ちょっと懐かしい事を思い出したので
休憩を終えて洞穴を出ると、レイの先導で歩き始める。さほど警戒した素振りを見せずに、僕達に背を向けているのは、僕たちは危険視されていないという事なのだろう。
成人して間もなく見える二人組の男女。探索者とは言え、普通に考えればさほど脅威は感じないだろう。少々もどかしくはあるが、警戒されても面倒なだけなので特に問題は無い。
後ろを歩きながら、レイの後ろ姿を見つめる。
その身なりは探索者にしては上等な素材が使われているように見えるが、ヴォルフガングのように商家の出なのだろうか?
初めは魔術師の可能性も考えたが、こんな目立つ魔術師がいれば、探索者達の間でも何かしら話題にはなっているだろう。
それに、腰に付いたアイテムポーチは間違いなく近代魔道具だ。もしも魔術師だったとしても、錬金術排斥派ではないだろう。僕が知る限り、錬金術排斥派は魔道具を使わない。モノクル越しに見たところ魔力も少ないので、魔術師の可能性は少ないだろうけど。
「イネスちゃん、こっち来て話さない?」
「遠慮しておきます」
「はは、つれないなあ」
諦めること無くイネスへと声を掛け続ける心の強さは、ある意味尊敬する。むしろ断られて嬉しそうだ。そういう趣味か?
レイは容姿端麗だと思う。目鼻立ちは整っているし、背も高くスタイルも良い。明るい雰囲気も相まって、街中を歩いていれば振り向く女性は多そうだ。本当に断られたことが嬉しいのかもしれない。
……まだ、会ってからそれほど時間は経っていない。まだ判断は出来ないが、少なくともこれまでの行動自体に悪意は感じない。
「ところでバーナードくんは錬金術に詳しいのかい?」
「……どうしてそう思いました?」
安心しかけたばかりのせいか、レイの口から発せられた言葉に心臓の鼓動が早くなった気がした。表情に出てしまっただろうか?
「だってそれ、近代魔道具だろ? いくらこの都市で近代錬金術が復活したとは言え、そこまで近代魔道具をいっぱい持っている人は始めて見たよ」
「訳あって、色々使わせてもらってるんですよ」
苦しい言い訳だが、咄嗟に口にした割にはマシな方かもしれない。それにしても、一見しただけで僕が多くの近代魔道具を身に着けている事に気がつくというのは驚いた。もしかしたら錬金術に造詣があるのだろうか?
「君達みたいな子供に?」
「一応成人はしていますよ?」
僕の返答を聞いて、レイが苦笑いをする。
「ああ、これは失敬した。でもこの都市に探索者なんていくらでもいる。それなのにどうして君達なんだい?」
「こう見えても、結構な上層まで到達していますからね。先行投資では?」
「へえ、普段はもっと上にいるのか。……ふむ、まあそういう考え方も無くはないか。まあ、良いけど」
一旦は納得をしたのか、それとも興味を失ったのか。イマイチわからないが、それ以降レイが近代錬金術に関して触れることはなかった。
そうやって少し歩いた先で、レイが一旦足を止める。つられて僕達も立ち止まると、レイがこちらへと振り返る。
「この先だよ。ついてきて」
「ありがとう」
レイの言葉に感謝の意を伝えつつ、モノクル越しに映るマップに視線を移す。しかし、霊体の反応は見当たらない。
……もう移動してしまったのかもしれない。そう思った矢先、木々の間を進むレイの姿が消えてしまった。
「えっ!?」
「消えた?」
慌てて駆け寄るが、レイの気配そのものが消えてしまったかのように反応がない。
疑問に思いつつ、レイが消えてしまった空間に手を伸ばす。すると、木々の間を抜けたはずの手が見えなくなってしまった。……なるほど、そういうことか。
「これは一体?」
「よくわからないけど、この先にはこことは異なる空間が存在しているみたいだ。ひとまず行ってみよう」
「虎穴に入らずんば虎児を得ずですね」
