レイ
活動報告やTwitterでも書かせていただいたのですが、本作品「錬金術師は家に帰りたい」がカドカワBOOKS様から書籍化し、3/10に発売することになりました!
また、書籍化に伴いサブタイトルが復活しました。
「錬金術師は家に帰りたい ~百年寝過ごしたら自宅が異界化してました!?~」
木々に囲まれた薄暗い広場で、時折差し込む太陽の光を反射しながらゴリラのような魔物が動き回る。気を抜くと目眩ましを食らいかねないので、若干注意が必要だ。
一般的なゴリラに比べて、二回り程大きな巨漢から鉄槌のように繰り出される腕をくぐり抜けて懐に飛び込む。後ろの景色が透けて見えるせいで距離感覚が掴みづらいが、ここまで近寄れば関係ない。
「これで終わりだ!」
地を這うような軌跡を描く一閃が、水晶で出来た身体を切り裂いた。断末魔の声も無く、バランスを崩して沈む巨体が周囲を揺らす。
息づかいがわからない為、少しだけ様子を見るが、再び動き出すような素振りは見せない。
「ちゃんと倒せたのかわかりにくいなあ」
「確かにわかりにくいですね」
僕のぼやきを耳にして、イネスがこちらを振り向くこと無く目の前の敵を観察しながら言葉を漏らした。
そんなイネスの前には、僕が倒したものと同種類の個体が立ちはだかっている。身体の大きさだけを比べれば、二人の体格には相当大きな差があることがわかる。
「手伝おうか?」
「いえ、私一人で十分です」
イネスがそう軽く言い放ったが、確かにこの第十一層に出現する魔物程度であれば、何ら不思議はない。
《クリスタル・コングマン》
全身がクリスタルで出来た無機物の生命体。ゴリラと人を合わせたような屈強な見た目からわかるように、その膂力には十分な注意が必要だろう。――普通なら。
「そろそろ終わりにしましょう」
イネスが無造作に一歩前に踏み出すと、遂にこらえきれなくなったのか、クリスタル・コングマンが右手を振りかぶり飛びかかってきた。
イネスは冷静な所作で、右足を後ろに引き左の掌を前に出す。
「ミヤハラ流、陽炎転火」
クリスタル・コングマンの一撃が直撃する瞬間、イネスの姿が揺らいだ。その直後、イネスの身体を巻き込んで地面をえぐる一撃は、周囲に衝撃を伝えるように土砂を撒き散らす。
土煙が次第に収まっていくと、そこに合った光景は恐らく一般的な想定と異なっていた。
地面にめり込んでいるのはクリスタル・コングマン。イネスはクリスタル・コングマンの右手に手を添えて、何食わぬ顔をして見下ろしている。
遂に耐えきれなくなったのか、クリスタル・コングマンの身体は甲高い音をたてて崩れていった。
……ちょっと強すぎないか?
今日になって、何度目かのクリスタル・コングマンを倒し終えた頃には昼を過ぎていた。
「なかなか見つかりませんね」
「まあ、レアな魔物だからね。僕も目撃情報がなければ知らなかったくらいだし。実際、前回の探索では遭遇していないから」
過去、多くの探索者達がこの第十一層を探索した結果、クリスタル・レイスの目撃例は確かに存在する事がわかっている。しかしながら、決して目撃情報が多いというわけではない。それほど遭遇が難しい、というか好んで遭遇しようとは誰も思わないだろうから当然か。
今回は発見用の魔道具があるので、それほど時間はかからないとは思うが、それでも成果がなければ気持ち的には疲れる。
「兄上様、少し休憩しませんか?」
「……そうだね、あまり急ぎすぎるのも良くない、か」
イネスの提案で休憩を取ることに決める。二人共体力的には何の問題もないが、少し落ち着いたほうが良いかもしれない。
休憩するために、近場で落ち着けそうな場所を探すと、小さな洞穴が目に入った。近づいて中の様子を探ってみるが、特に魔物の気配は無い。モノクル越しに映る地図を見る限りでは、少し入ったところで行き止まりになっているようだ。
「奥には続いていないみたいだね。でも休憩にはちょうど良いかな」
