生贄
強壮万能薬をニコラスさんに飲ませてから約三十分が経過した。
意識も先ほど回復したため今は大事を取って休んでもらっているというわけだ。
ニコラスさんの容態はすぐに良くなったのだが、消耗がかなり激しかったようで、すぐには動けないだろうと思われる。
「……君が僕を治療してくれたのかい? 僕は何かの呪いにかかっていたはずなんだが」
「ニコラスさんと呼ばせてもらいますね。ニコラスさんは《晶石化》の呪いにかかっていました。解呪を行ったのはそちらに座っている魔術師のシェリルさんです」
「無事に解呪できてよかったわ」
「ああ、貴方が解呪を行ってくださったんですね! 本当にありがとうございます!」
ニコラスさんは目に大粒の涙を浮かべながら、シェリルさんに何度も頭を下げ感謝をしていた。
……一時はどうなることかと思ったけど、間に合ってよかった。
ダニスさんも喜ぶことだろう。あ、そうだった。
「先ほどダニスさんに使いを出したので、もうじきここに来ると思います。ニコラスさんのことをもの凄く心配されていましたよ」
「……そうだなダニス達には迷惑を掛けてしまった。不甲斐ない自分が情けないよ」
そう言いながらニコラスさんは少しバツが悪そうにしながらも、嬉しそうな表情をしていた。
すると間もなく部屋の外から慌ただしく走ってくる音が聞こえてくる。ダニスさんかな?
すごい勢いでドアが開けられると同時に、ダニスさんを含む数人の探索者が部屋に飛び込んできた。
よほど心配していたのだろう、皆が一様に慌ただしく我先にとニコラスさんに駆け寄り抱きしめる。
再会の喜びを噛みしめるように互いに声を掛け合うため、部屋の中は一気に賑やかになってしまった。
ふと、ダニスさんが僕達の存在を思い出したのかこちらを振り向くと、これまた勢い良く駆け寄ってくるなり僕の両手を握り、喜びのまま上下に振り回す。
「兄ちゃん、ありがとう! 今ニコラスが生きていられるのも全部兄ちゃんのおかげだぜ!」
「痛いっ痛いっ、手が痛いです。落ち着いてください! それに解呪したのはそちらの魔術師のシェリルさんですから、感謝であれば彼女に伝えてください」
僕の言葉を聞いたダニスさんは勢い良くシェリルさんの方を向くと、そのまま駆け……寄らなかった。あれ?
一方シェリルさんはといえば、勢い良く突っ込んでくることを予想したのか、目をつぶり身構えた状態のまま石のように固まっていた。
「シェリルさん、ありがとうございました。……やはり魔術というものは凄いものなのですね。先ほどの魔術師に諦めろと言われた時にはどうなることかと思いましたが、貴方のような素晴らしい方もおられるのですね」
……誰だアンタは、ダニスさんのそんな言葉遣い初めて聞いたぞ……。
シェリルさんも身構えてはいたものの、ダニスさんが一向に突っ込んでこないため、片目を薄めで開け状況を確認するとコホンと咳払いを一つ、姿勢を正しダニスさんと向き合った。
「今回は本当に運が良かったですね。そこにいるバーナード君が私を呼ぶのがもう少し遅ければ助からなかったかもしれません」
「確かにそうですね、そちらの彼にも感謝しなければなりません」
だから誰だアンタは……。そういう言葉遣いができるなら普段からそうすれば良いのに……。
「それと、できることならば解呪を断った魔術師の事も許してあげてください。本来は解呪の魔術をわからないまま使うべきでは無いのですから」
シェリルさんは申し訳無さそうに頭を下げながら、先ほどの魔術師のフォローをしはじめた。
確かに僕自身も《晶石化》の根拠を示すことができなかったので、余り強いことは言えない。
ダニスさん達もシェリルさんの言わんとしていることは理解できたようで、慌ててシェリルさんの頭を上げさせると、皆がシェリルさんにお礼を言い部屋の中は穏やかな空気が流れ始めた。
「バーナードありがとう。これはもう兄ちゃんとか言えねぇな」
