とんでもない名前が飛び出してきたわね
少し時間を貰ってから二人を部屋に招き入れる。
突発的に発生したトラブルにより、腹部を抑えるジークと、その隣ではエリーシャがすまし顔で椅子に座っている。
二人の視線の先では、アリスが特殊な溶液が満たされた水槽の中で申し訳無さそうな表情を見せていた。
既に対面していることからもわかるように、ジークからは水槽の中にいるアリスの裸体を見ることは叶わないようになっている。
こんな事もあろうかと用意していた機能により、顔より下はブラインドされており、薄っすらと見える程度だ。ただ、それでも若干想像できてしまうのか、ジークは目を合わせては居ない。
「――というわけなんだ」
「なかなか厄介な病ね。それまでは先の探索は厳しそう」
アリスを全快させるために必要な魔道具。それを錬成するために必要な素材がある事を二人に伝えたのだが、エリーシャは何やら難しそうな表情をしている。
……確かにアリスがすぐに復帰できない以上、異界探索は停滞してしまう事となる。つまりどうしても稼ぎは減ってしまう。
ジークもエリーシャも、孤児院経営に関して都市の貴族達から経済的な支援を受けている。とは言え、長期に渡って探索が満足に行えないとなれば、それほど余裕があるわけではないはずだ。
二人の予定からは大きくずれてしまう事は間違いない。だから、探索が停滞している間は各々で稼いでもらわなければならない。
「二人には申し訳ないけど、探索が再開できるまでは――」
「よっしゃ! それじゃあ、さっさと素材を集めちまおうぜ」
「そうね。アリスちゃん、すぐに治してあげるからね」
「え?」
しかし、二人から返ってきた言葉は、僕が思っていたものとは異なっていた。
「何をすっとぼけた顔してんだよ」
「あ、いや」
「必要な素材を市場で買い揃えるような、金銭的余裕は無いけど、異界で採取できる素材ならいくらでも手に入れてみせるわ」
「俺達でもこっちの素材はなんとでもなるからな。バーナードは俺達では難しい素材の調達を頼むぜ
」
戸惑う僕を他所にトントン拍子で話は進む。
確かに手分けして集められれば、素材が揃うのもそれだけ早くなる。だが――。
「その間の稼ぎはどうするの?」
「んなもん、どうにでもなるだろ。バーナードたちにはいつも世話になりっぱなしだからな。こういう時ぐれえは手伝わせろ」
「そういうこと」
どうという事はない。ジークはそう言い放ち、エリーシャもそれを快諾した。そこにはまるで迷った様子は無かった。先程まで難しい顔をしていたのも、如何にして早く素材を集めるかを考えてくれていたようだ。
「……二人共、ありがとう」
その後はアリスも交えて、今後の方針を固める為に意見を交換したのだが、話の最中にマリナさんも御見舞に訪ねて来たのだが、ジーク達と同じように協力をしてくれる事となった。
そして、それぞれが担当する素材が決まるまではそれほど時間は掛かること無く、決め終わると皆がすぐに動き始める。
「市場の素材チェックは、うちの子達でも協力出来るから。バーナード君は――」
「まずはシェリルさんに会って、各所に手を回してもらえないか頼んでみるよ」
「了解、それじゃあ一旦解散で、また進捗があったらここに集合ってことで」
「よっしゃ、エリーシャ行くぜ!」
「あ、ちょっと待ってよ」
あっという間に皆が出ていき、部屋には僕とアリスだけが残った。
ふとアリスと目が合い、お互いに何とも言えない表情で苦笑いをしてしまう。
皆、気持ちの良い若者達だ。って、あれ? 一人年齢不詳の――いや、この思考は封印しておこう。
さて、と。
皆が手伝ってくれる事になったので、素材集めは格段に捗るのは間違いない。であれば、僕は僕にしか出来ない事をすすめるべきだろう。
ひとまずは、シェリルさんを訪ねて協力をお願いしなければならない。
最も重要な素材は市場では簡単には手に入らないし、その素材が採取できる魔物も天獄塔の異界では未だに遭遇していないからだ。
「ピュア・ホワイトドラゴンの腎臓、か。何とも久しぶり過ぎる。百年前でも希少な素材だったからなあ」
僕も世界中を旅していた頃に一回だけ遭遇しているのだが、その個体数は非常に少ない。
当然だが、市場に流れる頻度も非常に少ないので、多くの錬金術師が躍起になって奪い合いをしていた程だ。
とは言え、現時点においては近代錬金術の知識も大きく後退している。ピュア・ホワイトドラゴンの腎臓をまともに扱える者は居るのだろうか?
