冬を迎えて
――窓から差し込む光に気が付き、視線を手元の魔道具から窓へと向ける。
「……もう朝か。やりたいことは多いのに、時間はまったく足りていないなあ」
ポツリと漏らした言葉を自分の中で反芻して苦笑してしまう。
それもそのはず、これでも亜神化したことで普通の人間と比べれば睡眠時間は大幅に減っているのだ。正直な所、これで文句を言っていたら罰が当たってしまいそうだ。あのいたずら好きな最高神からは絶対にもらいたくないが。
キリの良いところまで進んだので、手に持った魔道具を机の横にあるストレージに片付けて椅子から立ち上がる。窓際へと歩み寄ると、日差しは若干暖かく感じられた。だが、空気を入れ替えるために窓を開けると、冷たい空気が部屋に入り込んでくる。
「もうすっかり冬だなあ」
ここ数日の間だけでも結構な勢いで冷え込んでおり、吐く息も完全に真っ白になった。魔道具屋では暖房の売れ行きが伸びているのも納得がいくというものだ。
そんな中、我が家も既に暖房魔道具は稼働中である。というより、一年中稼働していると言ったほうが正しいだろうか。この家をファエルが再設計した際に、全館空調用に魔道具を設置しており、夏だろうが冬だろうが季節にかかわらず最適な室温や湿度を保つことが出来るようになっている。
一部の錬成には割りとデリケートな物もあるので、錬金術師の研究所であれば一般的な状態とも言える。
それならなぜ先程窓を開けたのかというと、ちょっと季節を感じたかったから、という小さな理由に他ならない。
しかし、小さい理由だからと言って侮るなかれ。服や空調に頼った日常をおくっている身としては、無理やり少しだけでも季節の変化を感じておかないと、大切な物を失ってしまいそうだからだ。魔道具は便利だが、それに頼りきりでは変化からどんどん離れていく。
変化を失ってしまうと、新しい事も浮かばなくなるし、それこそ考え方も凝り固まってしまいそうに思える。そのため、こうやって一時的に機能を切ったりしてちょっとした変化を楽しんでいるというわけだ。
ここは学園の敷地内なので街の様子はいまいちわからなかったりするが、その代わりに窓から見える自然によって、季節を感じやすいような造りになっているようだ。
近いうちに雪も降り始めるかもしれない。そう思いながら外の景色を眺めていると、部屋のドアがノックされた。アリスかな?
「――バーナード様、お食事の準備ができました。部屋で召し上がりますか?」
「ありがとう。今日は食堂で食べるよ。すぐに行くから、先に行って待ってて」
「かしこまりました」
アリスとのやり取りで、お腹が空いていたことを思い出す。昨夜は夜食も食べずに研究に没頭していたから仕方がないか。
研究にのめり込んでいる時は空腹を忘れてしまったりするが、せっかく美味しい朝食を作ってもらっているので、こんな寒い日は温かいうちに食べたい。
食堂に入ると、今日は僕とアリス以外は誰も見当たらなかった。皆、出払っているのだろうか?
いつもならブリジットが朝食の匂いを嗅ぎつけてやってくるのだが、今日は居ないようだ。
「朝食にブリジットが居ないのは珍しいね」
「ふふ、もうすぐ昼前ですからね」
「え?」
慌てて現在の時刻を確認すると、確かにもう少しで昼になるところだった。ごめんなさい、全然気が付かなかったよ。
今日は特に用事もなかったので、アリスも気を使ってくれたのだろう。確かに研究自体は捗ったので良しとしよう。
「今日のご予定はいかがいたしますか?」
「んー、そうだなあ」
遅い朝食を堪能しながら、アリスに促されて今日の予定を考える。
これを食べ終わった頃にはほどなく昼になってしまうので、あまり時間のかかる用事は避けたほうが良いかもしれない。となると――。
「ジーク達のところにでも行こうかな。ランディスに渡しておきたいものもあるし」
「前におっしゃっていた魔術師対策用の魔道具ですか?」
「うん、まだコンセプトを形にしただけの試作だけど、実用出来ないことはないからね。データ取りも兼ねて渡しておこうと思って」
「件の魔術師も動向が掴めませんしね。ランディス達の方が私達よりも遭遇する確率は高いです」
そう、天獄塔の異界に魔術師が入り込んでから、もうすでに結構な日が経過しているが、その行方は未だにまったく掴めていない。
以前、シェリルさんが目星を付けたという魔術師に関しても、あれから特に目立った動きは見せていない。まあ、もし本当に天獄塔の異界へ侵入していたとすれば、国家反逆罪なのは揺るがない事実だ。当然、細心の注意を払うだろう。
現時点で何人の魔術師が入り込んでいるのか? どれほどの力を持っているのか? どこまで進んでいるのか? 情報が不足している事に不安を感じてはいる。
元々、過剰な戦力を持っているランディス達のパーティは、順調に早いペースで各階層を攻略している。とはいえ、もし魔術師に遭遇してしまった場合、若干の不安が残る。
せめて何かしらの動向さえ掴めていれば、僕が直接動く事が出来る。それならいくらでも手の打ちようもあるかもしれない。しかしながら現状はそれすら出来ない状態である。僕に出来ることと言えば、可能な限り追いつかれないようにと、出来る限りのペースで探索を続ける事くらいだろう。
……悪あがきの一環で、ランディス達の戦力増強を行って行くつもりではあるが。
「それに、ランディス達だけじゃなくて、他の探索者達もシェリルさん達にとっては重要だからね。なるべく魔術師対策は普及していきたい」
どれだけ対策すれば良いかわからなければ、なるべく過剰に対策すれば悪い方向には転がりにくい。
とはいえ、確かに魔術師の動向は掴めていないが、悪いことばかりではない。一時的に増加傾向にあった未帰還探索者の数が再び下降して、先日ようやく以前と同じ水準まで下がったのだ。
……もちろんその変化自体に関しては、直接僕にメリットは無い。ただ、シェリルさんの機嫌があからさまに良くなった。これには純粋に助かる。
シェリルさんに対しては多くの情報を提供しているが、その分色々と便宜を図ってもらっているので、あの人の機嫌が悪いと居心地が悪くなってしまう。それにアリスも心配するしね。
「やっぱり、レギオンティーチャーのおかげかなあ」
「昨日確認しましたが、一ヶ月先まで予約が一杯でした。すごいですね」
ピエール達のように、運悪く魔術師に遭遇して襲われてしまう探索者もまだ居るのかもしれない。彼らは運が良かったのもあるが、他の探索者が同じマネは出来ないだろう。だが、他の原因は減らすことが出来る。レギオンティーチャー等の支援策によって、探索者達の質を底上げをした事で、スタンピードにより崩れたバランスが良い方向に傾いたのかもしれない。
実は探索者ギルドにレギオンティーチャーを提供した始めの頃は、皆不審がってまったく利用数は伸びなかった。
しかし、とある探索者パーティが利用したことによって状況は一変する事となった。――ダニスさん達のパーティだ。
予てから戦力的に伸び悩んでいたらしく、一念発起して利用に踏み切ったとの事だった。
せっかくなので、ギルドを介してダニスさんたちの要求に答える形で調整した所、相当えげつないチューニングになってしまったが、これが当たった。
以前よりもギリギリを攻めつつも、端々に飴要素を増やし爽快感が増したことで、より高揚した状態で鍛錬を継続できる。
異界都市で有名な探索者が絶賛したことで、それを聞いた一部の探索者達によって火が付き、今ではブームのようになってしまっていた。




