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シェリルと錬成粉

「それじゃあ、まずは魔力を一定の波長で流す練習をしましょうか」


「魔力操作には自信があるけど、波長って言われるとよくわからないわ。波のように揺らすのかしら?」


 シェリルさんは波長という概念があまりわからないようだ。まあ、見えない物を理解しろというのも無理があるのはよくわかっている。


 可視化できる魔道具も手元には無いので、音や光の波を例に出してもきっと理解は出来ないだろう。 こういう時はやっぱりあれかな。


「シェリルさん手を出してください。これからシェリルさんに魔力をある一定の波長で流しますので、それを身体の中で感じてください」


「そんな、中で感じろだなんて……エッチなんだから」


「……やる気が無いなら帰――」


「あーうそうそ、全力でガンバリマス」


 だから、てへぺろとかやっても無駄ですよ。

 シェリルさんの下ネタをバッサリと切り捨てて、魔力を身体の中に流し込むことにする。まずはゆっくりと流し始める。


「んっ……、な、なんだか変な感触ね。この感触が必要というわけね」


「そうですね、最終的には七種類強の波長を扱ってもらうことになります」




「――わかった!」


 それからしばらくの間、シェリルさんの体内に魔力を流し続けていたのだが、何かを掴んだのか突然大きな声を上げた。急に大きな声を出すものだから一瞬心臓が止まるかと思った。


「ちょ、急に大きな声を出さないでくださいよ。心臓がとまるかと思った……」


「あ、ごめん。何か掴めた気がしたのよ。それより早く試したいんだけどどうすればいいの?」


「それじゃあ、第一工程の準備をしますね。少しだけ待っていてください。準備している間、自分の中で練習していてください」


 シェリルさんが目をつぶって練習に入ったのを確認し、机の上の錬金釜に蒸留水を入れて火にかける。




「準備ができたので、釜の中にこの月虹花の花びらを擦り潰した物を投入してください。その後はゆっくりとかき混ぜながら魔力を流し始めます」


「わかったわ。擦り潰すのは魔術を使ってもいいの?」


「はい、構いませんよ。手で擦り潰していたら馬鹿みたいに時間がかかりますから。普段は魔道具で擦り潰すんですが、今回は最初という事でシェリルさんが擦り潰してください」


 シェリルさんは僕の指示に頷くと、魔術で花びらを擦り潰しながら釜の中に投入し始めた。

 流石は魔術師だな、あっという間に必要な量を擦り潰し終えてしまった。


 さて、ここからが本番になるわけだが……、シェリルさんは額にうっすらと汗を滲ませながらも、特に躓くこと無く、順調に魔力を流し続けている。




「それじゃあ、色が変わってきたので次の工程に進みましょうか」


 錬金釜の中は、血のように真っ赤な液体で満たされている。これが赤の要素を取り出した結果となる。


「次は乾燥ね。これも魔術で一気に乾燥させて良いのかしら?」


「いや、乾燥の工程は一気に乾燥させてしまうと品質が悪くなってしまう事があるので、魔術で補助するにしても、ゆっくり火を通して乾燥させた方が質の良い錬成粉が出来上がります」