「はは、呼び方はお任せしますよ。それより本当に良かったですね。なんとか間に合ってホッとしていますよ」
ダニスさんは改めて僕にお礼の言葉を告げると、再びニコラスさんの元に戻っていき談笑を始めた。
さてと、無事に引きあわせたことだし、そろそろ帰ろうかな。
「それでは僕はそろそろお暇させていただきますね」
「え、私は!?」
ダニスさん達の様子を微笑ましい顔をして眺めていたシェリルさんが、僕の帰る宣言を聞き、慌てて僕の方を振り向く。
「うん、今回の最大功労者が帰るわけにいかないでしょう。ダニスさん達もシェリルさんにもっとお礼したいでしょうしね」
「そうですね、貴方にはいくらお礼を言っても言い足りないくらいですよ」
すまんね、シェリルさん。僕はまだ余り目立つわけにはいかないのですよ。
ここは協力者のシェリルさんに生贄になって頑張ってもらうしか無いわけですよ。
部屋を出る際に扉を閉めながらシェリルさんに向かって「がんばってね~」と口を動かし、部屋を離れる。
さて、ようやく落ち着いたので今日の分の精算をして帰るとするか。
「バーナード様、今おかえりですか?」
「ずいぶん遅くまで探索してたんだな、朝以外で時間遅れるなんて珍しいな」
「意外と時間を忘れてたのかもしれないわよ」
受付で精算を終えて外に出ようとしたところで、ちょうど鍛錬を終えた皆とばったり会った。
ジークもエリーシャもここ数日にない明るさだが、鍛錬で何か成果があったのだろうか。
「なんだか明るいね。何か掴めたのかな?」
「おうよ、きっと見たらびっくりするぜ! 何と言っても――」
「しっ! ジーク今言ったら面白く無いでしょ」
「お、おう、それもそうだな。次の探索で見せてやるぜ! 楽しみにしてな」
ははは、やっと調子が戻ってきたみたいだね。
二人共自力はあるはずなんだけど、第一層のガーディアン戦以来悩んでいたみたいだから、自分たちの力で解決できて良かった。
ふとアリスを見ると二人の様子を見ながら、苦笑いをしていた。ジーク達にもそういう表情ができるようになったんだな。
アリスも僕の視線に気付いたようで、こちらを向いてにこりと微笑んでくれた。
以前のアリスはジークやエリーシャの事を、本当の意味でパーティメンバーとは認めていなかったように感じていたんだと思う。ジークやアリーシャが歩み寄っても、その距離を縮めようとはしていなかった。
それがここ数日間、一緒に鍛錬を行ったことで、アリスの気持ちに少しずつだが良い変化があったのかもしれない。
アリスは身体能力はかなりの物を持っているし、セントラルのサポートを受けることができる。
それでも一人ではいずれ限界が来るだろう。そういう時に頼りになるのが仲間の存在だ。
今回のジークやエリーシャそしてアリスのように、互いに助けあいながら成長していく仲間がいるということは何にも代えがたいものだ。
僕だってセオドールがいてくれなかったら、彼と切磋琢磨できなかったら、ここまで錬金術に精通することはできなかっただろうし、賢者の石の錬成という偉業を成し遂げることはできなかった。
「バーナード様?」
「ん、ああ、すまない。ちょっと考え事をしてた」
「それにしては随分嬉しそうにしていましたよ?」
「うん、嬉しい考え事だね」
「くすっ、それではそろそろ帰りませんか? ブリジットもきっと待ちわびていますよ」
「ああ、それはいけないね。きっとお腹すかせて待ってるだろうから帰ろうか」
……セオドール、僕はこの時代でもなんとかやっていけそうだよ。
ジークもエリーシャも初めて会った時はどうなることかと思ったが、本当に気持ちの良い性格の持ち主だ。
アリスも人とのつながりを覚えていってくれている。
シェリルさんという協力者もできた。
何よりも一緒にいて楽しいというのは大事だ。
さあ、明日からまた気合を入れなおして頑張りますか。




