ジークとエリーシャ
食事も終わり、ソファーに座ってゆっくりしていると、アリスが紅茶を持ってきてくれた。仄かな香りが届いてくる。うん、良い匂いだ。
「あれ、今日はいつもと違う葉を使った?」
「はい、今までの茶葉が切れてしまっていたので、今日新しい茶葉を買いに行ったんですが、店主から珍しい茶葉が入荷した事を教えていただけましたので、奮発して買ってみました。お味はいかがでしょうか?」
どおりでいつもの茶葉よりも深みがある香りがするわけだ。
「いつものより断然に美味しいよ。再入荷したらまた是非購入したいね」
「かしこまりました」
奮発した紅茶が褒められたことが嬉しいのか、アリスは満面の笑みで返事をしてくれた。
……それにしてもあの店の店主は、僕が買いに行った時はとても無愛想だった記憶があるんだが、アリスが行くときは対応が違うのだろうか?
僕が買いに行っても貴重な茶葉の情報などもらえる気がしない。
ざまあみろ、飲んでやったぞ。
美味しい紅茶を飲み終わったら、ジーク達と通信を繋いで、明日の予定を確認しようかな。――とか思っていたら向こうから連絡があった。むぅ、もう少しだけゆっくりしたかった。……まあ、仕方がないか。
「アリス、ジークたちから連絡が来たから繋ぐね」
そう言いながらモノクルを操作して通信を繋ぐ。アリスに視線を向けると、既に真面目な顔に戻っており、ティーカップもテーブルに戻していた。
「もしもし、ジークだ。今大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だよ。明日の確認の件かな?」
「おう、話が早えな。明日は広場でブリジットの露店前に集合でいいんだよな?」
通信機での通話も慣れたものだ。初めて通信機を使った時には、相手が見えない会話に違和感があったらしく、まともに会話に成らなかったが、すでにきちんと使いこなしている。
「バーナード、聞いてんのか?」
「……ああ、すまない。ちゃんと通信機を使いこなせているなぁと思ってね」
「流石にこれだけ使ってりゃな。最初の《もしもし》だけはどうにも慣れねぇけどよ、あれは必要なのか?」
「それは僕もよくわからないかな。最初に通信機作った奴が《様式美だ》って言ってたけど」
セオドールの奴、これだけは譲れないとか言ってたけど、何か思い入れでもあったのかな?
「まあ、それは良いや。ところでエリーシャは? さっきから声がしないけど」
「私もいるわよ。話に入るタイミングがなかなか掴めないのよ。アリスちゃんは?」
「私もいますよ」
「それじゃあ全員揃っているみたいだから明日からの予定を確認しようか、まずは――」
「――と、これくらいかな。それじゃあ明日の朝、ブリジットの露店前に集合ってことで」
「わかったぜ。それじゃあ、また明日な」
話が終わったので通信を切断する。
やはり通信機を渡しておいたのは正解だったな。
通信機がないと、必要が無くても定期的に打ち合わせの為に集合する必要があるからね。
貧困街は天獄塔を挟んで反対側にあるし、少し離れているから時間がかかる為、どちらかに集まるわけにもいかないし。
ちなみにジークは現在、貧困街の近くに住んでいる。そしてエリーシャはというと、今はジークと《同じ家》に住んでいる。そう、《同じ宿》ではなく《同じ家》だ。
驚く無かれ、近代錬金術復活宣言前の一ヶ月、そしてあれからわずか一ヶ月の合わせて二ヶ月という短い期間にもかかわらず、エリーシャは見事結果を出してみせたのだ。
エリーシャのアタックに、初めはジークも戸惑っていたが、探索により苦楽を共にする時間が、二人を上手く結びつけたようだ。
もしも二人が結婚することになったら、エリーシャが姉さん女房になるわけだが、かなりの年の差婚ということになる……もちろん年齢は聞けないけど。
さて、そんな二人がなぜ貧困街の近くに住んでいるかというと、もちろんジークの目標のためである。
この豊かに見える異界都市アミルトにも貧困街は存在している。街の成り立ちからして、探索者が主な労働階級として存在している事もその理由の一端ではある。
この街に根付き家庭を持ち、子を成した探索者も相当数いるのだが、その探索者が異界探索中に命を落とした場合、残された家族はどうなるか?
つまり貧困街はそういった経緯が長年かけて積み重なり、ゆるやかに形成されたものとなる。
当然の事ながら孤児も存在する。そんな孤児をジークが養える人数引き取って孤児院を営み始めたというわけである。
まだ始めたばかりで規模は小さいものだが、これから少しずつ拡大していくのだと、二人共張り切っている。
優秀な探索者が二人いるおかげもあって、金銭的な支援も少しずつ集まってはいるようだ。
意外なことに探索者からの支援もあった。よくよく考えたら、彼らにとっても決して他人事ではないからなのかもしれない。
探索者をしていれば、いつ誰に不慮の事故が起きるとも限らないか……。
多少は支援が増えたものの、やはりジークとエリーシャの二人が異界探索で稼ぐ必要があるため、どうしても二人が不在時の人手は必要となる。
その為、ジークの孤児院には新たに錬成したホムンクルス、エステルに住みこみで働いてもらっている。
シェリルさんのお手伝いのサポートに二人、ジーク達の孤児院をサポートするために一人、合わせて三人のホムンクルスを造った事もあって、現在の眷属効果も相当なものになった。
もちろん身体能力の向上もそうなのだが、徹夜回数が増えたのも地味に助かっている。
問題があるとすれば、睡眠回数は減ったがその睡眠の一回一回が非常に辛さを増していることだろうか。
ここまで悪化する所をみると、当初思っていた睡眠環境の変化だけではなく、単純に亜神のデメリットなのかもしれない。
……クローツはその辺りの説明を全くしてくれなかったのだが、クローツの眷属は古くから圧倒的な数であったことを考えると、単純に覚えていない可能性も十分考えられる。
このあたりは実体験に基づき推測することしか出来ないか……。
翌日、アリス、ブリジットと一緒に家を出て、大通りを天獄塔に向かって歩いていたのだが、ふと気になって、立ち止まり辺りを見渡す。
よく見ると備え付けてある街灯が古典魔道具から近代魔道具に変わっている。これは先日入れ替え作業をしているのを見かけたので知っている。……が。
少しずつだが、街中の古典魔道具は着実に入れ替えが進んでいた。
――セオドール、近代錬金術がある景色が戻ってきてるよ。
「お兄ちゃん、どうしたの? 朝から涙流して……どこか痛いの?」
ブリジットが僕の様子に気付いたのか、少し心配そうな顔をしながら、僕の顔を覗き込み声をかけてきた。
「……いや、ちょっと昔を思い出してね」
昔って言っても、僕の感覚では数ヶ月前なので少々不思議な感覚ではある。
「バーナード様、集合時間まではまだ少し時間がありますのでゆっくり歩きますか?」
ブリジットに続いてアリスも心配そうな顔をしている。……悪い話でも無いのに、あまり心配させてもいけないので、涙を拭って笑顔を作る。
「ありがとう、大丈夫だよ。……それよりもちょっと食べ物でも買って行こうか」
「はいはーい、賛成!」
「くす、ブリジット、一人分ですよ」
アリスはブリジットのわかりやすい反応に苦笑いをしつつも、僕が気を使っていることに気付いてか話に乗ってくれたので、途中で肉串を購入して、食べながら天獄塔へ向かうことにした。
――ブリジット、その量は一人分じゃないぞ。




