あれって何ですか?
衝撃的な場面に遭遇してしまった事で、想定していた予定とは結構ずれてしまった。
ブリジットには結構な数の固定ファンが居るようで、ああやって珍しい食べ物(毒物)を仕入れてはプレゼントをしてくれるらしい。
以前からも多少はそういった機会があったとの事だが、僕やアリスが立ち寄った際にはたまたま遭遇することは無かったのでこれまでまったく気が付かなかった。
そういえばと、ブリジットはポイズン・グリフォンの魔石を元に、魔核を錬成していた事を思い出す。
猛毒の果実を食べても何の影響もないのは、毒に対する強力な耐性を持っているという事なのだろう。……それなら強烈な食欲もポイズン・グリフォンから? そんな話、聞いたことがないけどなあ。まあ、それは良いか。
僕達が来たことで、一旦露店の営業は止まってしまったが、常連客らしき人達は特に嫌な顔をすることは無かった。それどころか、ブリジットがお兄ちゃんと呼ぶ都合上、「俺達は迷惑を掛けませんよ、お兄さん」的な空気感がなんとも言えない。
とりあえず、少し後に出直してくれる事となった。
「それで、お兄ちゃん達はどうしたの? 今日はここに来る予定は無かったと思うけど」
「ああ、時間が空いたからたまには手伝おうと思ってね」
「ホント!? ありがとー」
なかなか手伝えないから、たまに手伝ってもじゃまになってしまうかもしれないが、ブリジットの反応を見る限りでは、素直に喜んでくれているので良かった。
露店自体広くないので、ちょっと狭くなってしまうがそのあたりは我慢してもらうことにしよう。あ、でも――。
ちょっと思いついた事があったので、アリスに耳打ちしてみる。それを聞いてアリスも快く微笑んでくれたので、それほど悪くない案かもしれない。
そう思っていると、ブリジットが不思議そうな顔でこちらを見て首を傾げている。
「ん、お兄ちゃんどうしたの?」
「ブリジット。バーナード様の提案なんだけど、私とバーナード様でお店を見てるから、ブリジットは休憩してお店を回っても良いみたい」
「えっ」
てっきり喜んでくれるものと思っていたのだが、提案を聞いたブリジットは目に見えて落ち込んでしまった。
……そうか、ブリジットは普段一人で仕事しているから、寂しさを感じていたのかもしれない。だから一緒に仕事出来ると思った矢先に、除け者になったように感じて――。
「ダメだよ」
「……ブリジット、ごめん。そうだね、一緒にいようか」
「ブリジット、私もごめんね」
うつむきながら悲しそうに声を絞り出すブリジットの姿を見て、申し訳ない気持ちが大きくなってしまった。アリスも僕と同じ思いを抱いたようで、ゆっくりと近寄り、優しい面持ちでブリジットの頭に手を置いた。
すると、ブリジットが顔を上げ目尻から流れそうになった涙を手で拭い、僕の顔を見つめる。……それほど寂しかったのか。
「お兄ちゃん、ありがと!」
「いや、いつもありがとうな」
ブリジットがニコリと笑い、中断してしまっていた露店の作業に戻った。僕もアリスと目を合わせ小さく笑みを浮かべる。
さて、お手伝いをがんばりますか。
「……よかったあ。だって、ここに居ないと差し入れ食べられないもん!」
ブリジットが先ほどとは打って変わって満面の笑みで喜びを表現する。それを聞いたアリスも僕と同じ思いを抱いたようで、ゆっくりと近寄り、優しい面持ちでブリジットの頭に手を置いた。
「痛い痛い痛い! 何で!? 何で!? 痛ーい!」
少しの間、広場にブリジットの悲鳴が響き渡ることとなったのはご愛嬌。
さて、そんな一悶着があったものの、その後はすぐにいつも手伝っている時のペースに戻った。常連客も本当に出直してくれたのでとても助かる。
一つの露店が賑わえば、副次的にに周りの露店も活気づく為、周囲の様子も次第に賑わって行く事となった。皆、一様に充実しているようで何よりだと思う。
