悪食グルメにも程があるだろう
実験が上手く行ったのは良いのだが、パリスの表情は若干暗いままだった。
「もう少し頑張って、ラン君にもう少し良いところを見せたかったなあ」
「まあ、そう言うなって。これがあれば魔術師と戦うことになっても戦えそうな気がしてきたぜ」
「ぶぅ、私も魔術師なんですけどぉ」
パリスとしては不満はありそうだが、無邪気に喜ぶランディスを見たことで、多少気は晴れたようにも見える。
「あ、それならラン君も体験してみたらどう? 私も、後ろが隙だらけよ! とか言ってみたい」
「お、面白そうだな。でも俺の後ろは取らせねえぜ?」
パリスが、先程のランディスを真似るようにポーズを決めると。ランディスも興味が湧いたのか、乗り気な様子を見せる。
まあ、そっちのデータ取りも面白いかもしれない。……なんとなく結果はわかるけど。
その後は、パリスとランディスを逆にして、数回に渡り実験を繰り返すこととなった。その結果がどうなったかと言えば――。
「もー、どうして振り返ってくれないのよ!」
「いや、そんなこと言われても……」
半ばやけくそ気味にパリスが理不尽な要求を叫ぶが、ランディスはただただ申し訳なさそうに苦笑いをする。……結果は変わらずパリスの負け。
実験の中では、パリスが様々なタイミングで魔道具を起動していた。しかし、ランディスは若干動きがぎこちなくなることもあったが、致命的な隙が出来ることは一度もなかった。
横に立っていたアリスが少し考える素振りを見せた後、納得したように小さく頷く。
「私も気配の事はなんとなくわかります。日常であればともかく、戦闘中であれば小や中のように殺気がない気配は無視しても問題ありませんし。出力大は殺気も含まれていますが、偽りの殺気といえば良いのでしょうか?」
「多分、アリスの言っている感じで合ってるよ」
この魔道具が生成する気配や殺気は、あくまでも偽物の気配である。
魔術師は基本的に近接戦闘を得意としない。これは特例を除き一般常識といえるだろう。魔術が使えるものは遠巻きに敵を仕留めることが可能だ。わざわざ相手に近づくという危険を犯す必要がない。その必要があればゴーレムを使えば良いのだから。
逆に魔術とは縁のない、ランディスのような近接戦闘を得意とするものは、普段の戦闘では常に身近で殺気に晒されている。それこそ本能に近いレベルで気配を判断している節がある。
さらに言えば戦場を動き回り、四方八方を囲まれる事も多い。背後に殺気が生まれたくらいでは動じる道理がない。
このあたりは僕の予想も含まれているが、結果を見る限りではそれほど離れてはいないだろうと思っている。
殺気に晒されることに慣れている、もしくは近接戦闘が得意な魔術師でもいれば、また話は変わってくるだろうし、各自の位置取りも大事になってくるだろう。
僕としても、この魔道具は絶対的な対策とは考えていない。あくまでもランディス達の生存率を少し上げる為の物として割り切っている。
ランディス達にも、勘違いしないように釘を刺しておいた方が良いだろう。
用事が終わったので、孤児院を後にする。
先程の注意点は、念のため他のパーティメンバーにも伝えてもらうよう、パリスにお願いしておいた。……ランディスだと忘れそうだし。
「さて、と。このあとはどうしようか?」
「バーナード様におまかせします」
そう言ってアリスが微笑む。むぅ、何気に敷居が高い気がする。
もともと今日は一日予定が無かったので、アリスに付き合っても良かったのだが、念のため聞いてみたところ、特に何も無いとの事だった。
「それじゃあ、たまにはブリジットを手伝いに行こうか?」
「そうですね、前に手伝ってから結構空いていますし。ブリジットも毎日楽しんでいるみたいですけど、たまには変わっても良いかもしれません」
「ああ、それもありかも」
アリスの同意も得たので、進路を変更し天獄塔へと足を運ぶことにする。どことなくアリスの様子が嬉しそうに見える。
天獄塔の広場にたどり着くと、相変わらず多くの露店と客で賑わっていた。いや、スタンピード前に比べて、広場を訪れる一般市民の数が増えているか。多分、異界探索体験ツアーがあったおかげなんだろう。
そんな一般市民と探索者達とのやり取りを横目に、近場の露店を冷やかしながらブリジットの露店へと向かう。
普段からブリジットが露店を開いている場所は、ほぼ定位置なのでとても見つけやすい。とは言っても多少奥まっている場所であるため、途中には多くの露店が軒を連ねている。
本来であれば探索者ギルドの事務所から天獄塔までの直線が一番客入りは多いのだが、古参の探索者達が場所を確保している為、まず利用できない。
広場を利用する客も、そのあたりはわかっているので、目新しい露店を見つけるために、意図的に奥へと足を運んでいたりする。その為、新規顧客狙いであれば、設置場所をこまめに変えながら商売をする者もそれなりにいる。
その点、ブリジットは既に多くの固定客を掴んでいるようなので、気軽に移動できなくなっていると言う方が適切だろうか。
幾つもの露店の前を通り過ぎ、ブリジットの露店が見えてきた。遠巻きに見えるブリジットの様子はとても楽しそうだ。何人もの常連らしき探索者達と談笑している。
客層が百パーセント男性だったり、その男性連中が鼻の下を伸ばしているところが非常にわかりやすい。
その様子を生暖かい目で見ていると、一人の探索者が手元のアイテムポーチから何かを取り出すのが見える。見た目は何かの果物のようだが、やけに鮮やかな色彩である。
「あれは、なんでしょうか?」
「果物、かな?」
アリスにも判断がつかないようだ。普段から食材に関しては、セントラルから多くの知識を得ているはずなのだが、それでもわからないらしい。とてもめずらしい果物だったりするのだろうか?
その男性は取り出した果物的な何かを、ブリジットに差し出した。その直後、一際テンションが上ったブリジットがその顔に満面の笑みを浮かべる。……ふむ。
「ブリジットの反応を見る限りでは、相当珍しい果物なのかもしれませんね」
「だねえ」
ブリジットがあれほどまでに、よろこびを見せる果物、か。ちょっと興味があるかも。後でシェリルさんに聞いてみても良いかもしれない。
そう思い、モノクル越しに果物を確認すると、意外な情報が僕の視界に展開された。
「――猛毒? え、即死級?」
「えっ?」
完全に想定外だった情報に一瞬、頭の中が真っ白になった。そして、そんな僕の反応とは異なり、ブリジットは手にした果物を口元に近づけ、そのまま無造作にかぶりついた。
「ばっ、馬鹿!?」
その直後、一瞬で我に返った。しかし慌てて駆けようとするも、既に毒物はブリジットの口の中にある事に思い至る。
解毒ポーションは!?
僕の横で絶句するアリスも同じことを考えたようだ。そして、慌ててアイテムポーチの中に手を入れて解毒ポーションを探そうとした瞬間――。
「うっまーい!! サイコー!」
「……はい?」
ブリジットのとても良く通る声が僕の耳に届いた。猛毒の果物らしき物体を口にしたはずのブリジットが発した言葉は賛美の声だった。……おいおい、それはいったいどういう事だ?
戸惑いながら近づく僕とアリスに気が付いたブリジットが、そのままのテンションで大きく手を振っている。
あの瞬間を目にして驚いたが、ブリジットの話を聞いてもう一度驚く事になった。ブリジットは毒物も平気で食べられるらしいよ。
……悪食グルメにも程があるだろう。




