天獄塔・第二層(五)
先ほどの魔物たちが何故こちらに近づいて来なかったのか、その原因は歩き始めて少し経った辺りで判明することとなった。
「……すげぇ臭ぇな。我慢できねぇ程じゃねぇが、あまり長居したいとは思えねぇ」
「これは……、腐臭ですね」
「ちょっと……、厳しいかも。これは今にも倒れそうだわ」
「さっきの辺りがシャドウ・エッジ。グレムリン達にとって、臭いが届かないギリギリの距離だったんだろうね。エリーシャはこいつを身に付ければ大丈夫だと思うよ」
アイテムポーチの中から、アミュレットを取り出してエリーシャに渡すことにした。
「このアミュレットを身に付ければ良いのね……。――本当ね、全然臭いが気にならなくなったわ。バーナード君ありがとう」
「そのアミュレットは一つしかねぇのか?」
「ごめん。これは一つだけしか無いんだ。今度、折を見て全員分作っておくよ」
このアミュレットはエリクサーを飲んだ時に即席で作ったものなので、ひとつしか用意していない。手持ちの素材では作れないので、作るなら一回戻る必要があるが、今回は我慢できないほどでは無いので、わざわざ出直すくらいなら我慢して先に進んでしまった方が良いだろう。
しかしこの臭いが充満しているとなれば、この辺りに出没する魔物も自然と絞れてくることになる。
そんなことを考えていると、やはりというか何というか、視界の先で人の形をした物体が地面からボコボコと湧き出てくる。
出現した魔物は、ゾンビらしき魔物が十体とスケルトンらしき魔物が八体。
ゾンビらしき魔物は同然ながら、体のあちこちが腐っているせいで肉が削げ落ちており、中々グロテスクな見た目をしている。主に臭いの元を作っているのはこいつだろう。名前は《ドレイン・グール》、つまりは生気を吸いとるということだろうか?
そしてスケルトンらしき魔物は、ただの骨だけで構成されているわけではなく、その体にはそれぞれの個体がお揃いの金属の鎧を纏っており、その両手には剣と盾をもっている。動きは割りと速く、身のこなしも軽やかそうに見てとれる。名前は《スケルトン・ナイト》。
「やっぱり、アンデッドか……、今まであまり遭遇したことは無いな。何年ぶりだろう? 久し振りに遭遇したな」
「バーナードでも、そんなに遭遇経験はないもんか?」
「それは当たり前だよ、僕をなんだと思ってるのさ。そもそもアンデッドに遭遇しやすい場所に、用事なんか出来たことなんてほとんどないよ」
「それでも少しはあるわけね。でも、確かにそういわれてみればそうね」
一般的にアンデッドといえば墓や古戦場など、人の死が積み重なる場所に発生しやすいという事が判っている。流石の僕も世界を旅したとはいっても、そんな場所に好き好んで近づくような特殊な趣味を持ち合わせてはいないのだ。
「そんなことより、さっさと片付けて先に進むよ。臭くて鼻が曲がりそうだ」
「そうですね、でも手持ちの武器ではアンデッドに有効なダメージを与えることは難しくないでしょうか?」
アリスが僕の意見に賛同しつつも、皆の武器を見ながら難しい顔をしている。
「……そんなもん、ぶった切っていやれば良いんじゃねぇのか?」
「それは無理ね。アンデッドは不死の存在なのよ。銀武器か、聖属性の魔術じゃないと有効なダメージは与えられなかった。一応、風の精霊魔術も戦えないことは無いと思うけど……、効果は薄いから止めを刺すのは難しいわね」
ジークの意見をエリーシャが一刀両断する。確かに動けないくらいまで破壊すれば、止めはさせなくてもこの場から逃げることくらいは可能だ。
しかし、ここが異界である以上は、この先のガーディアンもアンデッドである可能性が非常に高い。
つまりここから逃げることはできても、ガーディアンを倒せなければ先に進めないので、どうにもしようがない。