イネスの口から、セオドールがよく口にしていた言葉が出てきた。その言葉に巻き込まれてどれだけ苦労させられたことか。その懐かしい言葉にうれしくなりながら、一歩踏み出す。
一瞬、違和感を覚えた。その原因は不明だが、周囲の様子が変化した事には気が付いた。先程まで青々しかった木々は枯れ掛けている。そして僕の目の前には先程消えてしまったレイが、首を傾げてこちらを見ていたのだ。
「……何か良いことでもあったの?」
「いや、何でもないよ」
僕の顔を見てレイはとても不思議そうにしている。それはそうだろう。先程までは別に喜んでいたわけでは無いのだから。
僕に続いてイネスが入ってきたのを確認してから、視線をモノクル越しに見える情報へと移す。すると、想定したように先程もまで表示されていた地形情報は無くなっていた。そして、一つだけではあるが期待していた反応が見つかった。
この第十一層にはもう一つ空間があったようだ。そして、この空間にクリスタル・レイスが存在している。――ようやく見つけた。
「やっぱり嬉しそうだ」
「ちょっと懐かしい事を思い出したので」
このタイミングでクリスタル・レイスの存在に気が付いたというのは、さすがにちょっと早すぎる。先程のやり取りを利用させてもらおう。
「んー、こっちかな?」
レイが少し考え込んだようにつぶやいた後、一つの方向を指差す。恐らくは、クリスタル・レイスがそちらにいるんじゃないかと言いたいのだろう。その方向はモノクル越しに見えるクリスタル・レイスの反応と同じだった。
魔術? いや、魔力の反応は無かった。さすがに魔術を行使すればわかる。……となれば、これは偶然だろうか?
まあ、今はいい。今はせっかく発見したクリスタル・レイスの討伐だ。
先程までと同じように、レイの後ろを歩く。レイに感づかれないように、モノクル越しに映るメニューを操作してイネスへと伝える。
――念のため、手の内を晒しすぎないように、と。
クリスタル・レイスは程なくして発見することが出来た。既に反応は確認していたし、レイの案内もここまで一直線だった。
まだ少しだけ距離はあるが、クリスタル・レイスはこちらに気が付いているようだ。
「おお、居たね」
「本当ですね、ありがとうございます」
この空間の事は探索者ギルドの情報にもなかった。これだけ簡単に見つかったのはレイのおかげだ。発見情報が少ないのは、この空間から滅多に外に出無いのかもしれないのだから。
クリスタル・レイスへと視線を向ける。この魔物の特徴、それはその見た目と実情が異なるという不思議なものだ。一見するとクリスタル・エレメントと似た部分もある。しかしその実体には触れることは難しい。何故ならば、クリスタル・レイスは霊体だからだ。
それでは倒せないかと言えばそのような事はない。クリスタル・レイスはアンデッドだ。つまり強化聖水がよく効く。
「さて、それじゃあ、お手並み拝見とさせてもらおうか」
「手伝ってくれないんですか」
レイが言い出すことを予想していたのか、イネスが機転を利かせて問いかける。それを聞いてレイは少しだけ悩む素振りを見せた。
「うーん、イネスちゃんに言われると悩むけど、今回は遠慮しておくよ。多分手伝わなくても大丈夫でしょ?」
「それでは念のため、少し離れていてもらえますか?」
あまり意味は無いかもしれないが、抵抗だけはしておこうと思う。案内してもらった手前、手の内を隠しすぎるのは憚れる。とは言え、レイには謎が多い。
頭のなかでクリスタル・レイスとの戦い方を考えながら、イネスへと視線を向ける。既にイネスの意識は魔物へと向いているようだ。
「それじゃあイネス、準備は良い?」
「勿論です。いざ、参る!」
イネスが気合を入れると、それに触発されたのかクリスタル・レイスも動き始めた。




