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シェリルの夢(二)

 少しばかり悩んだが、やはりあまり回りくどいのもなんなので、ストレートに伝えることにした。


「詳しいことはお話しできませんが、僕達が積み上げてきたものを根本から台無しにされたので魔術師に対して良い印象を持っていないということは間違っていないです。はっきり言ってしまえば憎むべき敵ですね」


 シェリルさんの表情が固くなる。そこまできっぱり言うとは思っていなかったのかもしれない。

 ただシェリルさんに敵意があるわけでは無いことを伝えておくべきだろう。


「あ、でも誤解しないでくださいね。シェリルさん自身に対しては不思議とそういった気持ちは感じていませんよ」


「私もシェリルさんのことは嫌いじゃないですよ」


 アリスもなるべく場を和ませるようにと言葉を挟んでくれた。

 シェリルさんは僕達の答えを聞いて少し安心できたようで、緊張が和らいだのかいつもの笑顔に戻ってくれた。

 しかし、すぐにまた難しい表情に戻り、ポツリと呟きはじめた。


「急にこんな話してごめんね。魔術師が世界中の人たちから嫌われているという自覚は持っているの。私は魔術師である前に領主だから、民の持っている不平不満はいやと言う程わかっているつもりよ」


 シェリルさんは魔術師としての自分よりも領主である自分に重きを置いているようだ。

 当然の事ながら民から上がってくる不平不満にもきちんと耳を傾けているのだろう。


 でも、その割に探索者ギルドを彷徨いていたのは何故なんだろうか?

 領主としてするべきこと、できることはいくらでもあるだろうに……。

 ちらりとアリスの様子を窺うが、この件に関しては僕に任せてくれるようだ。シェリルさんのことをもっと知りたいのだろう。


「一つ疑問なんですが、シェリルさんは何故探索者ギルドの職員なんてやっているんですか?」


「それはさっき途中まで話していた私の夢に関係するの……聞いてもらっても良いかしら?」


「はい、構いません。近代魔道具の普及……ですね」


「そう、近代魔道具の普及……。魔術は便利よ。そして魔術師は優秀な者が多いのもまた事実。その証拠に現状全ての経済活動は魔術師無しでは間違いなく成り立たないわ。これは多分誇張ではなく事実。……でもね、それではあまりに偏りすぎているのよ」


 シェリルさんは現状の魔術師偏重を好ましく思っていないようだ。魔術師である前に領主だという言葉は彼女の本心なのだろう。


 僕も全てを把握している訳ではないが、少なくとも僕の知る限り、今はあまりにも魔術師が力を持ちすぎているように見える。それこそ近代錬金術が普及する以前よりもひどいくらいだ。

 かつて一度失ってしまった優位性を取り戻した事により、大きく振り返してしまったということなのかもしれない……。


「でもね、ほんの百年前には近代魔道具が世界中に普及していて、経済活動も今とは比べ物に成らないくらい活気があり発展していたそうよ。私はその民の笑顔を取り戻したいの」


 それは僕もよく知っている。


「しかしそれが何故、この天獄塔の異界で探索者ギルドの職員をする事につながるんですか?」


「今、世界中をどれだけ探しても現存している近代魔導具は長きにわたる錬金狩りのせいで徹底して消されたから殆ど残っていないわ。あったとしてもこの屋敷にあるように使えなくなっている物しか無いの。発見された研究資料だって全部処分されているわ。……これではあまりに研究材料が少ないのよ」


 力なく語るシェリルさん。

 確かに普及用に量産された近代魔道具には、自己修復が付いていないため現在使えるものは無いだろう。

 僕やセオドールが作った近代魔道具なら自己修復も期待できるが、世界中に普及できる程の数は存在しない。


「そこでこの天獄塔なの。知っての通りここは錬金術師バーナード・エインズワースの研究塔よ。つまり彼がもたらした研究の全てがこの塔の最上階に存在するの」


 そういうことか……、シェリルさんは探索者ギルドの職員を兼ねることで、天獄塔で見つかる可能性のある近代錬金術の研究資料を手に入れようとしているのか。


 しかしそんなに上手くいくのだろうか?そもそも探索者は富を手に入れるために探索をしているのだ。

 異界の先に到達し研究資料や近代魔道具を手に入れたのならそれを手放すとは思えないのだが……。


「その手段には大きな問題点がありますね。基本的に探索者は富を求めて天獄塔の異界に挑んでいます。もしも騙して買い叩こうとしているのであれば、僕は貴方を軽蔑しますよ?」


「心外ね。もちろんそんな騙すような真似はするつもりはないわ」


 シェリルさんは少し拗ねた顔をして言い返してきた。……ならばどうしようと言うのだろうか?