「ああ、そのことなんだけど錬成で強化した聖水があるからなんとかなると思うよ。普通の聖水では難しいと思うけど、強化聖水を武器にかけてやればアンデッドに有効なダメージを与えられるからね」
アイテムポーチから強化聖水を人数分取り出して皆に配る。そして月詠に強化聖水をかけると刀身がうっすら白い光を放ち始める。
皆も僕に習って各々の武器に強化聖水をかけると、うっすらと白く光る刀身を見て、少しだけ感嘆の声を出していた。
「よし、んじゃあ行くぜ。エリーシャ!」
「了解、風よ力を貸して。エンチャント・ウエポン!」
エリーシャは強化聖水に追加して風の魔力を皆の武器に纏わせた。強化聖水に比べると、有効ではないが牽制くらいにはなるだろう。
ジークが武器を振りかぶり剣閃を飛ばすと、動きの速いスケルトン・ナイト達が盾を構えて、受け止めたため初撃は魔物の身体には届かなかったようだ。
しかし、スケルトン・ナイト達が足を止めたことで、アリスとエリーシャが狙いやすくなったようだ。二人が飛ばした剣閃がスケルトン・ナイトの足を切り裂き、スケルトン・ナイトはその場に倒れこむ。
皆上手いな、これならばもしもスケルトン・ナイトが熟達した剣裁きを持っていたとしても、止めを刺すのは容易だろう。皆の後ろに続き、倒れたスケルトン・ナイト達に止めをさしてまわる。
強化聖水をかけた刀身で身体を斬ると、スケルトン・ナイトは、その傷口から白い煙を上げながら苦しそうにのたうち回る。
流石に聖属性のダメージは再生することができないようだ。数回斬りつけると赤く光っていた目の光を失いその動きを止めた。
さて、残るはドレイン・グールだが……。皆が剣閃を飛ばすのを見ると、その手のひらをこちらに向け立ち止まる。すると、なんと剣閃のエネルギーがドレイン・グール達の手のひらに吸収されてしまった。
ドレインって風の魔力も吸収してしまうのか……。仕方がない、こいつらは近づいて戦うしか無いか。
「エリーシャは弓矢に切り替えて! ジークとアリスは奴らのドレインに気をつけて!」
強化聖水を追加でエリーシャに渡してから、ドレイン・グールとの接近戦に切り替える。僕は月詠のリーチを活かしながら、ドレイン・グールを一体ずつ仕留めていく。
動きの遅いアンデッドでは流石に勝負にもならないか。エリーシャは弓矢で分断するように射掛け、アリスとジークも一体ずつ対面できるように位置取りをしながら、確実に数を減らしていった。
「……特に問題なく終わったのは良いんだけど、ドレイン・グールの臭いが身体についちゃったね」
ドレイン・グールと戦ったせいで、その体液が少し付着してしまったのだろう。先ほどまでよりもさらに厳しい臭いが、エリーシャ以外の面々のメンタルを削り続けていた。
「うーん、流石に我慢できないから、頭から強化聖水をかぶってみよう」
試しに自分の頭から強化聖水をかけてみると、付着した腐肉や体液が、白い煙を上げながら浄化されていく。すると、多少は臭いは残るものの先程までに比べれば、その臭いは格段に改善されることがわかった。
僕の様子を見て、皆も同じように強化聖水をかぶったおかげで、その表情は幾分か和らいだように思える。
これなら割りと……、あーそんなに甘くないか……。
僕達の視界の先では、次々と地面からアンデッドが湧き出ている様を見ることができた。
「マジかよ、五十体以上はいねぇか?」
「あー、うん。それくらいはいそうだね」
「これは不味いわね。流石に一回引いて、出なおした方が良いんじゃないかしら。あの数は流石に対策を練らないと厳しいわよ」
「そうですね。私も同感です」
皆、流石にあの数は無理だろうという結論に達したようだ。でも、近代魔道具の力を甘く見てもらっちゃ困るな。
アイテムポーチから一本の矢を取り出しながら皆の心配を否定するように宣言をする。
「いや、こいつを使って全部倒して先に進もう」




