危機?
ジョゼフに連れられ、馬車に揺られることしばらく。
ふと、馬車の外をみる。……そういえば教会って何処にあるんだ?
しばらく馬車に揺られているが、見たところシェリルさんの屋敷に行くときのような、華美な装飾が施されているような景色にはなっていない。
いや、むしろ少しずつ寂れていっているような。心なしか馬車の揺れもひどくなってきている。
「バーナード様、もう少しで到着しますので今しばらくお待ち下さい」
僕が少し心配そうな顔をしたからだろうか、ジョゼフが落ち着いた様子で声をかけてくる。
「……いえ、馬車の揺れが大きくなってきた気がしたので」
「はい、この地区はバーナード様がお住みの地区とは少々差がございます。教会が建てられている場所は貧困街、とまでは言いませんがもう少し古びておりますゆえ」
「ああ、そういうことですか」
クローツ教の聖職者達は基本的に、富や権力を求めがちな魔術師達とは立場が違う。
信仰を守り、社会的弱者を救済する事を主目的としており、民心の根幹を支えていると言っても過言ではないだろう。
そんなクローツ教の教会が、余り良い関係とはいえない魔術師達の居住区に建てられているはずもなく、必然的に平均的な地区に建てられるということなのだろう。……言われてみれば当たり前の話か。
――程なく馬車が停止したので、改めて外を見ると、少し大きめに開けた場所に大きな建物が目に入る。決して華美ではないが十分に美しい建物だ。
少しの時間眺めていたが、教会を出入りする人もそれなりに多いようだ。
っと、そういえば馬車が止まったということは、ここが目的地で良いということなのだろう。
視線をジョゼフに戻すと、こちらを見ながら静かに微笑んでいた。
「それではバーナード様、そろそろ宜しいでしょうか?」
「ああ、すみません。つい見入ってしまいました」
ジョゼフは僕が教会に多少なりとも興味を持ったことを鑑みて、少し待ってくれていたようだ。
そういえば、会ってすぐのわざとらしい演技は、あれ以降行われていない。
あの時は僕が権力に対してどういう立場をとっているかを確認する意図もあったのだろうか。
……魔道具で嘘がまるわかりだったから何の効果もなかったわけだが。
馬車から降りて見上げると目の前の建物が一層高く見える。
「それではどうぞこちらへ」
ジョゼフに促されるまま教会の扉を抜け中に入る。外観もそうだったが、内部の装飾も同じように華美な印象は受けない。十分に神聖な雰囲気を醸し出している。
……でも、よく考えたらクローツ教が崇めてるのは、あのトンデモ神様なわけで。
さすがにこの神聖な雰囲気とは縁遠いよなぁ。
通された部屋で待つこと数分、ドアがノックされる。
「失礼致します」
声のする方に顔を向けると、修道服に身を包んだ一人の女性が紅茶らしきものを運んできた。のどが渇いていたので調度良いタイミングだ。
紅茶から女性に目を移すと、見覚えのある顔だった。……マリナさんだ。
普段の探索者としての佇まいとは大きく異なるため、つい見入ってしまいマリナさんと目があう。
「なんで貴方がここにいるのよ」
……顔を合わせるなりコレか。なんだか日に日に扱いがひどくなっている気がする。
「何故と言われても、こちらのグレゴワール様に招待されたんですよ」
「そうですよ。マリナ、客人に失礼ですよ。貴方らしくもない」
マリナさんの後ろから男性の声が聞こえてきた。マリナさんが弾かれるように後ろを振り向く。
「グ、グレゴワール様! 失礼いたしました!」
「わかれば良いのですよ。客人の前です、あまり無作法な行動は慎みなさい。しばらく下がっていなさい」
しばらく?
疑問に思っていると、マリナさんが部屋を出て行ってしまった。……結局、紅茶はもらえないのかな。
マリナさんと入れ替わりに一人の壮年の男性が入ってくる。先ほどの会話からすると、この人がグレゴワールか。
流石に座ったままでは失礼に当たるので、席を立つことにする。
「いえ、そのままおすわりください」
グレゴワールは立とうとした僕を手の仕草で制すると、そのまま目の前に座った。
「お待たせいたしました。早速招待に応じていただきありがとうございます。……おや、シェリル様はまだ到着されていないようですね」
……いやいや、到着してたら貴方に報告がいかないわけが無いだろう。となると、シェリルさんが到着する前に何かしらのアクションを起こすつもりなのだろうか?
「まだ来ていませんね」
警戒レベルを引き上げておいたほうが良いか? いや、害するつもりなら招待する必要はないし、馬車での送迎をする必要もない。少なくとも敵意は無いと考えても良いだろう。
「そんなに警戒しないでください。シェリル様はじきに到着されます」
顔に出てしまっていたかな、こういう立場の人は読むのが上手いから、気にするだけ無駄か。
「であれば中途半端な虚偽は混ぜないでいただけると助かります」
「これは手厳しいですな」
「それで、一足早くこちらに来た理由を聞かせていただいても宜しいですか」
「単純に友好を深めたいと思っているだけですよ。……先日の近代錬金術の復活劇はお見事でした。あれには我々としても胸のすく思いでした」
「あれはシェリル様の功績ですよ」
国王まで支援者として取り込んでいるわけだしね。あれはシェリルさんが長い時間を費やした根回しが実を結んだ結果だと思っている。僕の知識は切っ掛けにすぎない。
「いえいえ、ご謙遜なさらずに。ご活躍のほどシェリル様からお聞きしておりますよ。……ところで、バーナード様は今お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」
え、もしかしてそっち系の人!?
ふとグレゴワールの右耳を見ると、そこにはピアスが付けられていた。……マジか。
以前セオドールに聞いたことがある。右耳にピアスをつけている男性はそちらの趣味の人間だと。
シェリルさんが来る前に接触してきたのは、もしかして……、これははっきりと否定しておくべきだろう。
「いえ、いませんが、……僕はそちらの趣味はありませんよ?」
「研究に全てを捧げているということでしょうか? 何やら勘違いをされているようにも聞こえますが?」
「勘違いはしていないと思いますが」
「――そうですか、残念です」
そう言いながら、グレゴワールは少々落胆したような表情を見せる。
……僕は残念では無いですよ。
――不意にドアがノックされた。誰でも良い。早くこの状況を変えてくれ。
「グレゴワール様、シェリル様がお見えになりました」
「わかりました、こちらへ通してください」
――程なくして、シェリルさんが部屋に連れられてきた。
それに合わせてグレゴワールも席を立ったので、僕もそれに習うことにする。
「グレゴワール司祭、久しぶりね。あら、バーナード君、約束の時間にはまだ早いけどもう来てたのね。急にごめんなさいね」
約束の時間? ふと、グレゴワールに視線を向けると、何くわぬ顔をしてとぼけている。シェリルさんのいない機会を演出したのか。
「いえ、今日は特に予定も無かったので問題はありませんよ。それに僕に関係があるお話のようですしね」
「そうね、私としては今回の件は反対なのだけれど、事が事だから当事者の意見を聞くべきだと思ったの」
ん、話が見えてこないな。
「すみません。いまいち話が要領を得ないのですが? 一体何の話ですか?」
「何の話って、まだ聞いてないの? まあ、いいわ。こちらのグレゴワール司祭からバーナード君にお見合いの話が来てるのよ」
……おいおい、シェリルさんや。貴方まで一体何を言ってるんだ。
マリナの伏線の回収を始めましたが、実はどういう流れになるかまだ決めていなかったりします。




