マリナの事情
マリナさんは一人で異界を探索しているのだろうか? 周りを見渡すと、チラホラと探索者達が彷徨いているが、マリナさんに同行者はいないように見える。
「ん、貴方は……トライアルぶりね。もう第二層も越えちゃったんだって? 結構噂になっているわよ」
マリナさんのことを不思議そうな顔をして見ていたせいだろうか、向こうももこちらに気がついたようで、明るい様子で声をかけてきた。
「……どうも、きっと運が良かったんですよ。お陰様で無事探索者としてやっていけていますよ」
「そんなに謙遜しなくても良いんじゃないかしら。それは間違いなく貴方達の実力よ」
マリナさんは僕と話しながら、ふと周りを見渡してから話を続けた。
「そういえば貴方と会ったのはこの辺りだったわね」
「いえ、初めてお会いしたのはトライアルの時ですよ? どなたかと勘違いしていませんか?」
「……引っかからないのね、まあ良いわ貴方にも事情はあるのだろうし、深く追求するのはやめておくわ。きちんと探索者にもなったわけだしね」
そう言うと、マリナさんは肩をすくめる。そんな簡単には引っかかりませんよ。
「これから異界探索ですか? 随分早い時間に出発するんですね」
「いつもこれくらいの時間だから気にしていないわ」
僕と違って早起きは得意なようだ。でも、何故一人きりなんだろうか?
「ところで、マリナさんはソロで探索を続けているんですか? 異界は何が起こるかわかりませんから、複数人で探索したほうが安全ですよ」
わりと自然な会話だったと思うのだが、僕がその言葉を発したことで急に雰囲気が変わった。
マリナさんはうつむき拳を握りしめて、身体を震わせている。
「――じゃない」
「え?」
「貴方には関係ないじゃない! 何よ、哀れみのつもり?」
……僕の言葉がマリナさんの癇に障ってしまったのか、僕を睨みつけながら声を荒らげる。
「……あ、いえ、決して哀れみとかそういうわけでは無くてですね。……急にどうしたんですか?」
「パーティーを組めるならとっくに組んでるわよ! でも、私に近づいてくるバカなんているわけないじゃない! 貴方ももう金輪際話し掛けないで!」
マリナさんはそう言い捨てると、僕との話をやめて塔に向かって歩き出してしまった。
「な、なんでそうなるんですか!? ちょ、ちょっと待って下さい」
慌ててマリナさんに声をかけ直すが、結局こちらを一度も振り返ること無く、そのまま塔に入っていってしまった。
僕はあまりに急な変化に呆然とその姿を見送ることしか出来なかった――。
先に話しかけてきたのはマリナさんじゃないか……。
「おお、バーナードじゃねぇか。こんな朝っぱらからどうしたんだ?」
少しの間、その場に立ち尽くしていたわけだが、後ろから聞き覚えのある声が掛けられた。
掛けられた声に振り向くと、そこにはダニスさん達が立っていた。
荷物や装備を見たところ、これから探索だろうか? 先ほどのマリナさんとは対照的に、こちらは随分と賑やかに映る。
「ああ、皆さんお早うございます。……いえ、つい今しがたマリナさんという女性と会いましてね。一人きりで異界探索をしているみたいだったので、パーティーを組めるなら組んだほうが良いですよ的な話をしたら怒らせてしまったようで」
「あー、マリナがあのマリナのことなら、そのセリフじゃあ完全に踏み抜いちまったな」
ダニスさんが、やっちまったなぁ的な反応をしている所をみると、結構派手にやらかしてしまったのかもしれない。
しかし初対面の時はセオドールの事を話している時も、特に怒っているような素振りは見せなかったのだが……、僕を魔術師《様》と勘違いしたからだろうか? 今日の反応を見る限りでは、あの時も内心では相当キレかけてたのかもしれないな。
……事情を知らないにしても、マリナさんには悪いことしちゃったなぁ。次に会った時にきちんと謝っておいたほうがいいかな。
それにしても、あれだけの激しい反応をする事情って一体何だろうか?