ブリジットは気持ちの良い笑顔で、露店に訪れる客達とやり取りをしていた。以前に手伝った時よりも、更にこの広場の露店に馴染んでいると言うか、周りの皆との距離もとても近くなっているように見える。
僕とアリスはそんな普段の空気を壊さないようにと、裏方にまわり作業をしながらその様子を眺めていた。
「あれ、バーナード君じゃないか。珍しいね」
「明日は雪でも降るかもしれねえな」
横から掛けられた声につられて顔を向けると、ニコラスさんとダニスさんが露店の設営を始めていた。もう冬だし、別に明日雪が降ってもおかしくはない気がするけど。
「ニコラスさんにダニスさん。こんにちは、これから店開きですか?」
「おう。俺の露店は準備が終わったから、ちょっとこっちの準備を手伝おうと思ってな。バーナードも同じか?」
「ええ、今日はちょっと時間が空いたので、たまにはブリジットを手伝おうと思って」
「ブリジットちゃんはいつも楽しそうに仕事してるよね」
……ああ、それはとても良くわかります。
先程も若い探索者が、ブリジットに得体の知れない肉をプレゼントしていたのだが、ブリジットのテンションは非常に高かった。あの微笑みを見たくて訪れる客も結構いるんだろう。
「でも、ダニスさん。準備が終わったからって店を離れて大丈夫なんですか? 誰か手伝いを雇ったとか?」
「誰も雇ってないが、別にしばらく開けてても問題は起きねえよ」
僕的には、店を離れると盗難とかが心配になってくるが、ダニスさんが自信を持って答えているという事は、本当に大丈夫なのだろう。
興味が湧いたのでそのあたりの話を聞いてみたら、ダニスさんが離れている間は、放って置いても周りの露店を開いている探索者達が見張っているらしい。
広場の露店は全て探索者の物である。つまり全員が本業ではないという事になる。
露店の成り立ちから続く慣習のようなもので、簡単に言ってしまえば、「皆が互いに助け合いましょう」ということなのだそうな。
ある程度露店の場所が決まると、自然とそういった繋がりが出来るらしい。特に古参の探索者や、ダニスさん達のような有名な探索者が近くにいると、そのあたりの繋がりも顕著になってくるようだ。
「そういや、バーナードはもうあれは体験したのか?」
「あれって何ですか?」
「今話題になっているっていやあ、レギオンティーチャーに決まってるだろう」
……別に決まってはいないと思うけどなあ。
とは言っても、確かに一ヶ月先まで予約が一杯になっている程なのだから、人気があるのは間違いないだろう。
「いや、僕達はまだ体験していないですよ」
「そうなのか。体験していないなら利用してみな。あれはかなり良いぜ。俺達はもうかなり使っている。もしかしたら一番使っているかもな」
……ええ、知っています。要望を聞いて細かく調整もしたからね。結構な頻度で利用しているので、かなり戦力が増強されたことも、もちろん知っています。
とは言っても、詳しく知っていますとか言えないので、適当に話を合わせて流すことにしようと思う。
「確かに評判が良いみたいですね。レギオンティーチャーは僕達も興味はあるんです。でも、どうも出遅れてしまうようで、予約が全然取れないんですよ」
「ああ、確かにあれはツテでもない限り、相当頑張らねえと予約は無理だな」
ダニスさんが納得したように何度も頷く。そう言われてみれば、確かにダニスさん達は何度も利用している。そう考えると、結構強いツテがあるのだろうか?
僕にとっては今更感がかなり強いし、必要なら自分の物を使う。なので、調整した内容に関して多少の興味はあるものの、あれこれと言うほどではないし、自分の物を同じように調整すれば良い。。
わざわざ予約してレギオンティーチャーによる訓練を行うよりも、その時間を上層階を目指す事に使いたい。このまま予約が取れません的な路線で話していれば問題は無いだろう。
「よし、そういうことなら俺に任せとけ!」
……何を?




