第三十五層へ
マリナさんと謎のやり取りをした後、程なくしてジークとエリーシャも合流した。
普段は僕とアリスが一番遅れてくる事が多いのだが、今日は僕達が一番に到着した事もあり、若干だが時間がある。
これから探索に向かうには少々似合わなくも思えるのんびりした雰囲気の中、広場の様子を眺めているとエリーシャが嬉しそうに口を開いた。
「まだ少し雪が残っているわね」
「それなりに降っていたからね。これなら、もう半日くらいは残ってるんじゃないかな」
「半日かあ。探索から戻ってきたら無くなってそうね」
「雪好きなの?」
「んー、雪に限らず、四季折々の自然を感じられるものは好きよ」
珍しいもの見たさに森を離れた身ではあるけど、やはり森の民らしい嗜好もきちんと持っているらしい。
「露天を開いている探索者達も寒いのに頑張ってるわね。売り物もちょっと変化があるかな?」
「確かに少しずつだが変わってる気もするな。今日はダメだが、今度一緒に周ってみるか?」
エリーシャの様子を見て、ジークも露店の変化に興味を持ったようだ。マリナさん以外はこの異界都市で冬を迎えるのは初めてなので、僕も楽しみではある。
「それも良いわね。最近ジークともなかなかデートできてないし」
「デ、デートとか恥ずかしいだろうが」
……自分で誘っておいて何を言うか。
ジークからのお誘いは珍しかったようで、エリーシャは目に見えて上機嫌になった。
確かにジークとエリーシャは一緒に暮らしているが、孤児院という環境を鑑みれば二人きりの時間というのは貴重だろう。少なくとも、女性に対して奥手だったジークが自然と誘ってしまう程度には。
しかし、ジークも成長したものだ。
「はいはい、お腹いっぱいでーす。そろそろ探索に行きましょ」
「お、おう! すまねえ!」
二人の間に出来た微笑ましい空間を、マリナさんが無慈悲な言葉でぶち壊した。ジークも恥ずかしさが増してしまったのか、準備運動よろしく腕を振り回し始めてしまった。……いや、ここそんなに広くないから周りの邪魔になるって。
「はあ、私にも良い人出来ないかしら」
マリナさんが二人を横目で見ながらため息をつく。
見た目は悪くないんだし、余計なことをせずに大人しくしていれば、わりと何とでもなりそうだけどなあ。ああ、そういえば――。
「フィリップ副司祭とか?」
「ぶん殴るわよ?」
マリナさんの右ストレートが僕の目前を通り抜ける。言葉と行動が乖離しているようですが?
「あの人とは本当に何も無いわ。それに最近は近代錬金術の研究に没頭しているみたいよ」
そう言いながら更に暗い空気を纏ってしまう。
マリナさん的には関係を否定しつつも、誘われなくなってしまった事に関しては十分に受け入れられていないらしく、少々気に入らないようだ。
確かに、日々新しい知識が身につく事もあり、フィリップ副司祭は近代錬金術以外の事には目もくれない状態となっている。
それこそシャーロットを筆頭とした近代錬金術の講師陣に猛アタック中だ。もちろん恋愛感情ではなく知識欲に任せたものだが。それどころか、近代錬金術と結婚するとか言い出しかねない勢いだ。
話は妙は方向に逸れてしまったが、なんとなく皆がこれからの探索に向けて、気持ちの切り替えが済んだようだ。
「それじゃあ、次の階層に向かいますか」
皆が思い思いの返事を返した事を確認し、天獄塔の入り口に向けて歩き始めた。活気のある露店を横目に見つつも、意識は次の第三十五層へと向かっていた。
扉を抜け天獄塔に入ると、いつものように受付を済ましてポータルへと歩み寄る。
「まずは天獄塔の中間階だね」
「はい」
僕の独り言にアリスが短く返事をする。一応、視線を巡らせると皆が小さく頷いた。
一旦中間階を挟むので、現時点ではそれほど緊張はする必要はない。もしかしたら若干気が逸っているのかもしれない。
これから探索する第三十五層はこれまで以上に危険である事は間違いない。それに加え四神との遭遇という不確定要素があるのだから正しい反応ではあるのだろう。
だが、こちらもしっかりと準備をしてきたのだ。気負いすぎる必要はない。
ポータルに入るといつものように、中間階にたどり着いた。
各々が適度に距離を取って、アイテムポーチに収納していた武具を取り出す。僕達の装備品は特殊なものが多くなっている事もあり、この中間階という環境は非常に重宝している。
あまり人目につくところで広げられないので、出発前の最終確認はここ以外では難しい。
「皆、装備品の調子はどう?」
「はい、問題ありません」
アリスが返事をすると、他の皆からも同じような言葉が帰ってきた。
僕としても大丈夫だとは思うが、つい念のためと思い確認をしてしまった。だから皆から直接感想を聞けたのは非常に助かる。
ただ、そう答えながらも、視界の端でジークが軽く素振りをして難しそうな顔をしている。
「ジーク、どうかした? もし変なところがあったら、すぐに言って欲しい。調整は早い方が良いからね」
「ん、ああ。装備には何の問題もないぜ。……第三十五層は、物凄くやべえのがいるかも知れねえんだっけか?」
「そうだね。玄武、青龍ときたから、次は白虎か朱雀か。……どちらにしても、遭遇してしまったら危険なことには変わりないよ」
少なくとも、過去に相対した記憶を参考にする限り、奴らと真正面からぶつかればただでは済まない。
「だから――」
「四神に遭遇した場合、可能な限り戦闘は回避すること、だったわね?」
「そう。エリーシャの言うとおり、戦闘を回避できる選択肢があるのであれば、奴らとは戦う事に意味はあまり無い」
基本的に割が合わないからね。
ただ、最終的に天獄塔の異界を越えて自宅に帰るまでには、賢者の石の錬成に必要である四神の素材はきちんと確保しておきたい。
でも、それは今である必要は無い。
皆の準備が整ったので、ポータルを抜けて第三十五層へと足を踏み入れる。
目の前の景色が変わり、まず初めに目に入ったのは鈍く光りを放つ複数の物体だった。
「金属、か? 地面に刺さって――いや、地面から突き出てやがるな」
「まばらに広がっているから、移動する分には支障無いかな」
突き出ている角度、それに大きさや形も不揃いなので構造物の一部というわけでも無いだろう。
振り返ると、ポータルの両脇にも同じ物体が一本ずつ柱のように突き出ていた。
モノクル越しに表示されている名称は――。
「《魔鉄》、か」
「これだけ大量にあるのは珍しいわね。鉱石の状態じゃないから製錬の手間は省けるかな。下の階層で採取できるのは鉱石だし」
マリナさんが反応したように、魔鉄は存在自体はそれほど貴重なものではない。性能的にも多少魔力が通いやすいだけで、基本的には鉄と大差ない。
性能面はミスリルと比べてしまえば足元にも及ばない。しかし、ミスリルは非常に貴重であるため、古典魔道具に採用される金属としては、よく使われているのは魔鉄となる。
珍しくもない魔鉄。僕が気になるのはただ一点。それは、何故こんな状態でこんな場所に存在しているのか?
天獄塔の異界は全体的に嫌らしい構成をしている。それはこれまでの経験から考えれば間違いない事実だ。
そんな異界内でこんな光景が広がっているのだから、特に意味は無いという事はまずありえない。となれば、必然的にアレの存在が僕の脳裏をよぎる事になるわけで……。
諦めに近い思いを抱きつつ、念のためセントラルにスキャン情報を送り解析を始める事にした。




