とにかく逃げるよ!
地面から突き出た魔鉄の塊に近寄る。僕の身長よりも少しだけ大きい塊。これだけの物体が地面から突き出ているという事は、地面の下はどのようになっているのか想像もつかない。
「セントラル、この魔鉄の詳細解析をお願い」
『かしこまりました。スキャンを開始します』
さて、と。
セントラルによる解析が終わるのを待つ間は手持ち無沙汰になってしまう。
エリーシャとマリナさんは魔鉄の状態に興味を持ったようで、周囲を回りながら時折触れて、何やら独り言を言っている。
ジークは周囲を警戒しているようだ。近くに魔物の気配はないが、それが逆に気になっているのかもしれない。それにつられて周囲に目を向ける。
地面は概ね短めの草で覆われており、所々に木々や土が見える。地面は所々に起伏があるが、なだらかな傾斜が遠くまで続いているので、ずっと登っていくのはわりと大変かもしれない。
所々に魔鉄らしき物体が突き出しているが、特に規則性は見受けられない。まあ、細かな配置は未踏地形探索魔道具で調べればわかるだろう。
軽く見渡した際に、何やら難しそうな顔をしているアリスが視界に入った。
「アリス、どうしたの?」
「えっ、あ。いえ、なんでもありません」
不思議に思い声を掛けると、アリスは少し驚いた様子で返事をする。
「何か気に――」
『――解析が完了しました』
「っと、解析が終わったみたいだ。気になることがあったら教えてね」
「はい、かしこまりました」
笑顔を返すアリスに声を掛けてからモノクルに視線を移す。表示された解析結果を見ると、とある情報が目についた。
「魔鉄から微弱だけど魔力が放出され続けているみたいだ」
「魔鉄ってくらいだから、魔力が出ていても別におかしくねえんじゃねえか?」
「馬鹿ね。魔鉄は魔力よく通すけど、延々と放出できるほどの魔力は溜め込んでないわ」
ジークは詳しく知らなかったようだが、エリーシャの言うとおり魔鉄には魔力を溜め込むような性質は無い。
「考えられることは、地中に溜まっている魔力が、地面から突き出ている魔鉄を伝って地表に漏れ出しているってところかな。エリーシャ、周囲の精霊達の様子はどう?」
「んー、特に変わった所は無いわね。むしろ機嫌が良い感じよ」
「そうか、ありがと」
精霊の機嫌が良いせいか、エリーシャも若干嬉しそうに見える。特に悪影響のある魔力ではないということだろうか?
魔鉄の周りは結構な広さで微弱な魔力に満たされている。では、その魔鉄から離れた所はどうなっている?
少しだけ興味が湧いたこともあり、突き出た魔鉄に背を向けて歩を進める。歩きながらモノクル越しに見える情報を確認すると、離れるにつれて少しずつ周囲に漏れていた魔力が薄くなる。
そして一定距離を過ぎると、減少する魔力とは逆に急激に増加する数値、それは――。
「毒!?」
慌てて後ろに飛び退く。
幸い、身体に影響は出ていないようだ。
「バーナード様、大丈夫ですか!?」
「ああ、大して吸い込んでいないから大丈夫だと思う。でも、あまり長い時間、魔鉄から離れると危ないかもしれないね」
驚き駆け寄るアリスが、僕の様子を見てほっとしたような表情を見せる。
念のためアイテムポーチから解毒ポーションを取り出して飲んでおく。
恐らくだが、魔石から漏れている魔力が、周囲の毒を中和しているのだろうと思われる。つまり、この階層は目に見えない迷路になっているという事なのだろう。
毒の強さにもよるが、毒耐性ポーションでも飲んでおけば、迷路を無視して突き進むことも可能だろう。確かに危険な階層ではあるが、ネタが割れればどうということは――。
そう思った瞬間。遠く、傾斜の下の方から発せられた重い大きな咆哮が、周囲に響き渡る。
その咆哮を耳にしたことで、本能的に全身が総毛立つ。そして反射的に叫んでいた。
「皆、上に全力で走って!」
「な、なんだありゃ!?」
「説明は後、とにかく逃げるよ!」
戸惑う皆に発破をかけ、ひたすらに駆ける。念のため魔鉄と魔鉄の距離が近いところを選びはしたが、効果はあっただろうか?
