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おかえりなさいませ!

7月10日に第2巻が発売します!

 今回も、前回と同じようにすんなりと町へ入ることが出来た。シェリルさんは転移陣の再稼働に向けて体制強化を行うと言ってはいたが、それまでに無事間に合うのだろうか?


 ちらっと聞いた限りではアミルトからだけではなく、王都からも人員が配置されることになっているらしいので、そちらのほうが多いのかも知れないな。


 ――御者は町に入ってから少し行った辺りで馬車を止める。


 馬車から降りて、身体をほぐすように背伸びをする。すると、先に降りていたメディナスも僕につられるように背伸びを始めた。


 そんな中、パトリシアはというと馬車を降りるなり辺りを見渡した後、少しだけ表情を曇らせる。


「……あまり活気がありませんね」


「これでも、以前よりは少しずつ戻ってきているらしいよ。さすがにアミルトみたいな賑わいを期待したらダメだよ?」


「す、すみません」


「いや、僕に謝らなくてもいいけど……」


 深々と頭を下げて謝るパトリシアに驚く。期待が大きかった分、落胆を隠しきれなかったのかも知れない。


「パティはアミルト生まれのアミルト育ちだし、仕方ないよ」


「へえ、そうなんだ」


 メディナスがこちらを振り向き教えてくれた。


 なんでも、パトリシアはこれまで、一度もアミルトの外へは出たことがないらしい。確かに、あれだけ栄えた都市に住んでいるなら、外に出る必要もほとんどないだろう。


 ……転移陣も無いこの時代だ。商人や芸人でもない限りは、そうそう移動するものでは無い。特にアミルトの場合は、よほど必要に迫られなければ都市の外に出る必要も無いのだから。


 パトリシアのことを攻めるつもりは無いので、あまりこの話は掘り下げないほうがいいだろう。


「まあ、こんなところで立っててもなんだし、お店の方に行ってみようか」


「はい、お願いします!」


 お店と聞いて、パトリシアが顔を上げる。やはり期待が大きいというのは間違っていない。ヨランダさんの料理は美味しいので、この期待にはしっかりと答えてくれることだろうと思う。




 三人でのんびりと歩き店の近くまで来ると、前回とは異なる光景が視界に映る。


「わぁ、結構並んでますね」


 メディナスが自然と声を上げる。


「あー、本当だね」


 (あた)り屋の前には十人近くの客が列を作っていた。並んでいるとは言っても、それほど長い列ではない。そんな列を見て声を上げてしまうのも仕方がないことだろう。――ここまで歩く中で、行列ができている店など一つもなかったのだから。


 ヨランダさんから定期報告で聞いてはいたが、それでも僕も少し驚いた。前回蒔いておいたいくつかの種は見事に花を咲かせてくれたようだ。


 パトリシアも先程までの微妙な雰囲気は完全に消えて、お店を見る目には期待の色が見て取れるほどだ。


「さあ、行こう」


「「はい」」


 二人が声を揃えて返事をする。少し恥ずかしそうに顔を見合わせる二人を見て、つい笑みが漏れてしまったが、それを二人に見せないように、先導するように先を歩くことにした。


 店が近くなると、二人は待ちきれなくなったようで、足早に前に出て列の最後尾に並ぶ。


「先生、早く早く」


「そんなに急かさなくても大丈夫だよ」


 そう言って、そのまま自分のペースで歩く。そして二人に追いつき――そのまま二人を追い抜いて店の扉を目指す。


「せ、先生。並ばないとダメですよ!」


「大丈夫だよ」


「大丈夫じゃないですよ」


「そうだぜボウズ」


 慌てる二人に落ち着くように声を掛けるが、二人の反応は変わらず、そして二人の前に並んでいたおっさんが諭すように声をあげた。


 見知らぬおっさんに声を掛けられたことで、メディナスとパトリシアの二人はさらに萎縮してしまう。


「大丈夫、今日は予約を入れてあるから」


「はぁ、予約!? 馬鹿なこと言うな、この店は予約なんてできねーぞ。こりゃあ面白れぇ」


 僕の言う、予約という言葉におっさんが馬鹿にしたように反応をする。同じように並んでいる他の客もつられて笑い始めてしまう。頭から説明をするのも面倒なので、そのまま構わずに店の扉を開く。


