後ろが隙だらけだぜ?
僕の言葉を聞いてから、しばらく二人の時間が止まったような沈黙が訪れた。……はて?
「えっと、俺の耳がおかしくなったのかな」
「あ、私も、かな?」
申し訳なそうに言葉を発したランディスに同調するように、パリスの表情にも困惑が見て取れた。
しかし、聴力に不調を抱えているのであれば、そういったこともあるのかもしれない。
ランディスとパリスは同じパーティで探索している。つまり直近の探索中に、聴力が低下するようなトラブルに遭遇したのだろうか?
しかし、イネスからはそのような話は聞いた覚えはない。もしかして僕に心配を掛けないように黙っていた?
イネスの事は気になるが、今は魔道具の説明をしている最中だ。詳しい話は後で聞くことにして、話を進めることにしよう。
「ああ、もしかして何か変な感じに聞き間違えてしまったとか?」
「そうかもしれないです。何か後ろが気になるとかなんとか?」
なんだ、きちんと聞こえているじゃあないか。妙な心配をさせないで欲しい。
「うん、それで合ってるよ」
「え、魔術師ってそんな事で魔術使えなくなるのか!?」
ランディスが驚きの声をあげるが、パリスの表情は先ほどと変わらず深刻そうなままである。
「そんなわけ無いでしょ。ラン君まで何を言い出してるのよ。……バーナードさん、もしかして魔術師を馬鹿にしてるとか?」
「してないね。僕はいたって真面目だよ」
この魔道具とは挙動は異なるが、設置型の魔道具で似たようなことは昔に実践したことがある。しかしながら、パリスの反応を見る限りでは若干不安が生まれてきたのも事実だ。
割りと地味な手法なので、実践している錬金術師はそれほど居なかったとは思う。しかし、もしかしたらこの百年で、魔術師達は何かしらの対策を講じている可能性だってゼロではない。
「二人が不安であるという事はわかりました。ですが、この先は一度試してみてからにしませんか?」
そう思っていると、アリスが言葉を足してくれた。詳しい性能は説明していないが、僕に対する信頼があるというのは嬉しい半面、少し不安を感じなくもない。とはいえ、現時点ではこのサポートは非常にありがたい。
アリスの言葉を聞いたことで、確かに二人の表情は変化を見せた。ランディスとパリスにはしっかりと協力してもらって、対魔術師戦における生存率を高めて欲しい。
「ま、まあ、確かにそうですね」
「そうだな、バーナード兄が何も考えずに持ってくるわけねえよ」
いや、パリスに意見をもらうまでは心配すらしていなかったよ? でも、わざわざ否定する必要もないかな。
せっかく二人が乗ってくれたので、場所を裏庭に移すことにした。
裏庭に出るとパリスが少し寒そうにしていた。建物の中は結構暖かかったから、余計に寒く感じてしまっているのかもしれない。ランディスは、――全然平気そうだな。実に丈夫な体で結構なことだ。
パリスが少し離れた場所に立ち、こちらを振り向く。
「それで、私はどうすれば良いですか?」
「その場所からこちらに向かって魔術を放ってくれれば良いよ」
「わかりました」
パリスは先読みして対応してくれようとするから楽でいいな。……あ、大事な事を言い忘れた。
「あ、こっちって言ってもランディスにね」
「え、俺?」
ランディスが驚いた様子でこちらを見る。
これまでに、ランディスは幾度となくパリスの魔術の威力を目の当たりにしてきたはずだ。しかし自分に向かって魔術が放たれる経験など一度もないだろう。ちょっとだけ腰が引けてるぞ。
「え、バーナードさんに撃てば良いじゃないんですか?」
「僕がこの魔道具を使えても、それほど意味が無いからね。とりあえずランディス、これを身につけて」
「わ、わかった」
ひとまず同意は得られたので、アイテムポーチから取り出したゴーグルを手渡す。
「あれ、さっきはバーナード兄こんなの身につけてなかったよな?」
「一応、僕のモノクルでも似たようなことは出来るんだよ」
「そっか」
ランディスはそのゴーグルを身につけると、一つ大きく深呼吸をした。
「よっしゃ、いつでも良いぜ」
「いや、まだ使い方教えてないでしょ」
「え、勝手に動くんじゃないのか」
「残念だけど自動で動くような機能は無いよ」
そんなにインテリジェントな機能は搭載していない。きちんと使用するためには対象を選択する必要がある。使用者が操作して対象を選ばなければならない。
セントラルの機能を通せば、もう少し色々出来るのだが、今回のゴーグルはランディス達に渡す物だしそこは自重することにしたのだ。
ひとまず初回は、パリスには細かい仕様は伝えずに体験してもらいたいので、パリスに聞こえないようランディスに耳打ちして機能の説明を行う。
「――って感じで使うんだ。簡単でしょ?」
「ああ、それくらいなら戦いの最中でも何とかなりそうだ。よーし、パリス! いつでも良いぜ!」
いや、まだ僕が離れていないんだけど? パリスさんや、何食わぬ顔をして詠唱を始めるんじゃない。詠唱隠蔽はどうした?
くれぐれも周りを巻き込まないよう、パリスに釘を差してから二人の射線上から少し離れる。そして、モノクル越しに見えるメニューを操作して、セントラルによる計測を始める。……ランディスはもう仕掛けているようだ。
いくら実験とはいえ、実際に仲間に向かって魔術を放つというのは、パリスも緊張するようだ。明らかに表情が固くなっている。平気で他人に魔術を放とうとする、どこぞの暴走領主様とは大きな違いだ。
もし魔術が放たれてしまったとしても、きちんと僕が止めるから安心するように言っておいたのだが、それほど効果は無かったようだ。
パリスが数回大きく深呼吸をしてから、両手を前に突き出す。
「それじゃあ、いきます」
静かに発せられた言葉を皮切りに、パリスの周囲に魔力が収束していく。……威力は通常よりも大きく落とすつもりなのだろう、手に集まる魔力が少なく収束速度も遅い。
すると、パリスの眉がピクリと動いた。
「おお、耐えた」
パリスの抵抗を見て、つい言葉が漏れてしまった。そしてそれが耳に入ったのだろう、パリスの表情が和らぐ。そして――。
「えっ!?」
次の瞬間、パリスが驚いた様子で横に大きく跳躍した。飛び退いた勢いで少し体勢を崩しながらも、その視線は自身が先程まで立っていた場所の後方へと向いていた。……なかなかの反応だけど、現時点において、その動きは悪手だ
「パリス、後ろが隙だらけだぜ?」
「う」
パリスが視線を切った瞬間、ランディスが一気に動きパリスの背後に到達していた。ランディスの声に振り返ったパリスが、やられたという表情を見せる。
「はい、そこまで」
手を二回叩いてから二人の元へ歩み寄る。ランディスが寸止めしていた拳を下ろして、片膝立ちのパリスに手を差し伸べた。
パリスはその手を掴み立ち上がると、若干の悔しさを滲ませながら僕を見る。
「どうだった?」
「……先程はすみませんでした」
「はは、謝る必要は無いよ。良いデータになったしね」
先程のやり取りはそれほど気にしていなかったのだが、パリスにとっては違ったということなのだろうか? 僕も突然謝罪されるとは思っていなかったので逆に驚いてしまった。
アリスが思いの外、嬉しそうにしているので、ちょっとだけ根に持っていたのだろうか?
「でも、すっげえな。小と中はダメだったけど、大ならこうなるのな」
「確かにあれ程の反応を示すとは思いませんでした」
ランディスが無邪気に喜びを示すと、アリスが先程のパリスを思い出すように驚いていた。




