晶石化と魔術師と錬金術師
中に入るとやはりそこにいたのはダニスさんだった。
「ダニスさん! 何があったんですか?」
「お、おう兄ちゃんか、……ちょっと今日の探索でヘマしちまってな。仲間のニコラスが妙な物を食らっちまったんだ。何かの呪いだとは思うんだが……」
ダニスさんが励ましている相手は、見たところ外傷は無さそうなのだが、どうにも調子の悪そうな様子で倒れている。
苦しんでいる様子からすると、このまま放っておいたら命に関わる可能性もある。
「ああ、それで見たところ外傷がないのに苦しそうにしているわけですか……、もう少しの辛抱って事は治療の目処は立っているんですか?」
「ギルドの救護施設に人をやって、魔術師を呼んでこさせてる。もうじき来るはずなんだが……」
そう言いながらダニスさんはギルドの建物を見ている。正規の探索者は探索者ギルドも大事に扱うはずだから、魔術師に呪いを解いてもらえば無事に治るだろう。
……ただ、このニコラスさんの容態は見た目よりもかなり重篤にも見える。解呪が間に合えば良いのだが……。
念のためスキャンだけしておくか……。周りに聞こえると変人扱いされかねないので、モノクルにオーバーレイされるメニューから選択し、ニコラスさんのスキャンを行う。
『かしこまりました。ニコラス氏の状態をスキャンします――スキャンが完了しました。現在重度の呪いにかかっています。呪いの種類は《晶石化》です』
晶石化!?晶石化の呪いなんて高位の魔術師にしか解呪できないぞ!?
いや、まてよ?ここは異界都市だ。集まる魔術師の質は高いはず……。
「こっちだ! 早く来てくれ!」
ダニスさんがしびれを切らしながら必死に叫んでいる。視線の先を見ると探索者に手を引っ張られ慌てて走ってくる魔術師の姿が見えた。
ようやく魔術師が到着したものの、慌てて走ってきたのかかなり息を切らしているようで、肩で息をしながらニコラスさんの容態を確認する。
「ふむ、確かにこれは呪いの症状に見えますね。それで、彼は何の呪いを受けたんですか?」
突然の質問に困った顔をしながら自信無さげに首をかしげるダニスさん。
「い、いやそれが解らねぇんだ。探索中に突然視界の外から妙なエネルギーみたいのが飛んできやがって、ニコラスはそれに当たるなり苦しみ始めちまったんだ。魔物の姿は確認できなかった……」
「……貴方達が不意を打たれるとは余程遠くから撃たれたということでしょうか。しかし困りましたね。いくら魔術が万能だとは言っても、呪いの種類が解らなければ流石に解呪のしようがありません」
「え、ディテクト・カースは使えないんですか!?」
驚いて、つい話に割り込んでしまった……。魔術師の男が冷めたような目で僕を睨んできたが、すぐに視線をダニスさんに戻し、その口を開いた。
「……そちらの失礼な彼は? 貴方の仲間ですか?」
「あ、ああ最近探索者になった奴だ。それより、そのディテクト・カースってので調べられねぇのか?」
「探索者の方ですか、これは失礼しました。ディテクト・カースは割りと魔力を使ってしまうので、使用は避けたかったのですが仕方ありませんね」
そう言って、魔術師の男が目を閉じて動きを止める。その後、男の魔力の高まりを感じたが、男は静かに首を横に振った。
「私のディテクト・カースでは調べきれない類の呪いのようです。これで調べられないとなるとより高位のグレーター・ディテクト・カースでなければわからないでしょう。しかしこの異界都市にはグレーター・ディテクト・カースを使用できる魔術師は存在はしますが、すぐに連れては来れません」
「な、なんとか成らねぇのかよ!?」
ダニスさんは魔術師の男の言葉に慌てて食い下がるが、魔術師は首を横に振るばかりで状況は改善を見せなかった。
それにしても《晶石化》が通常のディテクト・カースでわからないとは知らなかった……。
こうしている間にも、ニコラスさんの症状は悪化してきているようで、どんどん顔色が悪くなっている……。
「し、晶石化の呪いだったりしませんか?」
「また、君ですか……。探索者になりたての君に一体、呪いの何がわかるというのです?」
……やはり根拠が無いと厳しいか?とは言え、見知らぬ魔術師や公衆の面前で堂々と近代魔道具の話をするわけにもいかないし……くそっ。
僕が根拠の説明に困っていると、魔術師の男は大きなため息を一つするとおもむろに立ち上がった。