 店の中では、所狭しと歩き回るイヴェットちゃんの姿が目に映る。その表情はとても活き活きとしたものだ。


「こんにちは」


「あ、オーナーおかえりなさいませ!」


 僕の声に反応してこちらを見ると、イヴェットちゃんは満面の笑みで迎えてくれた。


「すごく流行っているね。さすがはヨランダさんだ」


「ふふ、お姉ちゃんもすっごく張り切っていますから。オーナーのおかげですよ。あ、すぐに席へ案内しますね!」


「ありがとう」


 そう言って、イヴェットちゃんはパタパタと小走りに奥の席へ向かい、テーブル周辺を指差しチェックする。そんな様子を見て、他の客も驚いた顔をしている。


「イヴェットちゃん、そこまで気を使わなくてもいいよ」


「いえ、そういうわけにはいきません!」


 イヴェットちゃんは小さくガッツポーズを取り、やる気を見せる。


「お、オーナーだって?」


 先程まで店の外で並んでいた客たちも、突然のオーナー登場に当然驚きを隠せないようで、入り口に詰めかけるようにこちらを見て、声を上げる。


「準備出来ました。どうぞ!」


「はは、ありがと。じゃあ座ろうか」


「は、はい」


「本当にいいんですか?」


「もちろんです!」


 イヴェットちゃんの勢いに、メディナスとパトリシアはたじろいでしまう。二人には僕が債権を買い取り、そのまま流れでオーナーとなったことは話していなかったので仕方がない。というより、驚いてもらおうというイタズラ心だったのだが、見事に成功したようだ。




 席について一息つくと、奥の厨房から一人の女声が出てきた。もちろんヨランダさんだ。


「オーナー、いらっしゃいませ」


「無理にオーナーって呼ばなくても大丈夫ですよ。僕も呼ばれ慣れていないし」


 そう言ってみたものの、多分オーナー呼びが変わることはないと思う。このやり取りもすでに何度もしているし。ヨランダさんもイヴェットちゃんも、この一線は譲れないようだ。


「それより、人は増やさないんですか? 先程店先の行列も見ましたけど、そろそろきつくはないですか?」


「私達なら大丈夫ですよ。心配していただいてありがとうございます」


 店の方は盛況なので、従業員の補充をするよう提案をしてみたのだが、しばらくの間は姉妹だけでお店を回したいとのことだった。亡くなったお父さんに二人で働いている姿を見せたいという気持ちが大きいのだろう。


 それから少しだけ話した後、ヨランダさんは厨房に戻っていった。僕としても他の客の視線が痛かったので、ちょうどいい。




 注文をしてから少し待つ事になったが、十分に早い仕事だと思う。先程から見ていたが、特に僕たちの注文を他の客よりも優先しているということはなかったので安心した。


「お待たせしました~」


「あ、料理きましたね。え!?」


 喜びを隠せない様子のパトリシアだったが、イヴェットちゃんが手に持ったお皿に盛られた料理を見て、驚きの声をあげた。


 それも仕方ないことだろう。眼の前の料理が尋常ではないほどに赤いのだから。


「あ、今日の料理は特に辛そうだね。チューカの真髄ってやつかな?」


「はい、今日はシセンです」


「チューカとかシセンってなんですか?」


 イヴェットちゃんとの会話に、パトリシアが戸惑いながら聞いてくる。


「百年以上前にとある錬金術師が広めた料理なんだけどね。なんでも東方の国の料理らしいよ。パトリシアは辛い料理が好きって聞いたから、リクエストしておいたんだよ」


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