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トライアル開始

予定より書くのが少し遅くなってしまった……。

「で? どうして貴方がここにいるわけ?」


 今、僕の目の前では、一人の女性が飛びっきりの笑顔で問い掛けている。


 辺りの空気ごと華やかになりそうな、その表情を見てもまるで心がときめかないのは、僕の首筋に添えられたひんやりと冷たいこの物体のせいなのは間違いないだろう。


 うん、とても綺麗に手入れされた剣だね。……どうしてこうなった?


 ――とりあえず現実逃避をして、話は朝まで戻る……。




「うぅ、トライアルの日だ……」


 相変わらずのひどい朝を迎え、死にそうな顔をしながらベッドから這い出る努力をする。本当は頭が起動するまで布団のなかでゴロゴロしていたいところだが、今日は流石にゆるされない。


 今日のトライアルを逃すと次回まで待たなければいけない。


 もうあまりお金も無いので、このトライアルを逃すわけにはいかないのだ。……という心構えはあるのだけど、身体は一向に動かなかったりする。


「バーナード様、お食事をお持ちしました」


「あ゛ー、ありがとう」


 部屋の片隅にある小さなテーブルに宿の食事が並べられていく。布団から眺めているが、その手際の良さは実に様になっている。


 食事の準備が出来たみたいなので、重い頭を何とか持ち上げ布団から這い出ることにする。と、アリスが体を支えて椅子に座るのを手伝ってくれる。


 何だか病人になった気分だが、アリスが居てくれて本当に助かるな。これだけでも造った甲斐があるというものだ。


「今日はトライアルだから早めに行かないとねー」


「ふふ、まだ少し時間には余裕がありますので、ゆっくり召し上がってください」


「ありがとう」


 僕の世話をすることが嬉しいのか、アリスの機嫌はとても良いみたいだ。ホムンクルスの性質なのだろうか?


 従者であることを至上命題としているように思える。




 朝食後の支度を終え、アリスと一緒に町並みを見ながら探索者ギルドへ向かったのだが、ギルドの前はここ数日で見たことがないくらいの盛況ぶりとなっていた。


 これ全員トライアル挑戦者か?百人以上いるんじゃないだろうか。


「ちっ、やっぱりいやがるか。髪の色変えたのか」


 唐突に嫌そうな声が聞こえてきたので振り返ってみると、先日絡んできたジークだった。


「ああ、えーと、ジークさんでしたか?」


「!? ……な、何で俺の名前知ってるんだ」


「ああ、先日のお仲間が名前呼んでたから。そういえば、そのお仲間の姿が見えませんが?」


 昨日のトラブルを知っているのかは知らないが、ちょっとだけ揺さぶりを掛けてみる。


「ちっ、あいつらか……。あいつら全員あの時あんたにやられたせいで、自信なくしてリタイアしちまったよ……。お陰でパーティーのあてもなくなっちまって、お一人様だ」


 あれ、それじゃあ昨日の一件は知らなさそうだな。


「君は……リタイアしなかったんだ?」


「俺には絶対に辞められない理由があるからな。あんたにやられて、自分の力が足りないことはわかった。なら、鍛えれば良いだけだ。俺はまだまだ強くなれる。俺は絶対に折れねえ」


「バーナード」


「ん?」


「僕のことはバーナードと呼んでくれて構わないよ。僕も君と同じだ。何があっても諦めるつもりはないよ。絶対に塔の最上階まで上らなければならない」


「じゃあバーナードって呼ばせてもらう。俺のことはジークで良い。さん付けされると気持ち悪い。最上階ってまた随分と大風呂敷広げたな。そういうバカは嫌いじゃないぜ」


「はは、バカって酷いな。なんか最初はただの嫌な奴かと思ってたけど。わりと芯は通っている感じだね。言葉遣いは汚いけど」


「……あぁ、恥ずかしい話だが、煽てられてちっとばかし調子に乗っていたみたいだ。……俺はこの街に来る前は傭兵をやってたんだ。渡り歩いた戦場もかなり多いほうだと思う」


 だから、と、ばつの悪そうな顔で


「自分の力には自信をもっていたし、事実この街に来てからもトライアル待ちには俺より強そうな奴はいなかった。だからだろうな、パーティリーダーにも祭り上げられて、ついその気に……な。だからバーナードには感謝してる」


「そうか、お互いに目的に向けて頑張ろう」


「と、ところで話は変わるが、そ、そこの美女は」


 急に噛みすぎだ。僕の事をあんたとか呼び捨てしていたので、終始アリスから殺意の籠った視線を受けていたわけだけど、全く怯む様子がない。


 それどころか、先程から僕と話している途中でアリスの存在に気がついてから、視線がチラチラとアリスと僕の間を(せわ)しなく動いている。


 始めは真面目な雰囲気だったのに台無しである。


 このなりで女性に免疫が無かったりするのか?