洞穴に入ってみたが、適度な湿度が保たれているようで、イネスが涼しそうにしていた。魔物の気配は相変わらず無いが、念のために結界の魔道具を起動しておけば、外から魔物が近づいて来て襲われるようなことは無いだろう。
一つ目の角を曲がってすぐの場所にテーブルと椅子を出して、ティータイムの準備をする。いつもアリスにお願いしていたから、自分で行うとどうしても手際が悪くなってしまう。
「兄上様、手伝いましょうか?」
「あー、いや良いよ。座って待ってて」
たまにはこういうのも悪くはない。それに僕の記憶に間違いがなければ、イネスは紅茶を入れ慣れていないはずだ。
「あれ、先客かな? おお、良い匂いだねえ」
「ん?」
思いの外、上手に入れることが出来た紅茶の匂いに満足していると、入り口付近から人の声が聞こえてきた。
声の主は一人の男性だった。見た目は若く二十代半ばほどだろうか。言葉遣いからも伝わるが、その笑顔からは警戒心はまったく感じられない。
この第十一層において、お一人様というのは非常に珍しい。僕が把握している探索者は数少ないので確たる自信はないが、ぼっち探索を続けていたのはマリナさんしか知らない。
男がにこやかな表情を浮かべ、こちらへ近寄ってくる。少なくとも悪意は感じられないので、他者との距離が近い性格なのだろうか。
「迷惑でなければ、ここで休憩させてもらっても良いかい?」
「構いませんよ。こういった洞穴は数も少ないですしね。僕達もあまり長居しないのでゆっくりどうぞ」
「おお、ありがたいね。何でかわからないけど、いつも警戒されちゃうんだよね」
そう言いながら、男はさらに距離を詰めてくる。……人懐っこい表情から、別に悪い輩では無いように思えるが、警戒されるのは積極すぎる行動のせいじゃないかなあ。
「それで、えっと――」
「あ、ごめんごめん。まだ名乗ってなかったね。俺はレイ」
嘘もついていない、か。まあ、こんなところで嘘をつくメリットもないか。
「僕はバーナードです。レイさんは一人なんですか?」
「質問がストレートだねえ。まあ、そういうの嫌いじゃないよ。訳あって一人さ」
そう言えば、マリナさんに質問した時にはあっという間に逆鱗に触れたんだった。それを思い出して少し申し訳ない気持ちになるが、特にレイは気にしていないようだった。
「そっちの可愛い子ちゃんは?」
「私はイネスといいます」
「良い名前だねぇ。惚れちゃいそうだ」
レイはイネスのことが気に入ったのか、オーバーな仕草を交えてイネスを褒め始めた。若干、引き気味のイネスとレイが会話するのを見ながら、視線を気取られないように観察する。
探索者と呼ぶにはちょっと細い体つきだが、醸し出す雰囲気からは弱者ではない事が感じられる。まあ、単身で天獄塔の異界を探索し、第十一層まで到達しているくらいだから弱者のわけはないか。
「――ああ、クリスタル・レイスだったら、ちょっと行ったところにいたよ」
「え、本当ですか!?」
会話の流れで、アリスの事を伏せつつ第十一層における目的を話すことになったのだが、それを聞いたレイの第一声がそれだった。
……近場のクリスタル・レイスは既に狩られてしまったようだ。こういうものは早い者勝ちなので、別にレイが悪いわけではない。
それにもしかしたら、レイが闇水晶の涙を採取している可能性もある。交渉次第では譲ってもらえるかもしれない。
「すみません。クリスタル・レイスの素材に関してなんですが――」
「ん、素材が欲しいなら狩れば良いんじゃないかな。時間もそれほど経っていないし、まだ遠くには行っていないと思うけど」
「え、狩ってないんですか!?」
「クリスタル・レイスは面倒だしねー」
笑いながら伸びをすると、レイは何かを思いついたようにイネスを見た後、視線を僕に戻す。そしてにこりと微笑み、口を開く。
「美味しい紅茶もご馳走になっちゃったし、良かったら案内しようか?」
いつも本作品を読んで頂きありがとうございます。
ここまで楽しく書き続けることが出来たのも、応援してくださった皆様のおかげです。
これからも引き続き楽しんでいただければ幸いです。