もしかしたら、シェリルさんの力を借りれば意外と簡単に手に入るかもしれない。そう思い、家を出た。
「――また、とんでもない名前が飛び出してきたわね」
あの後、すぐにシェリルさんの屋敷を訪ねてみた所、思いの外簡単にシェリルさんとの面会時間を取ることが出来た。
僕の顔を見た途端に執事が慌てて案内したほどだし、かなり強めに言い聞かせていたということなのだろう。実際、いつものように応接間に案内されると、すぐにシェリルさんが入ってきた程だったりする。
食い気味にアリスの容態を確認する姿には、いつものような余裕はまったく感じられなかった。現在は小康状態にある事を知り、ようやく落ち着いてくれたが、結構時間が掛かった。
そして、先程の台詞に繋がるというわけだ。
「確かに希少な素材ですからね。シェリルさんの力でなんとかなりませんかね?」
「……もちろん、気持ち的には私に任せておいてって言いたいところだけど、ね」
いつもなら大概の素材であれば、シェリルさんは二つ返事で快諾してくれる。にも関わらず今回に限っては難しい顔をしているくらいだ。本当に厳しいのだろう。
「難しいですか? ま、まあ、確かに百年前でもなかなか手に入らなかったですしね。アリスの為になるべく早く手に入れたいですけど、待つことは可能ですから協力願えませんか?」
「無いのよ」
「それは勿論わかっています」
「いえ、わかっていないわ」
如何に異界都市と言えども、ピュア・ホワイトドラゴンの腎臓がすぐに手に入るとは、僕だって思っていない。だから遠方から取り寄せてもらう時間的な覚悟はある。
しかし、どうもシェリルさんの反応からは異なる意味合いにも聞こえる。――その可能性に気が付いた瞬間、目の前が真っ暗になりそうになった。
それを見たシェリルさんが一つ大きくため息をつく。
「ピュア・ホワイトドラゴンは絶滅したと言われているわ」
「……絶滅?」
「少なくとも、この五十年はどこかで見つかったという話は記録にも残っていないのよ。勿論、素材も一切出回っていないわ」
「で、でも、アイテムポーチなら――」
「近代錬金術が失われてしまったのに?」
そう、か。
ピュア・ホワイトドラゴンの素材は多くの錬金術師が奪い合うように確保していた。つまり、当時の殆どは近代魔道具であるアイテムポーチで保管されていた。
そんな中、近代錬金術が失われればどうなるか? アイテムポーチはメンテナンスされなかったことで、その機能を失ってしまった事だろう。
……ピュア・ホワイトドラゴンの腎臓は手にはいらない。
シェリルさんの屋敷から、どうやって帰ったのか覚えていない。とは言っても、決して絶望に満たされたわけではない。まだ、希望はある。
ピュア・ホワイトドラゴンの腎臓が手にはいらない。つまり、セオドールの研究資料にある魔核透析用の魔道具は錬成できない。
少しの間、絶望的な思考が頭の中を巡ったが、途中からは別の思考で満たされる事となった。
ピュア・ホワイトドラゴンの腎臓が必要な理由、それは汚染された魔核を浄化する為だ。
確かに、ピュア・ホワイトドラゴンの腎臓は数ある素材の中でも浄化性能は最高峰に位置する。しかし、ピュア・ホワイトドラゴンの腎臓は本当に必要なものなのだろうか?




