幻覚魔術
ちょっと期間が空いてしまいました。
申し訳ないです。
「……使えん奴らだ」
リーダー格の男が、目の前に転がる男達を蹴り飛ばして吐き捨てるようにそう言った。気に入らないな。
「それは、とても仲間に掛ける言葉とは思えませんが?」
「そんな雑魚共が仲間のわけがないだろう。依頼主に押し付けられただけだ。案の定、何の役にも立たん」
確かにこいつの言うように、周りの連中の気配がなければ見逃していた可能性が高い。
その依頼主とやらには本当に感謝したいくらいだ。
「それは災難でしたね。でもこうやって相対している以上はもう逃げられませんよ」
「逃げられん……か、俺が逃げる気になれば貴様には俺の気配は掴めんよ。まあ、逃げるつもりなど毛頭ないがな」
口元をマスクで隠しているため、その表情は詳しく分からないが、薄ら笑いを浮かべながら冷たい目でこちらを見ている。
恐らく本気で逃げきれる自信はあるということなのだろう。
今も目の前に立っているにもかかわらず、この暗殺者の気配は驚くほど希薄だ。
意識していなければ始めのように見逃してしまうかもしれない。
――とは言っても、モノクルにはバッチリ写ってるけどな。
既にマーキングしている以上は、近辺の何処に隠れたとしても追跡は可能だ。
まあ、当の本人に逃げるつもりは無いようなので、その必要は無いか。
「雑魚なりに最低限の役目は果たしただけでも良しとするか」
そう暗殺者がつぶやいた次の瞬間、あたりの景色が一変した。
周りの建物が消え狭い路地から海辺の砂浜に変わった。舗装されていた地面も当然の事ながら一面砂に覆われている。
先程までは確かに街中にいた。
……モノクルに表示されている座標に変化はない。ということは幻覚魔術か?
まさか魔術師だったとはね。魔力の変化が感じられなかったから気が付かなかった。
ということは、気配が感じ取れなかったのもその辺りに理由があるということだろうか。それにしても――。
「幻覚の耐性には自信があったんだけどな。これだけ見事に幻覚に嵌ったのは久しぶりかな」
「……貴様は一体いつの時代の幻覚魔術の話をしているんだ? いまどき人間相手に幻覚を掛けるわけがないだろう」
「最近の魔術には疎くてね。もし良かったら種明かしでも……、してくれるわけがないか」
暗殺者が半ば呆れながら話している最中にも、少しずつ周りの環境が変化していく。
時間が経つに連れ水面が上昇していき、遂には腰のあたりにまで到達している。
このままでは水没するのも間もなくだろう。
先ほどの口ぶりからすると、現在の幻覚魔術は対象人物に対して行使するものでは無いようだ。
しかし僕は今現在、間違いなく幻覚の中にいる。ということは、考えられる事と言えば――。
「この場所に対して……か?」
「ほう、察しが良いな。まあ、隠すほどのことでもない。先ほど雑魚どもをけしかけている間に、この周辺を掌握させてもらった」
マスク越しなので表情は分からないが、声を聞く限りは多少なりとも関心をしているように思える。
人を対象として魔術を行使した場合、当然だが抵抗される可能性はその対象によって異なってくる。
例えば僕を例にあげれば、僕個人の耐性と近代魔道具による付与を合わせて、様々な魔術に対しての耐性を上げている。
自慢ではないが最後に幻覚魔術を食らったのはもう数十年前になる。
場所を対象にして幻覚魔術を行った場合、恐らくその魔術の難易度自体はかなり上昇するのだろう。
しかし、それがセオリーになっているということは、それを補って余りあるということだ。つまりその耐性は対人のそれと比べて比較対象にならないくらいに低いということか。
……詠唱隠蔽といい、今回の件といい、百年の間に厄介な進化をしているな。
そんなことを考えていると水面が一気に上昇し、遂には水に飲み込まれてしまった。すでに水面はかなり高い位置に見える。
亜神化と近代錬金術によって、身体能力が劇的に上がってはいるが、それでも呼吸が出来ない以上はそう長くは持たないだろう
これは相当まずい状況だな。
少し慌てて水面に向けて上がろうとするが、身につけている服が水を吸っているせいで、かなり泳ぎづらい。
「貴様、本当に人間か? 生身の人間がこの水圧に耐えられるとは到底思えんが……」
水中でこちらに聞こえるように喋れる方が、よほど人間とは思えないけどな。申し訳ないが、水中で返事するなんて器用な真似は出来ない。
「……水の中では答えられんか。まあ良い俺が直々に殺してやる!」
そう言うなり黒装束を一部脱ぎ捨てると、すごい勢いで水中を自由自在に泳ぎ始めた。……こいつ魚人か!?