「私が探索者ギルドの職員をしている理由は、有能且つ人格的に問題の無さそうな探索者を見つけるためよ。つまり貴方達のような探索者を探していたの」


「探してどうするんですか?」


 ヤバいな嫌な予感しかしないぞ。一緒にパーティー組んでくれとか言わないでくれよ?

 そんな僕の心配を他所にシェリルさんは意を決したかのように口を開いた。


「私を貴方達のパーティーに入れて貰えないかしら。知っての通り私は魔術師だから絶大な戦力になるわよ。探索者としてこんなチャンスは――」


「それはお断りします」


「って、ちょっと答えるの早くない!? もう少し考えてくれても良いじゃない!?」


 まさか断られるとは思っていなかったのだろう。予想外の答えにズッコケながら慌てるシェリルさんはちょっと可愛いな。

 アリスも少し怒ったような顔で僕を見ている……。


 いや、わかっているよ。シェリルさんの言っている事は決して嘘じゃない。

 少し目を閉じ考えを巡らせる。

 シェリルさんの事は好ましく思っている。シェリルさんの夢も僕達錬金術師の思いに近い。できることなら協力をしてあげたい気もするし、逆に協力をしてもらいたい気もする。


 そうなれば後は……僕の覚悟だけだろう。


 一つ大きく深呼吸をしてから口を開く。こんなに重く感じたのは久しぶりだな。


「シェリルさんを僕達のパーティに入れることはできません。……いえ、言い方が悪いですね。シェリルさんが僕達のパーティに入る必要はありません」


「それは、どういうこと?」


 シェリルさんは僕の言葉の意図を掴みかねているようだ。僕の事情を知らないのだから仕方がないか……。


「――命を掛けて天獄塔の最上階に行かなくても、近代錬金術の知識を手に入れることが可能です」


「……は? ……ごめんなさい。貴方の言っていることがよくわからないのだけれど、ふざけているわけでは……なさそうね」


「僕の名前はバーナード・エインズワース。――錬金術師です。この言葉の意味するところはわかりますね?」


 部屋の中の時間が止まった様に感じる。まるでシェリルさんの時間も止まってしまったかのように完全に固まってしまっている。

 さて、どんな反応をするか……。

 ようやく頭のなかで整理がついたのか、シェリルさんは顔をうつむきながら手を握りしめ震えている。


「ふ、ふざけないでよ! バーナード・エインズワースは百年前の人物よ! 貴方はどう見ても十五歳くらいじゃない!? 名前が一緒だからって私を騙してどうするつもりよ!」


 シェリルさんは怒り心頭の様子で机を叩きながら憤慨している。いきなり信じろって言う方が無理があるか……それなら。


「至って真面目ですよ。論より証拠に見ていただいたほうが信じてもらえるかな?」


 そう言って席を立ち部屋の片隅にあるすでに動かない近代魔道具を手に取る。


「ちょっと! 貴重な資料なんだから乱暴に扱わないで」


「セントラル、この魔道具をスキャンして」


『かしこまりました、スキャンを開始します。――――スキャンが終了しました』


 モノクルに魔道具の情報が表示される。……うん、保存状態が良かったのだろう。これくらいならすぐに直せそうだ。

 アイテムポーチから道具を取り出しメンテナンスを始める。

 シェリルさんは僕の突然の行動に驚いて動けないでいる。


「この近代魔道具は蓄音の魔道具です。外装が一部傷んでいたのと理が消えかけていましたが――」


 そう言いながら魔道具をテーブルに置きスイッチを入れると、魔道具から心が安らぐようなゆったりとした音楽が流れ始めた。


思いがけないタイミングで、シェリルさんの夢とバーナードの思いが交わりました。

とか言いながら今後の展開をまだ考えていなかったりします。f^_^;


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