王都は洒落てるね
比較的平和な日常を過ごしていたが、そろそろ次の探索予定日が間近に迫ってきた。
なぜそんな勿体ぶったような表現をしているか。それは今回、いつもよりも若干多めに準備時間を取ったからだ。
普段から異界探索の準備にはそれなりの時間を掛けてはいた。当然だがなるべく早く家には帰りたいので、過剰にはならないレベルに限るが。
皆、少しずつこの異界都市における生活基盤が整ってきたし、しがらみも増えてきた。その為、皆の予定がなかなか合わず、訓練の時間が取りにくくはなってきたが、各々が取れる時間内できちんと訓練はしているようだ。
特にジークとエリーシャは孤児院経営やそれに付随する支援事業の対応で忙しいにも係わらず、時間を捻出して連携訓練に余念がないと聞いている。
全員での訓練があまりできなかったのは玉にキズではあるが、少なくともそれぞれの反応を見る限りは、次の探索に向けてそれなりに安心は出来ると思えるくらいにはなっていると思う。
閑話休題、今回はとある事情があって、皆の心構えと言うか、各々の準備には多少の時間がかかってしまった。それは、これから挑戦することになるのが第三十五層である事が一番の大きな理由と言えるだろう。
「第十五層、第二十五層と来たら、やはり第三十五層はアレと遭遇する危険性が高いんだろうなあ」
これまでの記憶を反芻しながら、少しだけため息が漏れる。……多少期間は空いたが、まだまだ記憶には新しい。
――玄武、青龍とくればやはり、白虎もしくは朱雀との遭遇が予想される。
天獄塔の異界には、どういうわけか四神が徘徊している階層が存在する。玄武を見た時には随分驚いたものだが、今は諦めに似た心構えというか覚悟が完了している。
これまでは運が良かった。玄武とは戦う必要がなかったし、青龍に至っては遭遇場所が良かったのか弱体化しており、驚くことに一撃で倒すことができた。
しかし、白虎や朱雀が同じように済むと思えるほど楽観視は出来ない。
もし奴らが万全の状態で遭遇してしまった場合、これは想像もしたくない程に危険である。とはいえ、これまでの異界における戦闘経験を踏まえて考えれば、絶対に勝てないという相手というわけでも無いとは思う。
だが、それはこちらもその一戦のみを念頭に置いて、万全の状態で挑んだ場合の話だ。探索中に戦う事は可能な限り避けたい。だから僕も本腰を入れて準備をしている。
「これでよしっと。……うん、良い感じじゃあないか」
作業机の上に鎮座している鎧を見ながら、ついつい笑みが漏れる。鎧全体の殆どを占めている赤と黒の色が、ランプの明かりを反射して力強く輝いている。
以前よりも輝きを増したこの鎧、実はジークから頼まれて愛用している鎧を更に強化したものである。
以前の物でも、その辺の探索者が使っている鎧とは比べ物にならない程の性能だったのだが、上の階層に上がるにつれ、少しづつではあるが不安を感じるようになってきたらしい。
それならばと、これから第三十五層に挑むにあたり、全員分の防具の刷新を図る事にしたのだ。
特にこのジークの鎧は色々と手間を掛けたので、皆の分は先に錬成を終えてしまい、完成が最後となってしまったのだ。しかし、これがなかなか面白い物となった。
ジークの場合、特に魔物の攻撃を受けやすいという事もあって、本人の希望もあり特に強度に重きをおいて調整を行わせてもらった。
どうせならと思って、ミスリルをベースに異界産のレアアースやレアメタルを混ぜ込んでみたのだが、これが大当たり。セントラルの演算能力頼みの配合率ではあるが、強度だけでなく魔力等の伝導率も大幅にあがったのだ。
これだけの性能があれば、白虎や朱雀から逃げ切ることは可能だろう。それこそ素材を収集することも可能かもしれない。
そしてそれだけではなく、セントラルがこだわった部分は性能だけではない。合金の比率が良かったのか色艶も非常に格好良くなってくれたのだ。
仮面も含めて、装備品一式の色合いも統一感が出た事で、能力だけではなく見た目に関しても相当強そうに見える事だろう。……問題は性能を見せる相手が僕達しか居ないということだろうか。
――完成した鎧をストレージに収納して一息つくと。タイミングを合わせたように、部屋のドアをノックする音が耳に届いた。
「バーナード様、紅茶を用意しました」
「ありがとう、ちょうど錬成が終わったから一息つきたかったんだ」
「かしこまりました」
……もしかして部屋の外でずっと待機していたとか無いよね?
