれないな。しかし既にアリスはそこにはいない。僕はそのままレアアース・エレメンタルの背後上空に視線を移す。
今のアリスには地上も空中も、同じように感じられているのかもしれない。
まるで舞うように相手に残像のような印象を残しつつ相手の視界から消える。
ブーツの使い方が本当に上手くなったな。あれだけの動きを見せているが余計な音は殆ど聞こえない。レアアース・エレメンタルも背後に回られたことにまったく気付いてもいない。
そしてアリスが手にした武器が青白く輝き、次の瞬間にはレアアース・エレメンタルの頭部は身体から切り離されていた。
「……一撃!?」
「いや、まだ終わってないよ」
マリナさんもアリスの動きは目で追えたようだ。しかし、先ほど直接戦ったマリナさんは気付いていなかったということか。
頭部を切り離されたはずのレアアース・エレメンタルは何事もなかったかのように、身体を捻り腕を振り回してアリスをなぎ払おうとしている。
アリスは空中でもう一歩踏み込み身体をくるりと回転させる。余裕を持ってその腕を避け、その勢いのまま切り飛ばした頭部を切り刻んだ。
頭部を破壊されたレアアース・エレメンタルはようやく動きを止めると、崩れるように地面に倒れた。
「どうもレアアース・エレメンタルの急所は頭部にあるみたいだね。先ほどマリナさんが倒した時に、ちらっとコアのようなものが見えてたから、アリスもそれに気がついたんだと思う」
「へ、へえ……気が付かなかったわ」
「俺は全然気が付かなかったぜ。さすがはアリスさんだな」
「あら、私も気がついたわよ?」
「お、おう。もちろんエリーシャもさすがだぜ」
「あれは見えづらかったから気が付かなくてもしかたがないよ。逆にアリスがよく見ていたってことだね」
それにしても、さすがにエリーシャは精霊を見ることに関しては一歩秀でているということだろうか。苦手なはずの地属性の精霊でもきちんと見えているようだ。
見えないとドワーフに馬鹿にされるから、とか案外そんな理由かもしれないが……。
そしてジーク、女性の褒め方には気をつけたほうが良いぞ。