「何にせよ、呪いの種類が解らなければ解呪のしようもありません。今回は残念ですが……諦めていただくしか無いでしょう」
「そんな、待ってくれ! こいつを助けてやってくれ!」
「間違えた解呪の魔術を行使することで状態が悪化してしまうのがオチです。呪いの種類がわからない以上は……」
ダニスさんの必死の訴えも届かず、魔術師の男は踵を返しギルドに戻っていってしまった。
視線を戻すとダニスさんは地面を殴りつけながら叫んでいる……こうしている間にもニコラスさんの症状は悪化していくばかりだ。
くそっ、こうなったら《あれ》しか無いか。
僕はダニスさんの肩をたたき意識をこちらに向けさせると、耳元で小さな声で問いかける。
「ダニスさん、急なことで信用出来ないかもしれませんが、僕にニコラスさんの命を預からせて貰ってもいいですか? 別の魔術師にお願いしてみます」
「本当か!? そんな伝手があるのなら願ったり叶ったりだ! た、頼む!」
「しっ! 声が大きいです。先ほどの魔術師の機嫌を損ねて後々トラブルになるといけないので、この件はくれぐれも内密に願います」
「す、すまねぇ」
取り乱すダニスさんを落ち着かせながら提案を続ける。
「先ほども言ったように、別の魔術師にお願いしてみます。ニコラスさんを連れて行っても良いでしょうか?」
「こいつが助かるならなんだっていい。それで、俺はどうすれば良いんだ?」
「ここで待っていてください」
「いや、そういうわけには――」
「ここで待っていてください」
「……わかった。どうせこのままじゃ、どうにも成らねぇんだ兄ちゃんに賭けるぜ!」
よし、ダニスさんの了承もとれたのでニコラスさんを連れて行くか。
ニコラスさんを抱き抱えて立ち上がりギルド方面を見ると、取り囲んでいた人だかりがまっぷたつに割れて、その先にギルドが見える。
ダニスさんに会釈だけしてギルドの方に走る。
「あら、バーナード君じゃない。そんなに慌てて……ってその方は随分と具合が悪そうじゃない!?」
完全に運任せだったが、ギルドに入るなりシェリルさんの姿を発見することができた。
先ほどの魔術師の男の気配は無いので助かった。
シェリルさんには悪いが、今回は作戦の駒になってもらおう。
「すみません。ちょっと急いでいるので、どこか外から見られない部屋はありませんか!?」
「えっと、よくわからないけど緊急事態みたいね。わかった! こっちに来て」
シェリルさんは事態の緊急性にすぐに気付いてくれたようで、ギルド地下の一室まで案内をしてくれた。
「この部屋なら外から見られる心配は無いわ。ついでにロックの魔術で閉めておくわね」
「ありがとうございます。ところで突然ですが、シェリルさんはリムーブ・クリスタル・カースの魔術は使えますか?」
「え、ええ。それくらいなら使えるけど、そこの苦しそうにしている彼が晶石化の呪いにかかっているの?」
シェリルさんは半信半疑といった様子で、視線を僕とニコラスさんの間で行き来させている。
「はい、魔道具でスキャンしたので間違いありません」
「バーナード君が近代魔道具を使って調べたのなら間違いは無さそうね、……でも、そこの彼は衰弱しすぎてるわ。意識が朦朧としているようだし、この状態では魔術にはとても……」
耐えられない。と、シェリルさんは心配そうな顔でニコラスさんを見ながら、そうつぶやいた。
いや、シェリルさんにお願いするのはそれじゃないから大丈夫。
「シェリルさんがリムーブ・クリスタル・カースの魔術を使えるならそれで問題はありません。治すのは僕に任せて下さい」
「あ、そういうことね! 表向きは私が解呪したことにすれば良いってわけか」
「ご名答! さて、ここに一本の強壮万能薬があります。幸い先日ユニコーン・バッファローの角が手に入ったので作っておいたんですよ」
そう言いながら、アイテムポーチから一本の強壮万能薬を取り出す。
この強壮万能薬はシェリルさんに説明した通り、ユニコーン・バッファローの角から作った万能薬で、状態回復と同時に体力の回復も行うことができる。
これならニコラスさんの呪いも無事に解呪できるはずだ。
強壮万能薬の入った瓶の栓を抜き、ニコラスさんの口に近づけてゆっくり飲ませてやる。
すると、少しずつだが顔色が良くなっていき、荒かった呼吸も次第に正常に戻っていった……。
……良かった、間に合ったみたいだ。




