素材採取へ
思い通りにならないことばかりではあるが、だからと言ってここで立ち止まってもいられない。一日でも早い回復の為に、今できることを進めよう。
まだ、手分けしてからそれほど時間は経っていないが、市場に流通している素材に関して、第一報が届けられているかもしれない。
足早に家へと戻る。玄関扉を開けると人の気配を感じたので、その気配を辿るように奥へと視線を向ける。視線の先には、珍しい二人の姿があった。
「お館様、おかえりなさいませ」
「ただいま。ああ、ディアナか。それにイネスも。こんな時間に居るなんて珍しいね」
「家族の一大事ですから。特別に休暇をいただきました」
なるほど、これはシェリルさんが気を回してくれたのだろう。どちらが休暇を言い出したのかわからないが、隠密であるディアナは都市内の情報収集にかけては最適な人事と言える。
「あれ、そういえばイネスは明日から探索じゃなかった? 準備はもう良いの?」
「今回の探索は緊急事態で中止になりました。パーティの皆も協力してくれるそうです」
……ランディス達にも事情が伝わったということか。今は感謝しよう。
「ディアナ、留守の間に何か伝言はあった?」
「はい、先程ですがヴォルフガング殿から伝言が届けられました」
正直な所、ジーク達からの報告は期待をしていたのは事実だが、まさかこちらのルートから報告が来ているとは思っていなかった。
「こちらのリストが市場に流通している素材で賄えるものの一覧です」
「いくらなんでも早すぎない?」
「速度で言えば、若干信頼性に乏しいとも思えます。しかし、このリストはよく調べられています」
僕が疑問に思ったように、初めはディアナも懐疑的に捉えていたようだ。しかし、資料に目を通した時点で評価を変えた。
……つまり、この資料は今回の一件とは関係ない物として、日々メンテナンスされていると考えたほうが良いだろう。こんな資料を日々用意できるとなれば、確実に何かしらの組織的な活動が必要だろう。
ヴォルフガングは、一体どこに向かっているのだろうかと思わなくもないが、その点について敢えて掘り下げたりはしない方が良いだろう。とはいえ、ちょっと無茶な伝手を使ってもらったみたいだ。後でお礼を忘れないようにしないとな。
「それじゃあ、その素材を確保しないとね」
「その点に関してですが既に動いています。ヴォルフガング殿に私から費用を手渡して、素材の確保をお願いしました」
「早いね。ありがとう」
ディアナが先に動いてくれていたようだ。となれば、こちらに関しては僕が心配をしなくても良いだろう。
「ディアナは引き続きここをお願い。もしも余裕があれば、ピュア・ホワイトドラゴンに関する情報を集めて欲しい」
「承知しました」
「それじゃあ、僕は異界で他の素材を採取してくるよ。そのリストを見る限りでは、市場には出回っていないようだから」
そうディアナに伝えた後、天獄塔へと向かう為に部屋を出ようとする。
「兄上様! 私も行きます」
「……わかった。一緒に行こう」
先程まで、あまり口を開かなかったイネスが同行を言い出したので一拍だけ思案したが、これから向かおうとしている第十一層はイネスも踏破済みだ。
もう夕刻近いので、本来であれば睡眠の必要ない僕一人で探索したほうが都合がいい。しかし、イネスがいれば目的の素材が採取しやすくなるのも事実だ。それに急がば回れという言葉もある。
家を出てから、そのまま学園の敷地から外に出る。そして近場の民家の屋根に飛び乗り、その先に見える天獄塔を見る。
「イネス、少し急ぐからついてきてね」
「承知!」
天獄塔へとたどり着き、入り口のドアを開いて中へと入る。
幸いな事に、受付の列に並ぶ人も少ないようだった。手早く受付を終え、イネスが受付を完了させるのを待つ。イネスはまだ受付で行う手続きに慣れていないのだろう。
ポータルに足を踏み入れると、いつものように目の前の景色が切り替わる。ポータルは小高い丘にあるため、周囲の様子はわかりやすい。
ぱっと見は普通の草原や森が広がっているようにも見えるが、他とは大きく異る点がある。それは、この第十一層の木になる果実の種子は水晶で構成されている。
しかし、今回の探索においては、これらの水晶は必要としていない。それでは、何故このような場所を探索するのか?
今回の臨時探索で目指す素材は、《闇水晶の涙》である。必要のない魔物は可能な限り回避しておきたい。
もっと上の階層であれば、より上位の素材が採取できる魔物がいる。だが、当然だが遭遇する魔物も手強くなってしまう。より手早く探索を行うのであれば、この第十一層が都合が良い。
僕とイネスであれば、第十一層で遭遇する魔物は物の数にも入らないだろう。とはいえ、一切心配がないかといえば、そうとも言えない。
ここでは唯一気を付けなければならない物がある。それは――。
「イネス、晶石化の呪いには注意してね」
「晶石化の呪い、ですか? 私達がこの第十一層を探索した際には受けた覚えはありませんが?」
「ほとんど遭遇しない魔物だから、普通に探索をしている分には遭遇するのは稀だよ。だけど、今回に限ってはこいつを探しに行くからね」
――晶石化の呪い。
以前、ダニスさんのパーティメンバーであるニコラスさんが掛かってしまった呪い。この第十一層にはその晶石化の呪いを放つ魔物、クリスタル・レイスが出現する。
もちろんニコラスさんが食らったのは、この第十一層ではなく上層だし、呪いの強さも比較にはならない。しかし無防備で食らってしまった場合、無事ではすまないという点では近い。
今回探している《闇水晶の涙》は、この晶石化の呪いを放つ魔物、クリスタル・レイスから採取できる。
クリスタル・レイスは数が少ないので、足で探さなければならない。いつものようにアイテムポーチから未踏地形探索魔道具を取り出して起動する。投影された地図を見ながら、イネスの意見を聞きつつ探索ルートを決定した。
「それじゃあ、いきますか」
「承知」
野を駆けながら時折後ろを振り返る。割りと急いで走っているつもりだが、イネスは離されること無くしっかりとついてきている。
その表情からはまだ余裕が感じられるが、あまり無茶をしすぎても良くない。ひとまずはこのペースを維持しつつ進むことにするが、今日はそろそろ探索を終えるべきだろう。
再び視線をモノクル越しに見える地図に戻す。……反応が一切ないところを見ると、この周辺にはクリスタル・レイスは居ないようだ。
無意識に魔道具を持つ左手を握りしめる。この魔道具は周辺に存在する霊体を感知すると、その位置が地図上に表示される。以前、第十一層踏破時に利用したのだが、今回は使用用途が正反対である。
「そろそろ暗くなってきたから、今日の探索は打ち切ろう」
「私はまだ大丈夫です」
「いや、クリスタル・レイスは日が出ている時間帯しか活動しないんだ。そうなると魔道具でも感知できない」
そう説明しながら足を止めて今日の探索を打ち切る。
食事を取り終わり、自分用のテントへと戻る。イネスも自分用のテントを持っているのでそちらへと戻った。すぐに寝息が聞こえてきたので、目に見えてはいなかったが疲れていたのかもしれない。明日は少しペースを落とそう。
備え付けた照明が、テントの中を落ち着きのある雰囲気へと変える。ゆっくりと考えるときはこちらがあっている。
「ピュア・ホワイトドラゴンの腎臓の代わりになる素材、か。……強壮万能薬でも使えれば楽なのになあ」
強壮万能薬は体内の毒素には効くが、今回の魔核透析には適していない。それはわかっているが、やはり願望は先走ってしまう。