「ああ、この子は……」


「トライアル参加者は全員集まったか!? そろそろ出発するぞ!」


 人だかりの先で大きな声が聞こえてきた。え、もう時間か……。


「おっともう出発か、時間を取らせちまって済まなかったな」


 その言葉は視線を落ち着かせてから言ってもらえますかね。


 その後、職員に先導され、参加者全員が用意された馬車に乗り込む。よくもまあこれだけの数の馬車を揃えたものだ。もしかして結構遠出するのか?


 待っているとすぐに馬車は動き出した。移動をはじめて間もなく門を通り抜けたので、やはりトライアルは街の外で行われるようだ。




「全員馬車から降りたら、あの門を抜けた先の広場に集まれ」


 途中休憩をはさみながら半日程度移動した辺りだろうか、森を抜ける道の半ば辺りで馬車が止まり、先導していた男が参加者を急かすように促している。


 森に門……か、道の先を見ると確かに門がある。その先は道が曲がっているせいかよく見えない。


 見た目からしてとてつもなく怪しいのだけれど、行くしかないんだろうな。この先でトライアルを行うのだろうか?


 門を抜けた時に少し違和感があったが、振り向いても妙な場所はどこにも見受けられなかった。門の先にはもうひとつ門があったが、他には何もないため先に進むことにする。


 二つ目の門を抜けると突然、視界の先が広がった。広場のようになっているところに他の参加者も集まっているようだ。一段上がったところに一人の女性が立っていた。


 あれ、あの子は……、塔から出てきた時に食いつき気味に話しかけてきた女性、そうマリナだ。


 広場に参加者が集まったのを見ると、マリナが話を始めた。


「私は今回のトライアルの監督を務めることになりました、探索者のマリナです。貴方達には、これから数日を掛けてこの森の異界に挑んでもらいます。この異界は天獄塔の異界には及びませんが、当然の事ながら命の危険を伴う所は変わりません。攻略かリタイアするまでこの異界から出ることは出来ないので、相応の覚悟をもって挑んでください。ちなみにリタイアする場合は二度と異界都市アミルトに立ち入る事はできませんので……」


 彼女の言葉でトライアル参加者達がざわめき始める。


「そ、そんな話聞いてないぞ!大体、宿には部屋を取ってあるし、荷物も置いてあるんだぞ!」


 参加者の一人が声を荒らげる。確かに僕も荷物は置いてないが、部屋は数日分確保している。


「それは当然です。トライアル参加者には誰一人としてこの事を伝えていません。合わせて伝えておきますが、貴方達全員の宿は本日付で引き払われています。荷物はトライアルを攻略かリタイアする際に引き渡されますので、荷物と宿代の心配は必要ありません。それでも何か問題がありますか?」


 え、勝手に引き払っちゃったの?マリナは参加者を見渡し満足そうに頷くと言葉を続けた。


「知っている方もいるかもしれませんが、異界はその中に侵入してきた外敵、つまり私たちの数に応じて、魔物や素材の数や質が変化します。そのため一定以上の実力を持たない者は満足に探索できないだけでなく、異界に入るだけで他の探索者の命を危険に晒すことになります」


 それは初めて聞きました。要するに、探索者になっていない僕達が、このトライアルで何人死んでも全く構わないので、正規の探索者の迷惑にだけは成らないようにしているということだ。


 だから塔の中に入るためにトライアルが必要となるわけか。まあ、落ちるつもりはないから問題はないけど。


「少々話が脇道にそれてしまいましたが、探索者を目指しているのであれば相応の自信を持って臨んでいると思いますので、皆さん頑張ってください」


 マリナは話し終えると、段を降り広場の端に歩いて行った。どうもこの広場が今回のトライアルのベースキャンプとなるようだ。視線の先にはいくつかの仮設の施設が建てられていた。


「お、おいおい。食事とかテントとかはどうするんだよ。こんな遠出するって知らなかったから、野営の準備なんてしてないぞ……」


 次第に戸惑いの声が大きくなっていくと、マリナが駆け足でこちらに戻ってきた。……ま、まさか。


「オホン! いい忘れましたが、野営の道具はこちらで提供します。野営場所はこの異界内であれば特に制限はありませんので、攻略具合に合わせて好きな場所に設営してください。また、食料に関しては一日分の保存食料は配給しますが、それ以降の配給は一切ありません。食料調達は適宜に行ってください」


