それは聞いたこと無いわ
ダニスさんが、普段は強調しない分厚い胸板を叩きながら大きな声をあげたので、周囲の視線がこちらに集まってしまう。
わざとやっている、わけではないようだ。少なくとも悪意の類は欠片も感じない。
「えっと、任せるって何を、ですかね?」
「何って、レギオンティーチャの利用枠に決まってるだろ」
ですよねー。
もしかしたら僕の思い過ごしかと思ったが、まったくそんな事は無かったようだ。隣のアリスも平静を装ってはいるが、動揺しているのが伝わってくる。
そう言えば、ダニスさん達はレギオンティーチャーの調整にこだわりを見せるほど利用していた。それこそ連日だ。
ひと通りの調整が済んでからは、運用をギルドの職員に任せてしまっていたし、ちょっとした調整ならシャーロット達に任せてしまっていたのだが。まさか、あれ以降もきっちりと利用枠を確保していたとは……。
想像力が足りていなかった、少し前の自分自身をぶん殴ってやりたい衝動に駆られながら、周囲の状況を横目で確認する。
「おいおい、レギオンティーチャーってあの予約全然取れないやつだろ?」
「俺も予約に挑戦したけど全然ダメだったぜ」
「まじかよ、枠を分けてもらえるとか羨ましすぎんだろ。でも、さすがはダニスさんだぜ」
小さな声だが、戸惑いや羨望も含まれている。ただでさえ有名人なのだ。そんなダニスさんが見た目の若い探索者に対して行動を起こす。他の探索者達、それも若者に対して面倒見の良いということは周知の事実な事もあり、周囲の視線は微笑ましい光景を見るような物になってしまっているようだ。
僕自身、なるべく有名になり過ぎないように、到達階層を非公開にしていたりと細々と抵抗していた。だが、それが逆にこういったタイミングで面倒な形で返ってきてしまった。
「バーナードには世話になっているからな。お安い御用だ」
「い、いや、それはさすがに悪いですよ」
「だが、レギオンティーチャには興味あるんだろ?」
僕が遠慮をしているものだと勘違いしているのか、したり顔でこちらの返答を待っているように見える。
いや、本当はそれほど興味はありません。……とは今更言えない、か。これだけ話題となっている近代魔道具に興味が無いとか、さすがに不自然すぎるからなあ。
「確かに、興味はありますけど……」
「だったら遠慮するな」
ダニスさんが僕の肩を叩きながら豪快に笑う。周囲の雰囲気も「さすがはダニスさんだ」的な状態で、とてもじゃないが断る事は出来なそうだ。
「……わかりました。そこまで言っていただけるならありがたく使わせてもらいます」
「おう」
心の中で大きくため息をしながら、表面上は感謝を示すように言葉を返す。ダニスさんだけではなく、ニコラスさんも満足そうにしていた。
ひとまず、この場では止むを得ず受け入れた。しかし直近の予定を盾にしてでも、近々での利用だけは何とか避けておきたいところだ。
何と言ってもレギオンティーチャーの利用は目立ってしまう。
これはダニスさん達が、集中的に利用していた際に取ってしまった行動が発端となるのだが、レギオンティーチャーによる訓練は訓練場の中央で行うことになるからだ。
レギオンティーチャーを利用した訓練は人気がある。その枠を多く確保していたダニスさん達は、なかなか利用できない探索者達にも役立てるよう、その訓練風景を公開し始めたのだ。
それだけで終われば良かったのだが、そうはならなかった。それ以降、レギオンティーチャーを利用する探索者達は、ダニスさん達の行動に追従するかのように公開し始めてしまった。
結果的に、レギオンティーチャーを利用した訓練を非公開にする事は、他の探索者達から嫌悪感を抱かれてしまうという、謎展開を迎えることとなった。
自分達の手の内を晒す事は、一般的に言えばあまり褒められたことではないし、秘匿するべき物も多いだろう。
ところが、この異界都市アミルトにおいては、必ずしもそうではない。
その大きな特徴として挙げられるのは、基本的に探索者同士が異界内で直接的に争うことはないという事だ。
効率の良い狩場や採取場、魔物の弱点や貴重な素材の集め方に関しては、各々が秘匿している情報はいくらでもあるだろう。
しかし、戦闘に関する情報に関しては、割りと良く交換されていたりする。有用な情報が得られれば、異界探索における生存確率を大幅に上げることが可能なのだから互いにメリットが大きい。
ランディス達のパーティメンバーであるヴォルフガングが特に得意としているのも、こういった情報収集分野だろう。ランディス曰く、彼の場合は更に一歩踏み込んで、秘匿したいであろう狩場等の情報も巧みに収集してくるというのだから大したものである。
閑話休題、ひとまずは牽制だけはしておくべきだろう。
「ただ、次の探索予定が近いので、すぐには都合が合わないかもしれません」
「ああ、こっちはいつでも構わないぞ」
いつでもとか、さすがにおかしい。
……もしかすると予約が難しいのって、ダニスさん達のパーティが、レギオンティーチャーの利用枠を取りすぎているからでは無いだろうか? 一瞬口から出そうになったが、そこは我慢した。
広場に来てからというもの、想定外の事ばかり起きているような気がする。もしかしたら、今日は広場に近寄ってはいけない厄日だったのかもしれない。これ以上、想定外の事が起きなければ良いが……。
我が露店の看板娘であるブリジットに加えて、アリスも店の手伝いに加わったお陰で、今日の売上は直近ではお目にかかれない程のものとなった。
たまたま僕がトイレに行っている時が、一日の中で一番売上があった事に関しては、この際見なかったことにしても良いだろう。
途中、アリスに珍しい食べ物(毒物)をプレゼントしようとした探索者が、ブリジットにものすごく怒られていた。アリスも同対応したら良いか困ってしまっていたのでちょうど良かったが……。
「でも、ブリジットってあんなに色々と貰っていたんだね。前に手伝った時には無かった気がするけど」
「んー、いつだったかなあ。毎日通ってくれてる人が結構いるんだけど、その中の一人が新しい露店の食べ物をくれたんだー。そしたらどんどん増えてきちゃって」
ああ、当初は一定の距離を保つような暗黙の了解でもあったんだろうな。それが突然抜け駆けされたものだから、勢い余ってプレゼント合戦になってしまったのかもしれないな。
ある程度稼いでいる探索者ならそれくらいは訳無いだろうし。
「まあ、あまり変なもの貰わないようにね。知らない人について行っちゃダメだよ?」
「えー、皆良い人達だよ?」
「誘拐されるお手本みたいな発言をしないの」
「痛っ、もーアリスちゃん乱暴だよ」
アリスが呆れ顔で後ろからコツンと頭を叩くと、ブリジットが頭を抱えて逃げた。アリスもすっかりお姉ちゃんが板に付いている。……いや、どちらかと言えばお母さんっぽいかも。
そんな様子を見ていると、ブリジットが何やら思いついたようで悪い顔をして、アリスへと振り向いた。
「あ、もしかして、ボクばっかり貰ってたから羨ましいんでしょ? あー、美味しいものいっぱい食べてお腹いっぱいですっごく気持ち良いなあ」
「ふーん、それじゃあここでいっぱい食べたから、晩御飯は少なめにしましょうね」
「えー!?」
ブリジットが余計な事を言いだしたが、そのあたりはアリスのほうが一枚上手のようだ。ブリジットが返答に困っている。
「だって、お腹いっぱいなんでしょ?」
「プ、プレゼントは別腹だもん!」
ごめん、それは聞いたこと無いわ。