ドアを開けて、アリスがティーセットを乗せたカートを押して入ってくる。とてもリラックス出来る香りが部屋を満たしていく。
若干不安になりながらアリスの様子を見るが、モノクル越しに見る限りでは冷えた様子はないので、本当にたまたまタイミングが合っただけなのだろう。……そうだよね?
部屋の橋に寄せてあるソファーに体重を預け、少し伸びをする。目を瞑って首を捻ると、心地よい音が耳に届いた。
「紅茶をどうぞ」
「ん、ありがとう。あれ、珍しいデザートだね」
テーブルに置かれたティーカップと協調しあっている小皿の上には、雪のように真っ白なシフォンケーキが乗っていた。
「昨日、シェリルさんからいただいた物です」
「ああ、あの時に貰ったヤツか。シェリルさんってなかなか粋な物を探してくるよね」
なんか、雪が降ったから来たとか詩人みたいな事を言っていたな。
「王都で流行っているらしいですよ」
「さすが、王都は洒落てるね」
ケーキなので本来であれば焼き色が付くはずなのだが、このケーキは焼いているにも関わらず焼き目までもが白い。なんでも材料ではなく焼き方が特殊なのだそうだ。料理好きな魔術師が、魔術を駆使して焼いているらしい。どうやって焼いているんだろうか?
今度、近代魔道具で再現してみようかな。
「じゃあ、せっかく貰ったことだし、美味しくいただきますか」
一口に切り口へと運ぶ。
そのまま口に入れるとほろほろと崩れ、優しい食感と共に香りが広がる。口の中で失われていく儚さと、ほんのりと残る香りがとても心地よい。
「月並みな感想だけど、美味しいね。今度お礼を言っておかなきゃ」
「ふふ、そうですね」
アリスもこのケーキが気に入ったようだ。……いつもの甘々じゃないけど関係ないんだね。
そして、探索当日。
アリスと一緒に、待ち合わせ場所である広場の一角へ向かう。
待ち合わせ場所に到着してみると、まだ少し時間が早かった事もあり、誰も居なかった。どうやら僕達が一番に到着したようだ。普段、僕たちは遅れてしまう事が多いので、それに比べれば全然良いかな。
……あまり遅れるとジークとマリナさんが怖いんだよなあ。エリーシャは割りとのんびりと待ってくれるけど、きっとジークとマリナさんは生き急いでいるのだろう。特にマリナさんはもう少し広い心を持たないと、嫁の貰い手が――。
「バーナードくーん、おはよう。一発殴って良い?」
「お早うございます、マリナさん。ごめんなさい、意味がわからないです」
爽やかな声に振り向くと、マリナさんがこちらに向かってあるきながら、笑顔で手を振っていた。……おかしい、心の声は漏れていなかったはずだ。
アリスも不思議なものを見るような顔で首を傾げている。
「ふふ、冗談よ。でも、どうしてか言わないといけない気がしたの」
「聞く人によってはビックリしてしまいますよ」
「そうね、どうして言いたくなったのかしら?」
マリナさんは何かを察したのか、冗談と言いつつも僕の挙動を観察している。これが、昔セオドールが言っていた第八感とかいうヤツだろうか?