 顔を真赤にしながら追加説明を行うマリナ。まさかのまさか、やっぱり忘れていたな。




 初回の配給を受け取ると、単独で探索を始める者、パーティメンバーの募集をしている者、いきなり野営の準備を始める者、参加者達は思い思いの行動を始めていた。


 そんな中僕は何をしているかというと、再びジークに捕まっていた。


「と、ところで、朝の続きなんだが隣の美女はどういった関係なんだ?」


 まだ気にしてたのか……、まあ従者であることは隠すことでもないので簡単に説明するか。


「この子は僕の従者をしているアリスだ。こう見えても実力は十分あるから心配はいらない」


「あ、あ、アリスさんですか。俺の名前はジークって言いやがります!」


 言いやがるってなんだよ。


「アリスと申します。バーナード様の従者をしております。以後お見知り置きを」


「お、おう。お見知り置くぜ! と、ところでアリスさんは付き合ってる奴とかいやがるんですか?」


 もう突っ込む気も起きなくなるくらいブロークンな言葉だ。てか、違和感に紛れてナンパするんじゃない。


「ジーク、そろそろ僕らは探索に入りたいんだが……」


「う、そうだな。じゃあ最初はどっちに向かうんだ?」


 ちょっと待て。


「え、もしかしてついてくるつもり?」


「この異界がどんな場所かわからねぇからな。一人で動くのはちょっと避けてぇんだ。とはいっても今更パーティ探すことも難しそうでな」


 僕は君と行動するのは避けたいんだが……まあ、ジークのパーティが無くなったのに関わっているから、少々申し訳なくは思う。ちょっと鬱陶しいが別に悪いやつじゃなさそうだし、ここはトライアルだから……。


「はあ、しようがないな。今回だけだよ?」


「おお! すまねえな、バーナード。あ、アリスさんよろしく頼みやがります!」


 アリスが混ざると汚い言葉がさらに壊れるな……いくらなんでも緊張しすぎだろ。もしかして童貞か?


「ジーク。女性に耐性なさすぎじゃないか? もしかして、どうて――」


「あー!!!!」


「……まじですか? 娼館とかにも行ったことはない?」


「ば、馬鹿野郎。そんな汚らわしいところに行くわけねぇだろ。俺はそんな偽りの愛に興味はねぇ!」


 うん……、ピュアをこじらせてる感じだね。アリスがこっちを向いて笑顔で口を動かしている。なになに?


 鬱陶しいから消しますか?っていやそれはやめよう。


「ま、まあいいや、これ以上気にしたら負けだ。さて……と、そろそろ探索を始めますか」


「了解しました」


「お、おう。よくわかんねぇけどわかった」


 わかったのか、わかってないのかどっちだ……?




 ジークがパーティに入ったので、あまり派手なことはできなくなったけど、まあこれは最初から悪目立ちしないようにできると前向きに考えよう。


 ジークが配給をもらっていなかったため、少し待つことになった。改めて広場を見渡していると、僕達以外の参加者はすでに行動を開始していた。


「それじゃ、今日のところは少し探索をしたら野営場所を探そう」


 ……。ん、返事がない?振り向いて皆を見る。


「って、うわ!」


「で? どうして貴方がここにいるわけ?」


 今、僕の目の前では、一人の女性が飛びっきりの笑顔で問い掛けている。


 辺りの空気ごと華やかになりそうな、その表情を見てもまるで心がときめかないのは、僕の首筋に添えられたひんやりと冷たいこの物体のせいなのは間違いないだろう。


 うん、とても綺麗に手入れされた剣だね。……どうしてこうなった?


「え……と、マリナさん。でしたか? これは一体?」


「一体も何も、どうして貴方がここにいるのよ。ここは探索者のトライアルよ」


「そうですね、僕もトライアル参加者ですから、ここにいるのは当然では?」


 全く意味がわからない体で、マリナさんの質問に質問で返してみる。


「そこがおかしいのよ。貴方、このあいだ天獄塔の出口ポータルから出てきたじゃない。だったらすでに探索者のはずでしょ。もし違っていたら重犯罪よ」


 やはりそこか、これは別人を装うか。


「人違いではないですか? 僕は天獄塔に入ったことはありませんけど」


「貴方みたいに特徴的な人を見間違わないわよ。その髪の……色、あれ? なんで黒くないの?」


 マリナさんは首をかしげプチパニクってる。このまま畳み掛けるか。


「何を言っているのかわかりませんが、僕の髪の毛は生まれつき青色ですよ。だいたい黒い髪の毛なんて見たことも聞いたこともありませんよ。それより、この喉元の剣を収めてもらえませんか?」


「す、すみません! 私、ちょっとそそっかしいところがあってよく失敗してしまうんです」


「ああ、いえ。勘違いは誰にでもありますから、お気になさらずに結構ですよ」


 や、やばかったー、認識阻害の魔道具作っておいて良かった!!


 なんとかマリナさんを回避することができたので、ほっとしているとジークが戻ってきた。


「ん、どうかしたのか?」


「あ、いやなんでもないよ。それより出遅れてるから、さっさと出発しよう」


 ジークがいたら話がこじれてるところだったな。は、早くこの場を離れよう。


 僕たちはまるで逃げるように広場を出て行った。


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