 乾燥用の釜を火にかけてから錬金釜の液体を少しすくって移し替える。乾燥釜に投入された液体が少しずつ蒸発し、赤色の粉が釜の中に残る。


「……これが初期段階の錬成粉ね。ちょっとテンション上がってきたかも」


 テンション上がっても乾燥時間は変わったりしないぞ。まあ、水をさすのも何なので聞かなかったことにするか。


「どうしますか? このまま次の工程もやってしまいますか?」


「え、良いの!? 私はぜんぜん大丈夫だけど、バーナード君は大丈夫?」


「明日は探索の予定もありませんから別に構いませんよ。僕としても途中でお預けするのも忍びないので」


 今回を逃すとまた次の予定が組みにくいから、できることはなるべく、できるうちに終わらせておくに限る。

 折角シェリルさんもその気になっていることだし、早めに錬成粉の錬成方法は伝えておくべきだろう。




 工程を繰り返すこと八回、ようやく錬成粉が完成した。七回では綺麗な白色にならなかったので、足りない要素を八回目の工程で足したのだ。


「おめでとうございます。これで錬成粉の完成ですね。今日からシェリルさんは近代錬金術の世界に足を踏み入れることが出来ました」


「……感慨深いわね。父の悲願だった近代錬金術の普及に向けた第一歩を踏み出すことが出来たわ」


 ふと見るとシェリルさんの目には涙が溜まっていた。今にも泣き出しそうな勢いだ。……まあ、これまでは手がかりすら無かったものが、この数日で一気に前に進んだのだ。それも仕方がないことではあるか。


「できればこの工程は何度か練習して、一人で確実に錬成が可能なレベルまで持って行ってください」


「この錬成粉の錬成はもう二度と失伝させてはいけないもの。いずれは後任を育てて伝えていかないとね」


「そうですね、あとは次回から近代錬金術の講習に入りますから、シェリルさんが使う分の錬成粉は多めに用意しておきたいですからね」


 僕の言葉でシェリルさんは首をかしげた。


「私の分だけ? 別にバーナードくんの分も私が錬成しても良いのよ?」


「僕の分は気にしないでも大丈夫ですよ。まだストックはありますし、足りなくなったら作りますから」


 そう言いながらアイテムポーチから一つの近代魔道具を取り出す。


「……なんだか嫌な予感がするんだけど、それってもしかしてもしかするのかしら?」


「多分シェリルさんの予感は当たっていますよ。これは錬成粉を大量生産するための近代魔道具です。普段からあんな面倒な事はやってられませんからね」


 あれ、シェリルさんが落ち込んだ。


「……私の努力は何だったのかしら」


「あれは今後失伝しないために初期工程から全部覚えて貰う必要がありましたから」


「そ、そうよね。意味はあった……そうよね?」


 ……実は僕も初めてセオドールに錬成粉の事を教えてもらった時に同じことをされていたりする。

 あの時は感謝もしたが、アイツをぶん殴ってやろうかとも思ったのは懐かしい思い出である。




 その後は、少し今後の打ち合わせをしてからシェリルさんの屋敷を後にしたのだが、馬車で送ってくれるという申し出を断って、夜道をゆっくり歩いて帰ることにした。


 ふと、見上げると綺麗な星空が広がっていた。……百年の月日が経っても星空はあの時代と何も変わらないんだな。


 ――折角の綺麗な星空が滲んできた。

 いけないな、シェリルさんに説明している時に何度もセオドール達との事を思い出してしまったせいか、少し感傷的になってしまっているようだ。


 目を拭いながら歩き続ける。


 馬車を断って良かったな、危うく目を真っ赤にして宿に戻らなければいけないところだった。


 なんだか無性に塔を見たくなってしまったので、少し遠回りをして帰ることにした。




 しばらく歩いて広場に到着した。

 流石にこの時間は広場にいる人も少ないな、夜から探索を始める探索者は余りいないから当然といえば当然か。

 まだ目も赤いだろうから、人は少ないに越したことはない。


 広場の片隅に座って塔を眺める。とても建築してから百年以上の月日が経っているようには全く見えない。

 かなり気合を入れて作ったので当然のことなのだが、お陰で当時のことを思い出しやすいかな。




 ――どれだけの時間、塔を眺めていただろうか。ふと気が付くとすでに空が白んできていた。

 そろそろ帰らないといけないな。アリス達も心配してしまっているかもしれない。


 宿に帰ろうとして立ち上がり、服についた汚れを払って広場の出口を向くと、見覚えのある女性が目についた。

 その女性は重そうな荷物を抱え、一人で塔の入り口に向かって歩いている。


 ……あれは、マリナさんだ。


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