「……えっと、《あの》とはいったい? もしかして、マリナさんは何か特殊な事情をお持ちなのでしょうか?」
「ん、ああ、バーナードはこの街に来て日が浅いから知らなくても無理は無いか……」
ダニスさんは少し考える仕草をした後、口を開いた。
「……まあ、この街で暮らしていくなら、いずれ嫌でも耳にするだろうから今言っても構わねぇか」
「そんなに有名な事なんですか?」
「おう、かなり有名な話だぜ。聞いて驚け、マリナは錬金術師セオドールの子孫だ」
その名前を聞いた瞬間に、僕の中で一瞬時間が止まったように感じた。まさかダニスさんの口からセオドールの名を聞くことになるとは夢にも思わなかった。
確かに、セオドールには奥さんもいたし子供もいた事は覚えている。しかし――。
「なぜセオドールの子孫がいるんですか?」
「おお、良い反応だねぇ。でも、子孫のことも知らねぇのか? いや、王都や副都ならともかく地方までは伝わってなくても無理はねぇか」
セオドールは大量殺戮の冤罪で処刑されたはずだ。そんな大きな罪ならば彼の一族ごと処刑されていなければおかしい。
しかしダニスさんの口ぶりからすると、何か特殊な事情で処刑を免れたことになる。
「百年くらい前、セオドールが王都で処刑された翌日、その家族も処刑されることになってたらしいんだが……、突然神託が降りたそうだ」
「……神……託?」
「ああ、それも最高神クローツ様の神託が突然降りたことで、セオドールの家族は神殿勢力の保護化に置かれることになり、結果として処刑を免れることになったってわけだ。流石に国王の決定でも最高神の神託には敵わなかったってことだな」
クローツが神託を? ……一体どういうつもりなんだ。いや、今は素直に感謝をしておくべきだろう。セオドールには会えなかったが、その子孫には会うことが出来たわけだからな。
国王が神託に逆らうことが出来ないことは僕も知っている。何と言っても神託に逆らうと天災が起こるからな。過去には神託に逆らった国が滅亡した話も伝説に残っているくらいだ。
「……ということは、マリナさんが異界を探索するのも、その神託が関係しているということなんでしょうか?」
「神託の内容は公開されていないから解らねぇが、恐らくはそうだろうと言われているな」
「そ、そうですか」
確かに処刑が無くなる程に重要な神託であれば、必要以上に公開されることは無いか。
「まあ、そんな曰くつきだからパーティーを組んでくれるような奇特な奴がいねぇってわけだ」
神託が降りたこと、マリナさんが天獄塔の異界を探索していること、そしてこの時代……か、これはかなりの確率で僕も関わっていそうだな。
とはいえ、神託の内容がわからない以上は、あまり過剰に反応するわけにもいかないか。
「なるほど、そんな事情があったんですね。次に会った時にでも謝ったほうが良さそうですね」
「いや、放っておけばいいと思うぜ。あいつはピリピリし過ぎなんだよ」
ダニスさんは少し呆れた様子で塔の入り口を見ながら言った。
いや、個人的には今回のことはきちんと謝っておきたい。何よりセオドールの子孫なのであれば友好な関係は築いておきたい。
「ダニスさんありがとうございました。お陰で色々と事情を知ることが出来ました。このお礼はまた近いうちにさせていただきますね」
「いやいや気にすんな、これくらい大したことはねぇよ。最初にも言ったが、この街では有名な話だからな。こんな話で謝礼は貰えねぇよ」
ダニスさんのお陰で非常に価値のある情報を得られたと思う、きちんと感謝をしたいところだが軽く断られてしまった。
「さて、俺達はこれから異界探索だから、そろそろ失礼するぜ」
「はい、お気をつけて」
「こないだみてぇなドジは踏まねぇよ。なあニコラス?」
「はは、言うと思ったよ。まったく、しばらくはネタにされそうだな」
周りのパーティーメンバーも大きな声で笑っているが、ニコラスさんは苦笑いを隠しもせずに、でもどこか嬉しそうだった。