そして、元いた場所が遠く小さくなる辺りまで走りきったところで木々の陰に隠れた。
「はぁ、はぁ。逃げ、きれた、かな?」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。こ、こんなに、走らされたのは、久しぶり、だぜ」
結構な時間、全力疾走に近い逃亡を行ったことで、皆一様に肩で息をしている。
先程よりも威圧感は大幅に減った事を感じつつ、木の陰から恐る恐る顔を出して、元いた地点の様子を確認する。
――そこには、予想していた通りの魔物の姿があった。
「やはり、白虎か」
「あれが白虎、ですか。青龍を見た時とは比べ物になりませんね」
アリスが僕の独り言に返事をしながら、肩を小さく震わせている。確かに以前、青龍と遭遇したときに比べても、その神々しさは格段に上だろう。青龍は弱体化していたのだから当然か。
ちょっと見通しが甘かったかもしれない。弱体化した青龍を討伐したことで思い違いをしていた。
確かに皆も大幅に成長している。日々の訓練を積み重ねることで、装備にふさわしい力を手に入れた。そう思うからこそ、装備の更新も行ってきたのだから。
「多分、あの白虎は青龍に比べて格段に強い。間違えても戦おうと思っちゃいけない」
「その点は心配してくても大丈夫よ。あれを見たらそんな気さらさら起きないから」
「くれぐれもお願いしますね」
普段は強気で率先して戦いに向かうマリナさんも、さすがにあの姿を目にしては、戦おうなどという気は起きないようだ。
僅かに残っていた懸念も解消された事で、僕の気持ちも随分と落ち着いた気がする。
「念のため、もう少しだけ離れようか」
「ま、まだ走るのか?」
ようやく息が戻ってきたところだったようで、ジークが驚きの声をあげる。長距離を走るという行為そのものが嫌いなのかもしれない。
まあ、今はそれは良い。
「走りたければ走っても良いよ? 僕は歩くけど。多分、魔鉄の魔力圏から離れなければ白虎に察知されることは無いんだと思う」
「確かに、全然こちらに気がつく素振りもないわね」
「階層を満たしている毒が触覚のような役目を果たしているのかもしれないね」
エリーシャが油断なく白虎の様子を窺っている。僕の言葉に反応しつつも、決して目を離さないところを見ると、まだ安心しきっていないという事なのだろう。今は、その慎重さがありがたい。
皆もエリーシャの行動を目の当たりにして、改めて表情を引き締めた。
しばらく歩くと、小さな森にたどり着いた。
森の中は少なくとも見える範囲では、先程までと変わらず所々地面から魔鉄の塊が突き出ている事がわかる。後ろを振り向くと、視界からは完全に白虎の姿が消えていた。
「ふう、やっと一息つける」
「それでは休憩にしましょうか? 温かい飲み物を用意しますね」
「あ、それ嬉しい」
「あー、さすがに疲れたぜ」
「もう、ジークったら、いきなり座り込まないでよ」
皆、緊張の糸が切れたのか思い思いに広がって休憩の準備を始めた。
まあ、無理もないか。あれだけの緊張感はそうそう体験できるものではない。皆、一様に疲れた顔をしている。
近くに魔物の気配は無いが、より安心して休憩できるように、念のために結界の魔道具を設置する事にした。
それを見たジークが何やら考える素振りを見せる。
「ジーク、どうした?」
「いや、そういや未だに魔物に遭遇してねえってのはどういうことなんだろうな」
「さっき特大の魔物を見たばかりじゃない」
「あー、なんつーかあれは別だろ。俺が言ってんのは普通の魔物の事に決まってんだろうが」
エリーシャに指摘されて、ジークが言い方を変えた。別に決まってはいないが、一応ジークの言いたいことはわかる。




