シェリルの夢(一)
シェリルさんがこの環境に違和感を覚えていないということは、彼女もこの辺りに住んでいるということなのだろうか。
話しているとつい忘れてしまいそうになるが、シェリルさんもやはり魔術師であるということなのだろう。
これは今後の付き合い方を考える必要があるかもしれないな……、とはいえ距離を置いてもシェリルさんから一方的に来るのは目に見えているんだよな……。
僕としては彼女の人柄に関しては特に問題を感じてはいない。どちらかと言えばむしろ好ましい性格だろう。
問題があるとすれば彼女が魔術師であるというただ一点だけだ。
「バーナード様、どうされましたか?」
アリスが少し心配そうな顔で僕を気遣ってくれている。……ダメだな僕は、今日はアリスが楽しみにしていた食事の機会なのに、僕が場を盛り下げてどうするというのだ。
今日のところはシェリルさんの件は先送りにして、アリスが楽しい時間を過ごせるようにしなきゃな。
「いや、何でも無いよ。心配してくれてありがとう」
アリスにお礼を言いながら再び視線を外に向けると、外の景色は先ほどよりもさらに変わっていた。
そして馬車が向かう先には、この異界都市でこれまで見たどの建物よりも豪華な建物が待ち構えている。
いつの間にかどこかの敷地内に入っていたようだ。
「さ、着いたわよ。二人共、私の家にようこそ」
建物の玄関先に乗り付けた馬車を促されるままに降りると、豪華な扉が開き使用人の列が僕達の到着を待ちわびたかのように出迎えてくれた。
ここは一体……、シェリルさんの言葉をそのまま受け取るならば、シェリルさんはこの屋敷に住んでいることになる。
「そんなに緊張しなくて良いわよ。貴方達は私の大事なお客様なんだから」
「いやこの状況で緊張するなってのは無茶でしょう? シェリルさん、貴方は一体何者なんですか?」
「あー、やっぱり気になる? 特に隠すつもりはなかったのだけど黙っていてごめんね、私はこの異界都市アミルトを治めるアミルト侯爵家の当主シェリル・アミルトよ」
「え!? でもシェリルさん探索者ギルドの職員ですよね……?」
「探索者ギルドの職員は私の目的のために時折紛れているだけよ。そうでもなきゃあんなに色々なところに出没しないわよ」
ああ、そう言われてみれば確かにシェリルさんはどこにでも現れるな。ということは本当に領主様?でも若すぎないか?
あ、やばいな結構失礼な言葉遣いしてしまっているぞ……。
「そんなに慌てなくて良いわ。これまで通りに接してもらって結構よ。もちろんアリスちゃんもね」
そう言いながらウインクしてみせるシェリルさん。……シェリルさんがそれを望んでいるのであれば、少なくとも公の立場を取っていない際にはそうさせてもらうことにしよう。
「わかりました、それではシェリルさん。食事の準備をしたいのでアリスを厨房に案内していただけますか?」
「そうこなくっちゃ。あれ、でも今日の食材はどうするの? どこかに取りに行かせれば良いの?」
「ああ、食材は持ってきているので厨房に案内してもらえば良いですよ」
「アイテムポーチ……ね。まだ探索者に成り立てだというのにそんなもの持ってるなんて凄いわね」
「探索者になる前から持っていただけですよ」
嘘はついていない。もともと自分が作ったものだからちょっと表現は違ってくるが……。
シェリルさんは軽く頷くと僕達を屋敷の中に案内してくれた。
シェリルさんに付いて屋敷の中に入ったのだが、ふと目を向けた先には驚きの光景が待ち受けていた。
「これは!? いや、でもまさか……」
「バーナード君は気付いたみたいね、多分君が思っているものであっているわ」
「……近代魔道具」
「正解、バーナード君は博識ね」
なんと屋敷中は至る所に近代魔道具が飾られているのだ。見たところ全て量産された近代魔道具なので当然の事ながらすでに壊れているのだが、どれもメンテナンスすれば再び使えそうな程に保存状態が良い。
シェリルさんは近代魔道具の収集でもしているということなのだろうか?