上下左右様々な角度から襲いかかってくる暗殺者の攻撃をなんとか躱すことはできているが、少しずつだがかすり始めた。
鋭い爪で攻撃してきているためか、ダガーとは違い幸い毒は無いようだ。
こちらも反撃を試みてはいるが、機動力の差がありすぎてとても当たる気がしない。
……このままでは水面に辿り着く前に息が持たなくなりそうだ。
暗殺者も僕を水面に上げさせまいとしているため、あれからほとんど位置は変わっていない。
しかし予想以上に息が長いせいか、少し焦れてきたのか暗殺者は攻撃を止め、一度上昇し距離を大きく取った。
「まだ動けるとはな。なかなか頑張ったほうだが、こいつは避けられまい。そろそろとどめを刺してやる」
そう言うと弾かれたようにこちらに向かって突撃してきた。速い!?
あれを食らうのはマズい!
全力でもがき身体を捻る。
暗殺者の爪が僕の身体をかすめながら通り抜けると傷跡から血が吹き出す。
あ、危なかった。
暗殺者の方を振り向くと、再び上昇し距離を取りはじめた。このまま当たるまで繰り返すつもりか。
この状態では踏ん張れないから、こちらから力のある一撃を見舞うことが出来ない。かといって、ただ武器を構えていても避けられてしまうだろう。このままではジリ貧だ。
くそっ、何か手はないか……ん?
相変わらず暗殺者の魔力は感じられないが、あたり一面に薄っすらとだが魔力が充満している事に気付いた。
そうか先ほど《掌握》と言ったのはそういう意味か……であれば、こいつが効くかもしれないな。
素早く手元の魔道具を起動する。
するとあたりの景色に一瞬ノイズが走り次の瞬間、甲高い割れるような音が鳴り響き、元の街中へと戻った。
「な! 貴様、何をやった!?」
「充満している魔力をかき混ぜさせてもらったよ。上手く幻覚が消えたみたいだね」
場所に対して幻覚魔術を行使するためには、自身の魔力を辺りに充満させる必要があるということなのだろう。
その魔力をかき乱してやったことで、つながりが切れ幻覚がキャンセルされたというわけだ。
「いい勉強になったよ」
「くそっ、死ね!」
暗殺者は激しく狼狽しながらも、諦めずにそのままの速度でこちらに向かって突っ込んでくる。
「さすがに水の中じゃなければ当たらないよ」
飛び道具があると不味いので、暗殺者から目を離さずにブーツで足場を作り、少しだけ後ろに飛び退く。ついでに消音の魔道具も再び起動する。
必殺の一撃を見舞うつもりだったのだろうが、自由自在に泳いでいた水が無くなった今、暗殺者がこの後、一体どうなるかというと……。
「……生かして捕らえられなかったな」
次の瞬間、激しい衝撃とともに地面に突き刺さる暗殺者。消音しておいたおかげで音はしなかったが、この衝撃は消しようがなかったな。
少し様子を見ていたが、地面に突き刺さった暗殺者はピクリとも動かない。さすがに生きてはいないか。
依頼主のことも聞き出すことは出来なかったな……ああ、そうか依頼主が付けた部下から聞き出せば良いのか。
そう思って周りを見渡すと、部下たちは相変わらず気絶している。
この衝撃は誰かが気づいてしまった可能性が高いな。誰かが来てしまう前に後始末をしないといけないな。
全部隠すのは無理だが、不審者だけ回収して退散するか。