「私の夢はね、百年前に流通していたというこの近代魔道具を復元して、また世界中に近代魔道具を広める事なのよ」
「……シェリルさんは魔術師……ですよね? なぜ近代魔道具の普及なんてしたがるんですか?」
僕の常識では魔術師が近代魔道具を普及させたがる理由が全く分からない。
魔道具が普及するということは多くの魔術師が再びその立場を奪われるということだ。
「その話は食事の時でも構わないかしら。こういう場所で慌てて話すことでもないのだから」
「あ、す、すみません。つい……」
「くす、良いのよ。さ、ここが厨房よ。手伝いが必要な場合は誰か適当に声をかけて使ってもらって構わないわ」
「ありがとうございます。それじゃあアリス、準備を頼んだよ」
「かしこまりました。準備はすぐに終わりますのでダイニングルームでお待ちください」
バックパックを預けると早速準備をはじめるアリス。初めて使う厨房なので少しだけ動きがぎこちないが特に大きな問題は無さそうなので大丈夫だろう。
僕は特にやれることも無いので、シェリルさんと一緒にダイニングルームへ移動することにした。
ダイニングルームについて少し待つとすぐにアリスが準備を終えてやってきた。必要な準備はすでに日中に終わらせていたのですぐにでも食べられるようだ。
「凄く早い、本当に異界でほとんど終わらせていたのね」
「すぐに配膳を終わらせますね」
アリスは本当に楽しいようで非常に機嫌が良い。
「本当に凄いわねアリスちゃん。うちで働いて欲しいくらいよ」
「私はバーナード様の従者ですから」
「あら、ふられちゃった……」
「あ、いえ……そういう意味では」
わざとらしく落ち込んだ素振りを見せるシェリルさんを見て慌てるアリス。見ていてちょっと微笑ましいな。
「冗談よ、それじゃあお食事いただいちゃいましょうか」
シェリルさんに促されるまま席に座り食事を始める。すると部屋に待機していたメイド達は全員部屋を出ていってしまった。
これはシェリルさんが僕達に気を使ってくれたようだ。
誰かに見られながら食事をするのは落ち着かないから非常に助かった……。
「さて、何から話しましょうか……もぐ、って、何これ!? 信じられないくらい美味しいのだけど、アリスちゃん一体何をしたの?」
「これといって特別なことはしていませんが……、強いていうなら討伐後あまり時間を置かずに肉の処理をしたことでしょうか」
「凄いわね、もともと天獄塔の異界で討伐した魔物の肉は美味しいのだけれど、少し血なまぐさかったりしていたのよね。まさか処理一つでここまで違うとは思わなかったわ」
話が進むかと思ったら進まなかった……。まあ、食事のほうが今日のメインだから何も問題は無いのだけれどね。
あ、そうだ。宿に卸そうと思っていた分をシェリルさんに卸すのもありかもしれない。
「良かったら魔物の肉を幾つか卸しましょうか? 今のままだと消費量よりも生産量の方が多すぎて困っていたんですよ」
「なにそれ。最高じゃない! こんなに美味しい肉ならいくらでも買いとるわ」
「あ、でも魔物の肉は傷みやすいので保存には向かないんです。早めに消費しなければいけなので、大量には難しいかもしれませんよ」
「それくらいは私でも知っているわ。でも私は魔術師なんだから異次元収納くらいは簡単な話よ」
忘れてた。そういえばシェリルさんは魔術師だったね。初めてあった時に焼かれた獣人はあの後どうなったんだろうか。
シェリルさんの人当たりの良さを見ると、ついシェリルさんが僕の嫌いな魔術師だということを忘れてしまいそうになるな。
なんて考えていたらシェリルさんがまたジト目で睨んでいた。いや、失礼なことは考えていないヨ?
「なんだかバーナード君は魔術師に対して何か敵意のような物を感じるのだけれど……、何か事情があるの?」
いきなり確信を突くような質問をされてしまった。
さて、どう答えたもんかな……。
ダイニングルーム?食堂?食卓?




